国家機密の研究員
真っ黒な文字で「伊集院研究所」と記された大理石のある 全く飾り気のない建物は、金森市の中心にひっそりと建っていた。
辺りにはコンビニすらない。建物の白さがなにも寄せ付けないような威厳を思わせる。
扉の前では黒いスーツを着た男が緊張感を漂わせていた。政府の極秘情報をも扱う所なのだからその光景は不思議ではない。
現在真夜中の一時すぎ。その重々しい空気は今も続く。
静まり返った建物に一室だけ蛍光灯の光が灯っていた。
その殺風景な一室には三人の白衣姿の研究員がいる。白いコンクリートに囲まれた三人は、深夜にも関わらず黙々と事務机に向かっていた。
そのうちの一人の青年が大きく伸びをして席を立った。立つ時のパリッというのりの利いた白衣の音と、「コーヒー飲みますか?」と尋ねるところから新人の研究員と伺える。
あとの二人が何も言わないのに、三人分のコーヒーを注ぐ青年。かなり手慣れた対応である。
それぞれの席にコーヒーを置いてから、青年が隣でペンを走らせている黒ぶち眼鏡の男に話しかけた。
「珍しいですよね、伊集院さんが先に帰っちゃうなんて」
四つある事務机の一つを見ながら言った。黒ぶち眼鏡の男は無言だ。それでも別に動じていない青年は話し続けた。
自分の上司にあたる人なのに、かなりフレンドリーに話しかける。それなのに特に不快な顔をしないのは、これが日常だからだ。
「そういえば、松本さんのお子さんって最近こっちにいらしたんですよね?」
青年が伊集院の話題から話を変えた。自分の話題になった時、黒ぶち眼鏡の男の手が止まった。
「けど、やっぱり松本さんは俺より遅く帰るし……ご自宅に帰らなくてもいいんですか?」
ここで、はじめて口を開いた。
「あいつはもう大人だ。それより、もう二度と息子の話題を出すな」
親とは思えない事を冷たく言い放った上司に少し驚き、青年はすみませんとつぶやいて口を閉じた。
重い沈黙が続く中、時間だけが刻々と過ぎていく。
その頃……。
広い家の一室。
段ボールに囲まれたベットで英明は寝付けずにいた。
新しい街や、今日の出来事や、久しぶりの友人の再会の興奮からでもあるが、それより気になっていたのは明日の学校のことだった。 東京での不祥事の後だ。突然転入する俺をみて、みんなはどのような目で見てくるのかが不安だった。けど、ここには俊司がいる、きっと、また以前のような楽しい学園生活がおくれる、と信じていたかった。
寝返りをうった先には、新品の制服がハンガーに吊るしてある。それを見てため息をはきながら、また別の事を考えた。
あのカフェにいた二人は何者なのか。どうして自分の経歴書を持っていたのか。「SP」とは一体なんなのか……。
視界が微睡んできた。
期待と疑問と、少しの不安を抱きながら、英明は徐々に夢の世界へと引きずり込まれた。
バキッ、ガキーッン
英明のいるところから少し、少し離れた町。
その小さな町の路地で、複数の男が鉄パイプを片手に一人の男に殴りかかった。
しかし、それも圧倒的な強さで無駄に終わる。地面に倒れた男の一人の頭の真横に、グニャグニャに曲がった鉄パイプが突き刺さる結果となった。
複数の敵を一人で倒した男は、有り金を全部奪い夜道を歩きだした。
「弱ぇ弱ぇ弱ぇ弱ぇ弱ぇ弱ぇ弱ぇ」
そうつぶやきながら、男は夜空に吠えた。
「もっと戦いてぇ 思いっきり強ぇ奴と」
満月の光が、アイアンクロスのペンダントに反射した。