ファースト・コンタクト
「と、言う訳で依頼主に頼んで場を設けてもらった。一応女の子の紹介っていう名目にしてある」
「……え、アタシそんな事に呼ばれたの?」
俺の言葉に返されたのは、女の露骨に嫌そうな表情と声色だった。一瞬ドリンクバーのアイスティーを取り落としそうになったのが分かる。まぁ当日にいきなり醜悪なガノタに会うと言われたら当然の反応だろう。もし前日に分かっていれば、俺なら全力でドタキャンする。だからわざわざ内容は伏せ、それでもついてきそうな彼女に頼んだのだ。
彼女は恋請院 花梨、元同僚の友人なので言うなれば友達の友達だろうか。要するに友達だ。付き合っている訳ではないのだが即物的な性格が妙に合い、会社を辞めてからもなんだかんだでよく会ってはこのようにお互い(金と引き換えに)助け合っている。その現金さたるや、将来悪い男にでも騙されるのではないかと思う程だ。ちなみに、重ねて言うが付き合っている訳ではない。
「説明中に問答無用で引き受けたチャリンが悪い。これに懲りたら人の話はちゃんと最後まで聞けと」
「ちょっと怪しいとは思ったんだけどねー、でもちょっと人と会って食事するだけで日当5000円って言われたらとりあえず受けるじゃない?」
自分でやっておいてなんだが、この娘本当に大丈夫だろうか。他人事ながら不安になってきた。同時に、心の中にじわじわと罪悪感が侵食してくる。
「……まぁ、今回は俺もちょっと悪かった。ここはお兄さんがおごるから好きなだけ食べなさい」
「すいませ~ん、クラブハウスサンドとチョコパフェ追加で」
返事よりも先に注文を飛ばすチャリン。ちなみにチャリンというのは俺の考えたあだ名だ。髪は茶に近い金髪で、日焼けサロンにでも通っているのか肌がいつも焼いてあって全体的に茶色いから、チャリン。俺が彼女を狙わない理由は主にここにある。俺はどちらかと言うと黒髪で読書好きの大人しい感じの女性の方が好みなのだ。黒ぶちの眼鏡をかけていればモアベター。よって好みでもない女性にここまでするのは甚だ不本意なのだが、今回は人身御供を買って出てくれたのだから仕方あるまい。たかだか数千円で機嫌が直るなら安いものだ。ただ、これから食事会が始まるというのに、その前から注文するというのはどうだ。俺は食事会の分を奢るつもりで言ったのだが。まぁ、話では依頼主達もそろそろ到着するだろうから別に良いか。
「確かこの辺に……いたいた。おーい、フサフサ!」
噂をすればなんとやら、どうやら依頼主が到着したらしい。入り口から背を向けた席の為、後ろから声が聞こえた。同時に向かいに座っていたチャリンが、俺の名前に反応して相手の方を見る。
「うげ」
直後に放った一言がこれだ。一言というか、悲鳴というか。いやいや、初対面の人間に対してその反応はおかしいだろう。俺はチャリンの頭を少し小突くと、呼びかけてきた依頼主に向き直った。
「おーヌシ、こっちこっち……うげ」
結果、ソレが視界に入った直後に放った一言がこれだ。一言というか、悲鳴というか……なんというデジャヴュ。俺は少しチャリンを小突いた事を後悔した。なんというか、こんな声が出ても仕方のない状態だったのだ。俺達が見たその先には、バツの悪そうな依頼主ことヌシと、何処をとっても旨みがない黒豚の様な男が連なって立っていたのだから……。
ターゲットの男……仮にガノ太としておこうか。彼がどれほど絶望的な外見をしているかを、まずは検証しなければならないだろう。とりあえずチャリンと横並びになり、ヌシとガノ太を正面に座らせると、俺達はガノ太をこっそりと値踏みし始めた。結論から言うと、予想以上に致命的な外見だ。
突っ込みどころは多いが、まずは体格から。確かにデブだデブだと聞いていたし、写真も見た。しかし敗因は全体像ではなかった所だ、腹が考えていた以上に出ている。もう出っ張っているというより、後付けで丸っこい脂肪でも貼り付けたんじゃないかと思える程だ。髪も反射でアブラギッシュな光を放っている。スプレーか何かで固めているのかもと考えられなくはないが、それにしてはシットリしているし多分違うだろう。
スプレーではないと考える理由がもう一つ、これは致命的な外見の一つでもあるのだが、服がどれをとっても安物なのだ。黒い無地のポロシャツと、同じく黒のチノパン。どちらも地味な物だが、ともすればブランド物でもこう言った柄もない物もなくはない。よって俺も一度はそういった物ではないかとラベルをよく確認した。結果は……もう聞くまでもないだろう、ユニクロだ。まぁ最近はシマムラーが最後の幻想RPGのヒロインになれる時代だ、ユニクロも着こなしと言えなくもない。だが、その面に関してもガノ太には抜かりしかなかった。全身黒ずくめは流石にない、お前は国産黒豚か。
「はい、第一印象」
ヌシとガノ太がドリンクバーを注文し、飲み物を取ろうと席を立った隙にチャリンにたずねる。返事は実に端的に一言「ないわー」だけだった。だがそれだけでも彼女の心情が十分に察する事ができる。なんだ、つーかーじゃないか俺達は。いや、それ以外に考え付く物がないだけなんだが。
「まぁ、内訳は後でな」
詳しい意見も聞いてみたいところではあるが、流石に今はそれ程の時間はない。今は情報収集に徹して、しかる後に互いの意見を出す事にする。とにかく今は観察だ、口より目と耳を使え。そう思い聴覚を予め研ぎ澄まそうとした、その時である。
「私は帰ってきたー!」
野太く、叫んでいると言うにはあまりに小さい声を出しながら、二人の男性がこちらにやって来た。言うまでもなくヌシとガノ太だ。いや、それはそうなんだが今の台詞は……。
「……」
「……あれ、ガトーですよ。知りませんか?」
知らん、と答えるのも忘れて俺達は絶句した。ただ一人、ヌシだけが眉間に掌を当ててうな垂れている。この諦めきった感じの呆れ方、結構普段から行われている事という事だろうか……という事は。
「……ショコラ?」
「はい、お待たせしました。ガトーショコラになります」
チャリンのボケに合わせるかのように、店員が彼女の前にいかにも弾力のなさそうなチョコレートケーキを置いて行く……あれ、さっき頼んだのはチョコパフェじゃなかったか? もしかして知らない間にまた追加注文した? 一瞬財布の心配をした俺だったが、そんな下らない考えは一瞬しか保たなかった。
「いやいや、ガンダムですよ。OVAのスターダストメモリーズっていう作品のキャラクターで……」
そこを皮切りにガノ太が一気にまくし立て始める。知らない者にとってはお経程度にしか聞こえない宇宙世紀単語の羅列が俺を悟りの心に導く。要は頭が混乱して財布どころの話ではなくなってしまったのだ。なんでオタクという奴らは趣味の話題になると途端に早口になるのだろうか。頭がトランスしそうでいろいろヤヴァイ。朦朧とする意識の中で、彼がドヤ顔で放った一言を俺は決して忘れないだろう……。
「ちょっとマニアック過ぎたかな」




