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プロジェクトG

「ないわーらとてっぷ」

「何それ、神?」


 それが扉を閉めたチャリンの第一声だった。一瞬謎の言葉に混乱したが、確かクトゥルフ神話の神にナイアーラトテップとかいうヤツがいたので、それと「ないわー」を掛けたのだろうと気付く。


「あー……確かに神業的な『ないわー』だったな」

「うん、それに千の顔を持つ多面性と混沌性もイメージしてみた」


 ああ、そうだったのか。深いな、ないわーらとてっぷ。確かにナイアーラトテップは顔がない故に千の顕現を持ち、世を混乱に陥れる神なのだという……何故そんなに詳しいのかとは問わないで頂きたい。クトゥルフ神話はオタクならば誰しも通る道なのだ。

 ちなみにそんなオタッキーな神の名前がさらっと出てくるところから分かるかもしれないが、チャリンも割とオタクだ。ガンダムは専門分野外であるものの、それでも深夜アニメの時間帯に実況レベルでメールをよこしてくる程度にはオタクをしている。そして、このチャリンをしてドン引きするのがガノ太な訳だが。


「……とりあえず会議を始めるか」


 そういうと俺は円形のちゃぶ台の前に座り、チャリンにもそうするよう促した。本日の反省会である。何故「自室に女性を呼んで二人きり」という世のチェリーボーイからしてみれば夢のような状況が眼前に繰り広げられているのに、ガノタと飯を食った感想を話し合わないといけないのかという疑問はおいておこう。考えたら死にたくなる。言われるままにチャリンが席に着き、同時に口を開くところからなんとも格調の低い円卓会議が始まった。


「打つ手なし!」

「いきなり結論をだすな!」


 開始直後、というか始まる前から終わったような事を言うチャリン。さすがに早すぎる。今回の会合だけでもチャリンの呼び出し料五千円に加え、実に七品目ものデザート代という予想以上の費用がかかっているのだ、収穫なしでは終われない。


「せめてもっと考えてから結論だそう? 駄目にしたって何処が駄目だとか何で駄目だとかあるでしょ? そういうトコ考えて……そうだブレインストーミングしよう、そうしよう!」


 俺は彼女の態度から既に飽き始めている事を察知していた。このままやる事がなくなれば恐らくチャリンは即座に帰路へとつくだろう。状況が如何に五里霧中であっても、前進以外の選択肢はないのだ。例えどちらが前か分からないとしても、である。


「ブレインストーミング?」

「考えるとか後回しにしてとりあえず意見を出せって手法だよ。今回は意見って状態でもないから、まずは今日ガノ太に会った感想を並べていこう」


 咄嗟に言った事ではあったが、我ながら的を射た案だ。例え総合的に見れば手の打ちようがないとしても、問題を一つ一つ見ていけば糸口はあるはずだ。千里の道も一歩から、何事も横着は良くない。まず一歩を踏み出そうではないか。

 かくして始まったブレインストーミング。以降はただ意見を漠然と述べていくだけで面白くないので割愛させて頂く。以下はその結果である。


・デブ

・黒い

・臭い

・話が分からない

・自慢(他人の)が多い


「……なぁ、別に短所だけ挙げる事はないんだぞ? 感想だから長所を言っても……」

「フサ兄、ない物ねだりは良くないと思うの」


 長所は一つもありませんか、そうですか。まぁ、第一印象では分からないだけかも知れないし、今は考えないでおこう。どれだけ良いものが見つかったとしても、第一印象で終わってしまう現状ではなんの意味もない。まずはこの短所達をつぶしていかなくては。


「……よし、とりあえずこの辺りの傾向と対策を考えていくか」


 感想その一「デブ」について。


「まぁ、最初に目が行くのはここだろうな」

「……ねぇ、この特徴って逆に考えれば、秘孔を突かれないっていう長所にならない?」


 議題を決めると、真顔でチャリンが呟く。その長所は一体いつ、どんなタイミングでお披露目されるのだろうか。どんなに運が良くとも世紀末くらいまでは役に立つまい。それまで待つというのか。


「無理に短所を長所に仕立て上げなくてよろしい……それにしてもいきなり難題だな」


 解決策は至極単純だ、単に痩せればいいだけの話である。しかし、言葉にするのは簡単だが実行しろとなると話は別だ。ダイエットというのは存外大変なものだったりする。これは今なおテレビの特集などで胡散臭いダイエット法が生まれ続けている事からも分かるだろう。誰もが大変さに耐えられず求めてしまうのだ、楽に痩せられる方法を。


「そうかな? 一週間くらい監禁して水と塩しか与えなきゃ結構いけると思うけど」

「それは駄目だ、リバウンドがある」


 健康状態がどうとかというのは、極端なところまで行かなければ些末な問題だ。無理なダイエットの一番の敵はこのリバウンドである。無謀な減量は、すればする程ストレスが溜まるものだ。そしてそれはある程度成功して安心したところで、必ず反動として返ってくる。ダイエットはカロリー以上に、このストレスを抑えなければならないのだ。リバウンドを制する者はゲームを制す、とはバスケだけの言葉ではないのである。


「……と、言うわけだ。ダイエットを成功させたいなら画期的な方法じゃなくて、堕落した生活を改めるように根性を叩き直した方が手っ取り早いな」

「監禁云々はスルーなんだ……それにしてもフサ兄詳しいね、やった事あるの?」

「ギクッ!?」


 しまった、チャリンは昔の俺を知らないんだった。それなのにダイエットの知識を持っているのは少し不自然だったか? なんとか誤魔化さなくては。


「ななな、何を言っているんだ君は!? 俺のようなボクシンガーだったら常に減量を考えているに決まってるじゃないかぁっ!」

「そっかぁ、なんだかよく分からないけどフサ兄すげぇぜヒャッハー!」


 ……自分で言っておいてなんだが、チャリンはこの騙されやすい性格を直さないと近日中にどえらい目に遭うんじゃないだろうか。混乱していたとは言え、ボクシンガーってなんだ。新手の巨大ロボットか? まぁ良い、現状に限ってはむしろ好都合だ。このまま次の議題に移ってしまおう。


「よし、対策が決まったところで次いくぞ、次!」


 感想その二「黒い」について。


「……黒豚食べたいな」

「後でコンビニの特選黒豚まん奢ってやるから我慢しなさい。これはつまりアレだな、ファッションセンス」


 黒いと聞いたチャリンの第一声がそれだった。流石はつーかーと褒めてやりたいところだが、会議中にいう事ではない。目一杯安い餌で釣りつつ、俺は議題へ突入した。

 本日のガノ太の服装は全身黒ずくめだった。某型月の悪役、なんとか機関、酒っぽい名前の犯罪組織など、確かに二次元においてはカッコいい、それは認めよう。だが流石にリアルではあり得ない。


「これは結構なんとかなりそうよね。ファッションなんてセンスがなくても雑誌とか読めば良いじゃない? どれかの雑誌を定期購読させておけば、運が良ければ自然と身に付くと思うな」

「普通ならな」


 チャリンの見解に、俺はそう付け加えた。確かに、わざわざセンスを用いて考えなくてもカンペが売っているようなものなのだ。その通りにコーディネートすれば間違いはないだろう。しかもこれは試験ではない。暗記する必要がないのなら常に持っていれば良いだけの話だ。金を積めば解決するのだ、普通ならばこれ程簡単な問題はない。そう、普通の感性ならば。


「問題は、普通じゃないからガノ太は今の状態に落ち着いているんだって事だ。ファッションセンスを見れば分かるだろ? アレはどう見てもファッションに関心がない。例えばチャリン、もし俺が普段なら1000円するガンプラを500円で買える店を教えたとしよう。買うか?」

「いや、アタシガンダムとか興味ないし」


 まったく期待通りの反応をしてくれるチャリン。思わず俺は「それだ」と言いつつ人差し指を突きつけてしまった。


「そう、俺たちはいくら安かろうが興味のないガンプラなんて買わない。そんな余裕があるなら雑誌の一冊でも買った方が良いと思うだろう。だが、ガノ太はまったく逆だ。あの手合いはこう考えるんだ、雑誌なんて買う金があったらガンプラに使う」

「うっそ、馬鹿じゃん!」


 まさかチャリンから他人に対して馬鹿と言う瞬間を見る日が来るとは。想像力に乏しい彼女にはさぞや理解できない事だったのだろう。得てして異文化コミュニケーションとはこんなものである。


「……つまり、ガノ太の中では服の優先順位は極めて薄いんだ。せいぜい『とりあえず無難に黒着てりゃ良いだろ』程度にしか考えてない。まずはその根性から叩き直していかないとな。よし、次」


 感想その三「臭い」について。


「ん? これチャリンの感想だよな。なんか臭ったか?」

「臭った臭った、結構辛かったよ~」


 言いながら鼻を摘み、反対の手をハタハタするチャリン。言いたい事は分かるが臭いのは今じゃないだろうに。ちょっと傷つくぞ。


「実はこれ、俺は気付かなかったんだよな。やっぱり異性の方が気になるモンなのか?」


 実際、同席していたヌシもそれ程気にしている様子はなかった。その場で臭いに気付いたのはチャリンだけという事になる。ヌシや俺が鈍いだけなのか、チャリンが特別鼻が利くのかは分からないが。彼女は本能で動いている感じがあるので、あながち鼻も犬並みに良いのかもしれない。


「……自分も同じ臭いがするから、気付かないんじゃないかな?」

「……え?」


 ……イマナントイッタ? いま、深く傷つく事を言われた気がする。小声だったから聞き間違えたのだろうか? そうだ、そうに違いない。そう分かっているはずなのだが、うまく言葉にできない。そうしている間に、チャリンの方から言いなおしてくれた。


「フサ兄もたまにおんなじ臭いするよ? ちょっとだけど」

「なん……だと……!?」


 愕然とした表情で頭を抑える俺。その場にへたり込み、更には倒れ込んでしまう。まさか……まさか俺から、ガノ太と同じ臭いが!? 今までになく傷ついた、俺はもう再起不能かもしれない。


「フサ兄は汗っかきだから気をつけないとね。汗の臭いは入浴剤とかシャンプーとか、簡単なもので案外取れたりするから、気にしてさえいればどうとでもなるよ。まぁ当然ガノ太は気にしてないだろうから、その辺の根性を叩き直せばいけるかな……フサ兄、聞いてる?」

「もう嫌だ……美しくなければ生きている意味なんてない……」

「あーはいはい、一度も美しい時はなかったから。落ち込んでないで次いくよ」


 感想その四「話が分からない」その五「自慢(他人の)が多い」について。


「この二つは両方とも会話に関する事だよな」


 俺は並べ立てられた二つの意見を指差して言った。横にはアクビをかみ殺すチャリンの姿が。そろそろ彼女の集中力が切れそうなのでこの二つはまとめて考える事にする。


「まさにガノタって感じの話だったよね。誰よ、ミノフスキー龍二って。芸人?」

「いや俺に聞かれても」


 オタクをやっていた時の俺も何故かガンダムには食指が向かなかった。なので他のアニメなら多少なりとも知識はあるのだが、ガンダムに関しては本当に「アムロとシャーが戦う話」くらいにしか知らない。あとは断片的に単語を聞いた事があるくらいだ。龍二は初めて聞いたが。


「そう言えば昔、ナントカおさむってつまんない芸人いたよね。私達がガンダム知らないからかもしれないけど」

「お、話が逸れたと見せ掛けてなかなか重要な意見だぞ、それは」


 古い芸人つながりで「グゥ~」と言いつつサムズアップして見せる俺……その痛々しいものを見つめる生暖かい視線を止めて頂きたい。


「……つまり、どんなに楽しい話でも意味が分からなきゃ仕様がない訳だ」


 言及されない内にさっさと話を進める事にする。今何か言われたら軽く心が死にかねない。芸人のモノマネをしたら受けなくて死亡、などと墓標に書かれたら俺は死後までからかわれる事だろう。


「だから人によって面白いと思う話、つまらない話は当然ある。だが人間は存外視野が狭いからな、自分が楽しいとついつい相手も楽しいだろうと思い込んでしまうんだ。本当なら、友達とかと会話をしている内に自然と気付くべきものなんだが……」

「ああ、ガノ太友達居ないもんね」


 さも当然のように言ってのけるチャリン。その様はまるで旧知の間柄であるようだ。一日会っただけでここまで理解した気になってしまうチャリンが凄いのか、ここまで悟られてしまう程ガノ太の底が浅いのか。


「せめて同じ趣味の友達しか居なかったくらいにしておこう? だから相手の話に合わせる……というのは上級者向けだから、せめて大衆向けの趣味を持った方が良い。それには、まず自分が楽しい物は相手も楽しいと思い込む根性を叩き直すしかないな」

「なるほどねぇ……ところでフサ兄、さっきのグゥ~って……」

「さらにぃ! たまに違う話が出てきたと思ったら他人の自慢話ばっかりで始末におえなぁいっ!」


 忌まわしい過去を引きずり出そうとするチャリンに勢いで妨害をかける。もはや恥も外聞もない、何を失ってもこれだけは掘り下げられてはならないのだ。


「ただでさえ自慢話は鼻にかかるのに、他人の自慢ってなんだ!? なんでお前がソイツの話をする? じゃあお前はどうなんだってぇ話だ! これに関してはフォローの余地なし! 徹底的に根性をー!」

「叩き直ぉ―す!」

「よしっ!!」


 よく分かったとうまく誤魔化せた、タブルミーイングの「よし」が腹の底から響き渡る。普段はうっとうしい事この上ないが、こういう時は体育会系のノリも便利だ。だが、先程の様子から察するにこれで安心もできない。また掘り返そうとしない内にさっさと話を進める事にした。


「んじゃ、そろそろまとめに入るか」


 これで全ての要素について論じる事ができた。細かい作戦は後日決めるにしても、方針程度は今のうちに決めておいた方が良いだろう。俺がこういうと、チャリンは「待ってました」と言わんばかりに一枚の紙を手渡して来た。これはブレインストーミングの時に書き込みをしていた物だ。よく見るとチャリンの字で何か書き足してある。なるほど、今までの話をまとめていてくれたのか。俺は紙を受け取り、ざっと目を通そうとした……が、できなかった。ざっとどころか、この一瞬で全てに目を通してしまったのだ。メモにはこうあった。


・デブ→根性を叩き直す

・黒い→根性を叩き直す

・臭い→根性を叩き直す

・話が分からない→根性を叩き直す

・自慢(他人の)が多い→根性を叩き直す


以上。一応この他にも、腕組みした一つ目ロボットが「努力と、根性ぉーっ!」と叫ぶ落書きがあったが、意味が分からないし関係もなさそうなので割愛しておこう。とりあえず、これを見て言える事は一つしかあるまい。


「根性を叩き直すしか書いてないじゃないか!」


 バンッ! とちゃぶ台を叩きながら盛大に叫ぶ俺。しかしチャリンは特に動じる事もなく、それどころか何故怒られているのか分からない、といった不思議そうな顔で俺をみる。その様子を不思議に思って一旦落ち着くと、チャリンが口を開いた。


「だって、全部結論は『根性を叩き直す』だったよ?」

「そんな馬鹿な……え、あ! うそ!? ホントだ!!」


 彼女の言葉に記憶を振り返ると、言われてみれば確かにそれ以外の結論に出た覚えがない。納得がいかないなら読者諸兄も今一度確認しなおして頂きたい。各項目毎紆余曲折しているが、最終的には同じ事を言っているはずである。どこまで腐っているというのだ、ガノ太の根性は。


「いやー、ここまでくるともう洗脳とか催眠術とかしたいよね」


 メモを見直しながらチャリンが言う。誰かが似たような事を言っていた気がするな。もはや誰だったかも覚えていないが、恐らくは今と全く同じ事を考えただろう。できればとっくにやっている。どうすれば良いかが分かっても、どうにもならないのでは意味がないではないか。


「考えれば考える程、絶望的になっていくぞ……」

「でもこれって、要は根性さえ直せば万事解決って事にならない?」


 沈み込み始めた俺にチャリンがそういう。簡単に言ってくれるが、実際はそうでもない。それに関しては、この俺が最も良く知っていると言って良いだろう。


「チャリン、三つ子の魂百までって言葉知ってるか?」


 ここまで多くの問題に根深く影響を与えている性格が、一朝一夕で構成されるとは思えない。三歳からこうだったとは考えにくいが、恐らくかなり長い年月を経てこの性格に収まったのだろう。それだけ身体に染み付いたものを元に戻すのに、どれだけ時間が掛かる事か。三十代というガノ太の年齢を考えると、直る頃にはとっくに枯れ果てた年齢になっているだろう。継続は力なり、とは負の力とて例外ではないのである。


「なんかもう、始める前から嫌になってきた……」


 こんなに根性が腐った人間を相手にしていると、更正どころかこちらまで過去に立ち戻らされそうで嫌だ。やっぱりこんな事を引き受けるんじゃなかった。いや、今からでもヌシに断りの電話を入れるか? そう思いカバンの中に入れっぱなしだったケータイを取り出そうとする。しかし、手が触れるか触れないかの瞬間に突如ケータイが高速振動を始め、俺は驚いて一瞬手を引いてしまった。


「どわぁっ!? ……ってなんだ、ただの呼び出しか……」


 それは別に怪奇現象という訳でもなく、ただ電話が掛かって来たというだけだった。二つ折りのそれを開き、画面を見る。噂をすればなんとやら、電話の相手はヌシだった。俺はそのまま出る事にする。耳元にケータイを当てると、チャリンがワザとらしく口元を手で覆った。


「もしもし」

『フサフサか、今日は悪かったな。どうだ、ウチの兄貴は酷かっただろう?』

「部外者の俺が言うのもなんなんだが、酷い」


 ヌシの言葉に率直な意見を返す。普通は一つくらいお世辞を言うべきなのだろうが、ヌシは気の置けない友人だし、そもそも更正を頼んできたのも彼だ、何を言われても文句は言うまい。そういった辺り、結構しっかりしている男である。とてもガノ太と同じ遺伝子から生まれたとは思えない。


『言いたくなるのも無理はない、そう言われても仕方の無い人だ。だからこそ、お前に頼んだわけだしな』

「そこから先は口に出すなよ」


 話の流れから俺を選んだ理由、即ち俺が元オタクだという話が出てきそうだったので、念のため釘を刺しておく。さすがに電話越しの声がチャリンにまで聞こえるとは思わないが、相手側に誰もいないとも限らない。声には出さないでいてもらうのが最も得策だろう。


「それでその……ガノ太さん、の話なんだが」


 一応実の弟の前なので「さん」をつけてガノ太を呼ぶ。先程まで散々呼び捨てで罵倒していたので違和感が凄まじい。だが、ここで迂闊な事を言って機嫌を損ねるのも得策ではない。渡りに船とばかりに電話が掛かってきたのだ、このまま断ってしまえば良い。そう思ったのだが、先にヌシの言葉がそれを遮った。


『ああ、その兄貴から伝言を預かってる。そのまま伝えるぞ』


 そう言ってヌシは一拍おき、大きく深呼吸した。全くもって悪い予感しかしない前置きである。ガノ太の言葉だと思うと尚更だ。都合数秒の後、ヌシは彼の言葉を再現した。


『花梨ちゃんですが、とても気に入りました。これからの女の子紹介は、是非フサフサ君に任せたいです、デュフフ』

「……」


 言葉を聞き終わった時点で、俺の思考が一瞬停止する。さすが弟だけあって完璧な再現度だとか、現実に「デュフフ」などという笑い方は存在するのかとか、チャリンのことをいきなりちゃん付けかよとか、そういった突っ込みどころを通り越して、脳に直撃するかのようなえも言われぬイラッと感を読者諸兄にご理解頂けたら幸いである。その衝撃で何かを喋るなどという考えは全く機能せず、ただただ電話を持つ右手に力がこもるだけだった。


『……お、おい! なんか電話口からミシミシ音が聞こえるが大丈夫なのか!?』

「問題ない……用がそれだけなら切るぞ」

『ああ……物は大事にな?』


 俺の声に何か危険なものを感じたのか、会話はそれだけで終了。間もなく電話口からはツーツーという電子音だけが聞こえるようになる。その直後、俺のケータイは親指に吹き飛ばされるような形で真っ二つにへし折れた。床に落ちた上半分が、プラスチックのむなしい音を立てる。


「……フサ兄?」


 恐る恐るチャリンが呼びかけてくる。しかし、今やそれに答える余裕もない。このやりようのない怒りを抑えるのに精一杯なのだ。この如何ともし難い身体から溢れる破壊衝動、もし生まれが生まれなら、俺は今頃超戦士への覚醒も可能だったかもしれない。しかし、問題はその落としどころ。既にケータイを破壊していて言うのもなんだが、もう八つ当たりという歳でもない。やはり怒りは、与えた本人へと返すべきだろう。俺はゆっくりと立ち上がり、呟いた。


「……やるぞチャリン、プロジェクトGだ」

「ごめん、ちょっと何言ってるか分かんない」


 対するチャリンの反応は冷ややかだ。さっきまでつーかーだったり、分からなくてもとりあえずノッてくれたのに、ここに来てまさかの意味不明発言。俺の様子に迂闊な事は言えないと悟ったのか、本格的に集中力が途切れて来たのか。俺は後者を推す。しかし、それすらも今となっては大した問題ではない。例えここでチャリンの賛同を得られなかったとしても俺はやる。もう決めたのだ。拳を強く握り締めると俺は高らかに宣言した。


「プロジェクト・ガノタプロデュース……あのクソ豚の根性、俺が叩き潰してやる!」

「フサ兄、叩き直すだからね? ……聞こえてないか」


 固めた拳を天に掲げながら叫ぶ俺を、チャリンはやけに冷静に見つめていた……。


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