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再会

 しばしの間、俺は疑問と格闘していた。待ち合わせの事を思い出したのは、不意にガサガサという物音が聞こえた時だった。音のする方に視線を向けると、店の奥であまり俺と歳の変わらない男が騒がしい音をたてて新聞を折り畳んでいた。その顔を見た時、自然と自分の口元が緩んでいくのが分かった。

 約束の時間から一時間以上経過しているのに、不思議と怒りの感情は湧いてこなかった。むしろ会えた事に安心と喜びを感じた。

 声をかけようか迷っていると、向こうが俺の存在に気づいたらしい。人懐っこい笑顔を見せると窓側のテーブルに歩みよってきた。

「英明だよな? お前、松村英明だよな!」

 勢い良くそう聞くと、その人はガタンと音をたてて向かいの椅子に座った。

 しつこいぐらいに名前を確認してくる少年の名は加藤俊司。

 彼とは小学生からの付き合いで、俺が東京に転校した後も週一のペースで手紙のやり取りをしていた。中学になってからは文通がメール通信にかわり、ほぼ毎日メール交換を続けている。そのため、あまり疎外感は感じる事は無かったが、久しぶりに聞く俊司の肉声や外見はそれだけ長い年月を感じさせた。声も少し低くなっており、背も随分高くなっていた。

「久しぶりだね、七年ぶりかな?」

「全然変わってねーじゃん、一目で分かったよ」

 全く会話が噛み合っていないとこに「お互い様だよ」と苦笑した。すると俊司は笑って「昔より十倍ぐらいイケメンになっただろ?」と冗談っぽく肩をすくめた。いつの間にか彼の手に渡ったコーヒーカップが少々気になるが……それはあえてスルーしておこう。それより、俊司がどうしてもっと早く俺の前に姿を現さなかったのかが気になった。

「ずっと座ってたんだったら声かけてくれれば良かったのに」

 ズズッとコーヒーを啜ってから意味ありげににんまりと笑う俊司。

「いやー、ちょっと『調査』をしていたんでね」

 俊司は昔から、聞いてもらいたい話があると直接話題にはせず、わざと単語を強調させて焦らす癖があった。

「新聞紙までもって何してたの?」

 俺はそんな友人の癖に慣れているので、すんなりと話題を合わせることができた。

 思い通りのタイミングでふられた事が嬉しいかったのだろう。俊司は笑顔を崩さず口を開く。

「んー……。どこから話そうか」

 と言いながら、着ていたブレザー(俊司も暁鐘高校の生徒だ)の胸ポケットからバッチのような物を取り出した。

「……SK?」

 そのバッチには親指の爪ぐらいの大きさに、随分凝ったデザインで二文字のアルファベットが彫られていた。

「『情報源』の略。俺、暁鐘校の情報網でリーダーやってんだ」

 得意げに俊司がはにかむが、

「えーっと、話がよくわからないんだけど」

という俺に対して、小さく唸った俊司は、順を追って分かりやすく説明をしてくれた。


 *


 話をまとめると、暁鐘高校には加藤率いる情報組織『SK』という裏組織があるらしい。人数は定かではないが、先生の弱さを握る……っじゃなかった。顔が利く生徒が情報を聞き出し、金と引き換えに情報を渡しているそうだ(金額としては学生の小遣い程度)。

 情報収集のジャンルは問わず、小テストの問題から先生の浮気情報までなんでもあり。

 特に、『SK』の文字の入ったバッチを持っている人の情報は正確で、情報範囲は学校内では留まらない。約二十人程確認されている(そういう人に支払う報酬代はもっと高いらしい)。

 前からこういう危険な橋を渡るのが好きな奴だと思っていたが、とうとうこんな悪行までに手を出したのか、と呆れた声で俺は力なく笑った。それを感嘆からの表情だと解釈したのか俊司は「それほどでも」と照れ隠しに頭を掻いた。(どこをどうしたらそのように受け止められるのか不思議だ)

 しかし、高校生活始まってまだ二ヶ月しか始まっていないのに、そんな巨大組織を立ち上げ、メンバーをまとめることができる俊司に憧れを感じないといったら嘘になる。

「昔から行動力だけはあったもんね」

「まあ、俺を味方につけといて悪いことはねーぞ。 本当は女の子にしかしないけど、お前も割引の対象としてみてやるよ」と俊司が恩着せがましく言った。

「ありがとう。 じゃあ、俊司に知らないことってないんだ」

 俺は今度こそは褒め言葉のつもりで言ったのに、俊司は何故かしっくりこない表情を見せた。なにかまずい事でも言ったかな。

「……そうでもないんだよな、これが」

 といいながら、加藤はおもむろに新聞紙を取り出した。

 それをみて、まだ話が終わっていないことに気づいた。

「数分前に、ここに暁金校の制服を着た人が二人いただろ?」

 俺は即座に縁なし眼鏡の学生と細目が特徴の男子生徒を思い出す。同時に、疑問のことも一緒に。

「眼鏡かけてた人、俺の学校の生徒会長なんだ」

「ああ、もう一人の『水野』って人が会長って呼んでたね」

「お、英明も盗み聞きしてたのか。もしかしたら『SK』に入る素質あるかも」

 ……盗み聞きとは失敬な。 俊司が来るまで暇だったんだ。

 俊司が咳払いをして話をもとに戻す。

「最近、会長が『SP』っていうグループを作ったらしいんだ」

 『SP』。それは俺が今一番気になっている単語だった。興味を示すと、俊司は大まかに分かっていることを話してくれた。

 なんでも、これは学園長まで加わっている大規模なプロジェクトらしい。(暁金高校の学園長は何かと忙しく、生徒は見たことしらない人が大半だそうだ)

 『SP』に入ることの許された生徒は、待遇として内心点や成績をあげてもらえる。あとは先生より偉い立場になる等、色々な噂が飛交っているらしい。

 なにしろ、どうやったら選ばれるのかも全く分からない。それどころか、今の時点で『SP』に誰がいるのかも知らないし、そもそも本当にそんなグループが存在するのか自体謎に包まれている。

 とりあえず、『SP』は生徒にとって最高の条件が揃っているから、誰もが必死になってメンバーに選ばれる情報を探すのだそうだ。

「だから、それに関する情報は高値で売れるんだ。そこで俺は、確かな情報を得るため会長を監視することから始めた。そして今日、ここに二年の水野先輩を呼び出したという情報をつかんだんだ。しかもその先輩、放課後に会議が有ったんだぜ? それを抜け出させてまで……。これは怪しいと確信したね」

 熱くなって語ってくれるのはいいが、俺の友人はストーカーに近いことまでしているのではないだろうか? それと、遅れた理由が情報を手に入れる為と言っているように聞こえる。俊司は俺より金を取ったのか……。

「いや、待ち合わせに遅れたのはすまなかった。趣味に没頭するのも良くないな」

 俺の冷たい視線を真に受けて焦る俊司。しかし、反省は程々に再びコーヒーに口をつけた。

「会長が来る十分前ぐらいから張り込んでたからな。けど、苦労したお陰で新しい情報が掴めたし」

 情報収集が趣味と言っていたのは本当らしい。目の前にいる俊司は満面に嬉しそうな顔を浮かべている。

 しかし、それがすぐ苦虫を噛み潰したような表情に変わった。

「『SP』が本当に存在するってことは分かったんだけどな……。その後の重要な所が全然分からなくて」

 俊司の言う重要な所とは、会長が履歴証を取り出したところからだろう。

「あれには絶対『SP』に勧誘する人の情報が書いてあったんだろうな、新聞紙に覗き穴を開けとくべきだったぜ」

 悔いるように深い溜め息をついて、俊司は椅子に深く腰をかけた。

 そして、期待するような目を俺に向けた。

「英明はなんか見なかったか? なんか名前とか特徴とか何でもいいんだけど」

 俺は俊司と視線を合わす事が出来ず口ごもった。

「え……、いや、そこまでは……」


 このとき、嘘をついた。

 正直に言っておけばよかったかもしれない。

 会長が『俺』の履歴書を持っていたということを…。


 

「悔いても仕方ない、新しい情報も手に入ったんだし、よしとするか」

 諦めたように二度目のため息をついてつぶやいた。

「明日になれば何かあるかもしれないし」

 何故かは解らない。この時、俺は俊司の言った言葉を直視することが出来なかった。

 店内の時計が六時と三十分を指した。

 

「さてと、ここで話してるのもなんだし……そろそろ出ようか」

 俊司はともかく、長いこと椅子に座っていた事に疲れた俺は伸びをしながら賛同した。

「俺の分のコーヒー代、俊司が払ってくれる?」

「なんで」

「だってコーヒー飲んだでしょ」

 結局、俺が頼んだブラックコーヒーは俊司によって全て飲み干された。


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