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近未来首都・金森市

「どうだ?七年ぶりの故郷は」

 旧友の言葉で思い出す。そういえば、ここはもともと埼玉だった。僕の故郷なのだということを。

 俊司は駅を出た瞬間から唖然と立ち尽くしている英明の肩にポンッと手を置いて笑った。その表情はどこか得意げである。

 英明は心底驚いていた。それも無理のない事かもしれない。なぜなら、彼が小学校二年生まで住んでいた街が、姿を一変していたからだ。

 プロジェクトが行われたことは知っていた。英明が田舎と化した東京に引っ越したのはそれより少し後の事だ。

 TVを見る習慣の無い英明は、自分の住んでいた街がどうなったか全く知らなかった。

 今、その激変した金森市を見て、脳中の古い記憶が書き換えられていく。


 金森駅からすぐ近くにある大きな車道からは、交通の不便のため身動きの取れない車が鳴らすクラクションが鳴り響いていた。その車から出る大量の排気ガスが空気中に漂っていたはずだ。

 しかし、この変わりようはなんだろう。

 駅の近くに車道がある事は変わりないが、一帯が灰色のコンクリートで覆われていたはずの車道は淡い緑色の光を発していた。しかも、その上を見た事のない球体の乗り物がスムーズに走っている……いや、『浮いている』という表現の方が正しいのかもしれない。

 勿論、辺りは混雑等とは無縁の状態で、クラクションの騒音が聞こえることも、空気が汚い灰色に染まっている事もなかった。

 なんだか『ド◯えもん』や『鉄案ア◯ム』の世界に連れてこられたかのような気分だ。

「な、なんかすごいね……」

 もはや昔の原型も無くなってしまった土地を見て、英明は感嘆の息をはいた。

 きっと、街を歩けばもっと色々な衝撃を受けるのだろう。噂には聞いていたが、生まれ育った金森市は、最先端科学の街となっていた。

「たった十年でここまで変わってる。東京の車はまだ地面を走ってるのに……」

 予想通りの反応が嬉しいのか、俊司は口笛を吹きながら歩き出した。道に歩いていたロボット犬に目を奪われながら後を追う英明。

「けど東京ってそんな遅れてるんだな。やっぱり全科学勢力を都来の発展に集中させたせいか?」

「まあ、そういわれたら何とも言えないよ」

「けど、流石に『電子会話チップ』とか『電子本』はあるんだろ?」

「それはあった。けど最近だからあまり普及してないけどね」

 『電子会話チップ』とは体内ユニットによる受信機で、簡単な手術をする事により携帯電話無しで離れた人と会話出来る優れものだ。

 そして『電子本』は、単行本と変わらない大きさで、画面をタッチすればインプットされている本が読める、これまた科学の進歩が発明した優れもの。

 英明は電子会話チップこそ持っていないが、電子本は持っている。引っ越しの荷物に紛れているが、ダウンロードすれば自分好みの小説が大量に入るため、持ち運びにもかさばらなく、本棚の必要性が無くてとても使い易い。

「ここまで発展に格差があってもいいのかな」と俊司が苦笑した。

 二人は街の中へと歩いていった。

 世間話をしている間も、目に映るもの全てが新鮮なのか、英明は時々話を聞かずに相打ちを打っていた。

 そんな時、思い出したように「そういえばさ」と俊司が口を開く。

「親父さんとは会った?」

 それは突然の題材だった。英明は一瞬だけ、今まで浮かべていた笑みを無表情へと変えた。

 そんな英明に気づいたのか、俊司は心配そうに英明の顔をのぞきこむ。

「……うん。 まあちょっとだけだけど」

 英明はすぐに苦笑いをつくった。 笑い方はともかく、そんな英明の言葉を聞いて俊司も安堵の笑顔を見せ、前に向き直った。

 しかし、英明の頭の中では昨晩の父親との会話が繰り返されていた。


 *


 深夜二時ごろ。急なのどの渇きを覚え、英明は新しい家の通路を歩き、台所へと向かっていた。引っ越してから少なくとも三日は経っていたのに、それまで一度も父親と顔を会わせていなかった。

 初日、表札には父親の名前が彫られてあって、英明は封筒に同封してあった鍵で中に入ることが出来たのだ。

 仕事が忙しいらしく、毎晩遅くまで帰ってこないことは薄々分かっていた。体調等は大丈夫なのだろうか?

 そんなことを考えていた時、突然の再会だった。

 玄関からたまたま帰ってきたのを目撃したのだった。

『父さんは、俺をみてなんというだろうか』『今なら親しげに、普通の父子として会話出来るのではないだろうか』

 今回の引っ越しで、英明はそのような希望を持っていた。

 しかし、父親の態度はあまりにも素っ気ない物だった。

「あまり、家の中を散らかすなよ」

 すれ違い様にそういいながら、父親はさっさと自分の部屋へと入っていった。

 寂しいような、驚いたような、複雑な感情を抱いた。

 けれど、混ざり合う感情の中で一番強かったのは、

『仕方ないよな』

 という諦めの気持ちだった。

 英明は溜め息をついて部屋にもどる。もう、のどの渇きなどどうでもよかった。

『やっぱり、父さんはまだ……俺を恨んでいるんだ』

 はっきりした。やっぱり、もう普通の親子関係など築けないのだと悟った。

 俺なんかは期待をしてはいけなかったのだ。

 俺なんか………。


 *


 ふと、英明が立ち止まって空を見上げた。正確には空を見上げていたのではなく、淡い光にライトアップされたドーム型の巨大な建物をみているのだが。

 どうした?と首を傾げた俊司に訪ねた。

「ここ、何?」

 目を輝かせながら聞いてきた英明に合わせ、上を見上げながら俊司は答えた。

「……都来ドーム劇場だな」

「あの有名な? すっごいな俺、すぐ真横に立ってんじゃん!」

「……ついでに言っとくけど、耳を立てたって何も聞こえねーぞ」

 既にドームの壁に耳をあてていた英明は俊司の言葉に羞恥心を感じたのかバッとその場を離れた。すると、グニャーンともグボーンとも似つかない音を立てながら壁がトランポリンのように跳ね返った。それを見て一瞬身動きを止めた英明は、

「ねえ、今のみた? コンクリートがグニョーンって」

と、まるでネッシーを公園の池で見つけたかのように自分の興奮を露にした。

「…あのな、ここは日本を代表する建築物だぜ? ここに大型トラックが百台突っ込もうが壊れない素材でできてんの」

 英明の反応に呆れたようだが、口元は笑っている。大げさに溜め息をつきながら、自分より背が低い英明の頭をクシャクシャと掻き回した。

「ちょ、やめてよ。そんな態度取らなくてもいいだろ」

 英明は慌ててその手を振り払うが、心底嫌がっている様子でもないようだ。

 「俺、いつかここに立ちたいんだ」

 振り払われた手を素直に戻して淡い光を見つめながら俊司は遠い先を見るような目をしてつぶやいた。

「……じゃあ、今から当日券かって舞台に乱入したら? 切符売り場すぐそこだよ」

 余計なツッコミを入れた英明を軽くグーで殴って俊司は続けた。

「そういう意味じゃねーよ。いい案だけどあいにくここのチケットはいつも売り切れでね。……俺は俳優になりたいんだよ」

 最後につぶやいた言葉は、さっきまでと違って哀しそうな口調だった。その理由を英明は知っている。

 俊司の父さんは大手株式会社の社長で、俊司は後々はその後を継がなくてはならない立場にある。いくら本人が淡い夢を見ようが、見えない規則で包まれている限り、その夢を追う事さえ俊司には許されない。

 そんな悲しそうに微笑みながら劇場を見上げている俊司を、英明は何もできないでジッとみていた。きっとさっき頭を叩いたのも普通に夢が見られる英明が羨ましいから出た行動に違いない。変わってあげられたらどんなにいいか…。

「俊司……」

 そんな意味を込めて、失礼を承知で同情の言葉をかけた………が。

「な、俳優って俺に天職だと思わないか!? 顔はかっこいいし演技はうまいし……見たか、今の俺の必殺・哀愁スマーイル」

 急に振り返って満面の笑顔を見せる俊司。前番撤回。そういえば昔っからそういう細かい事気にしない奴だった。

「…小学生の時は宇宙飛行士になりたいって言ってなかったっけ?」

「細かい事は気にしない!  ほら、次行くぞ次!」

……無意識に殴られた頭をさする。

 GOGO!と叫びながら群衆へと姿を消した俊司。

 それにヤレヤレと苦笑いながらも追いかける英明は、すぐ近くですれ違った赤の派手なスーツの女性の姿の存在に気がつかなかった。

 しばらく赤の派手なスーツを身にまとった女性はある英明の姿をずっと追っていたが、不意に後ろから名前を呼ばれた事に気付き目をそらした。


 赤いスーツの女性は声の方を振り返った。そこには縁なし眼鏡をかけた暁鐘学園の学生が汗だくで呼吸を整えていた。腕時計に視線を向けると八時をとっくに過ぎていた。

「……いまだに待ち合わせの場所も覚えられないんですか…」

 女性に険悪な視線を向ける学生。 その目からは八時十分前から待ち合わせ場所の駅のホームで待っていたのに、一向に現れないからその付近を探しまわっていた学生の苦悩の色が映し出されていた。

 それを見ながら女性は慣れた手順で学生にスポーツドリンクを差し出した。そして、

「細かな事を気にするな」

と特に反省もしていないような笑顔をみせて笑った。


「それより、面白い物を見たんじゃが……」


 ここは、ネオンの光る街「金森」。

 そこに社長息子に手を引かれ、その灯の中に溶け込んだ『特別な少年』がいた。


 さっきとは変わり、獲物を狙う鷹を表すような笑顔で微笑む女性。それを見ながら、学生はスポーツドリンクに手をかけ、ネオンの光に軽くため息をはいた。


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