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だから、さよならを告げた

作者: 片桐 彩華

繋いだ手が、いつか離れることくらい、解ってた。


ただ、こんなに早いとは思わなかったの。



永遠を誓うとか、苦笑しちゃう。


そんなことを本気で信じた私は、




きっと、愚かで浅はかだった。







『だから、さよならを告げた』











季節は夏。

ギラギラと照りつける太陽は乙女の大敵紫外線と倒れそうな暑さを延々と提供してくれる。

日焼け止めと制汗剤、そしてタオルを駆使しながら熱を持ったアスファルトを歩く。


少し遠くを見てみれば、ゆらゆらと炎のように揺れる景色。


陽炎だ…あれを見ると余計暑く感じる……


白いTシャツは汗で若干透けている。

そうでなくても、見えてしまう黒い下着がより目立って人目を引いている気がする。


白いTシャツが間違いだった…と彼女はあまり回らない頭で思った。

ボトムの紺のジーンズは裾を少し折って足首を見せるように履き、白のスニーカーという全体的にラフな服装をは"今日という日"でもそれを選んだ。


彼女も少しは考えたのだ。

もっと気合いを入れて服を選ぶべきか、と。


考えた時間はほんの僅かであったが。

そもそも気合いを入れる必要がないと判断し、結果まるで近所のコンビニにちょっと出掛けてきます、みたいな感じで彼女は彼の家を目指していた。


彼の家はバスに20分、降りてから歩いて15分の近くも遠くもない距離にあった。

だが頭上で憎らしいほど輝く太陽により、その距離が長く感じてしまう。

心中で太陽に悪態を吐きながら、彼女は自販機の前でバッグから財布を取り出すのだった。





水分補給をしながら着いた、小さなアパートはどれも同じ茶色のドア。

けれど、彼女にとって目の前のドアは他のとは違って見えていた。


少し変色した部分も、ペンキが剥がれた部分もしっかり脳が記憶しているそれはきっと"特別""なものだったのだ。


チャイムを押すと、ピンポンと明るい音が室内で響いた。

はい、なんて返事もなくゆっくりドアが開かれる。


出てきたのは日に焼けた健康的な青年。

明るく染めた長めの髪がさらりと揺れるように、その見開かれた瞳もまた、揺れていた。



「お邪魔します」


どうぞ、と招き入れる言葉を聞かずに彼女は玄関へと足を踏み入れる。

最も、彼も言う気はないらしい。


親密な関係になると礼儀がなくなるタイプな

のだろう。

お互い特に気にした様子もなく、室内に入った。


ドアの閉められる、カチャン、と静かな音を残して。






小さなテーブルの上に置かれた麦茶を、彼女は見つめていた。

いや、もしかしたら客観的にそう見えるだけで本人はどこも見ていないのかもしれない。


自身の部屋であるにも関わらず、どこか居心地の悪そうにしている彼が麦茶を入れてからずっと続く沈黙に耐えかねて言葉を発した。


「…元気にしてた?」


それに反応してゆっくりと上げられたその顔は、感情の読めない笑顔。

楽しくも嬉しくもないだろうに笑顔を見せる彼女の心中を、彼は察することが出来ない。


人の感情を読むのが不得意な彼は、しかしその笑顔に嫌な予感がした。

嫌な予感の…心当たりが多すぎて不安と緊張で顔がひきつる。


その予感が当たっていたと確信させたのは、普段と変わらない声音で告げられた彼女の言葉。


「別れましょう」



質問に答えることなく、はっきりと投げ掛けられた別れの言葉。

ある程度予想はしていた。

彼女がここに来た理由も、そのためだと。


だが、実際に言われてみると酷く悲しくなった。

愛しているか、と問われれば恐らくNOなのだ。

でなければ3ヶ月も連絡せずにいられるわけがない。


では愛していないのか、と問われたらそれもNOで。



彼が返す言葉を見つける前に、そんな心中を見透かしたように彼女は言う。


「寂しい?大丈夫、あなたを好きになってくれる人は必ずいる。

なんせ愛を振り撒くのはあなたの得意技だもの。

顔悪くないんだし、セフレから本命までお好きなように」



私にはもう関係ないので


ぼそりと呟かれた言葉はしっかりと彼の耳に届いていたらしい。

悲しいような、怒っているような複雑な表情をして彼女を見つめていた。



「…ごめん」



小さな声で、目線は横に逸らされて。

自分が悪いという自覚ゆえの謝罪であったが、それは彼女の抑え込んでいた感情の琴線に触れたらしい。


張り付けたような笑顔が、みるみる怒りの形相に変わっていく。

鋭く睨み付けてくる眼差しを直視出来ず、彼は目を泳がせた。


「謝るくらいなら最初からするな!

この浮気者!嘘つき!バカ!!

あなたの嘘に気付いていながら、それでも信じようとした私の気持ちがわかる!?

それとも私がバカだったのかなぁ!

鳴らない携帯握りしめて『明日はきっと…』なんて乙女やってた自分が今じゃ気持ち悪いくらいだよ!!

毎日毎日…祈るような気持ちでいた、私の、ことなんて、なんも考えて、なかったでしょ…?」


最後の方は聞き取りにくかった。

目を伏せた彼女から零れた雫が、テーブルの上で小さな水溜まりを作っている。


静かに、涙を流すのだ、彼女は。


時々鼻を啜りながら、静かに、泣いているのだ。



それは彼の知らない彼女だった。

思えばこんなに感情的なところは、見たことがない。

どんなことも冷静に受け止め、対応する彼女は不器用なのか恥ずかしいのか愛情表現も下手くそだった気がする。


愛してる、なんて数えるほどしか聞いたことないし甘えてくることもそんなになかった。


そんな彼女に、不安を覚えていた。

―――本当に、俺のこと、


…喉元まで出かかる言葉を呑み込んで、作った顔はちゃんと笑えていただろうか?

自信はない。

嘘が下手な自覚もある。でもついてしまう。



それが何故なのか彼自身、気がついていた。

『寂しい』からだと、分かっていた。

足元が浮わつく原因がそれだと分かっていながら、どうにもしなかったのは彼のプライドが許さなかったからだろうか。

格好よくありたい、格好よくあろうと思う頭が『寂しい』という感情を受け入れなかったのかもしれない。



彼女もまた不安であった。

恋人と呼べる関係になったのは、彼が初めてで人付き合いもあまり上手くはない彼女は何もかもが精一杯だった。

もっと可愛く見られたい。

もっと触れてもらいたい。

もっと話しかけてほしい。


もっと。

もっと。




愛してほしい。




けれど素直に表現することが出来なかった。

うざったいと、ワガママだと、思われたくなかった。

嫌われないためには、どうすればいいのかわからず甘えることも出来ず本音を隠し続けた。


彼にとって、自身が都合のいい女になっていたとしても低い声で囁かれる愛の言葉と、温かな体温を信じようとしていた。


信じられる、筈がなかった。


嘘をついている彼も、隠し続ける自分も。

いつか駄目になると分かっていながらどうにもしない自分を彼女は嫌悪していた。




「……お前はそれでいいのか?」


未だ泣き止まない彼女に、幾分低くなった声が投げ掛けられた。


「ふ、ぅ……あなたと会わない間ずっと悩んで、迷った末に決めたことだから。

ちゃんと考えた結果だから」


「そうか…わかった」


彼はそれ以上何も言わず、ティッシュで鼻をふく彼女を見ていた。

外では蝉の鳴き声と車の音、時々人の話し声。


室内は煩い静寂に包まれていた。





『さよなら』





彼女が居なくなっても、彼は何も変わることはない。

いつものようにまた次を探すだけ。

何も変わらない。


頬を濡らす生暖かい感触を、知らぬふりが出来たなら。





彼女は何も変えられない。

帰路につきながら自嘲気味に笑う。

鼻を『かむ』のではなく、『ふいただけ』の行為が結局最後まで自分が彼の前でどういう存在で在りたかったのかを気づかせたから。





永遠も愛も何もかも


俺は本当に信じていたんだ


なんて、今更だな


愛だけを吐き続けたこの口は、浅はかで


俺は愚かだった




『だから、さよならを告げた』

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