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現在

  高校生になってから二ヶ月が経った六月の事。俺・松村英明は学校から自主退学を求められた。 

 誤解を招かないうちに言っておくが、別に授業中の態度が悪かったとか、成績が悪いとか、不良でその筋の人と関わったとかそういうことではない。むしろ、自分は大人しいほうで、授業は真面目に聞き成績は中の上。普通に親しい友達もでき、地味ながらにありきたりの高校生活を送っているごく普通の十六歳だった。まあ、訳ありで両親に育てられず親戚の家に厄介となっているのを除けばだが。

 そんな中での自主退学。

 しかし、別に驚くことではなかった。逆に思い当たる節はあったし、「ああやっぱりきたか」とため息を吐いたほどだった。


 ─────思い当たる節……。


 数日前から、『ある事件』がきっかけで、誰も俺に声をかけなくなった。友達も、親の変わりに俺を大きくしてくれた親戚のおばさん夫婦も。

 怖くなったのだ、俺の存在が。

 その『ある事件』とは、普通の平凡な放課後に起きた。


 *


 あの日、俺は友人である澁澤と倉田、隣のクラスの平田と一緒に下校するはずだった。けれど、放課後になっても平田は待ち合わせ場所の玄関前に姿を現さない。五分経ったあと、倉田が塾に遅れると言い出したので俺達は仕方なしに平田を置いて帰ることにした。急ぎ足の倉谷続き、校舎をあとにした澁澤と俺。しかし、その途中で俺達は呆気なく平田を見つけた。

 しかし、暗黙の了解で通り過ごそうという空気が流れた。

 理由は単純。平田は俺達と同じクラスにいる不良、中村に絡まれていたからだった。

 中村は赤く染めた髪と改造した学ランをトレードマークとした、この学校の問題児。

 入学早々、三年生の不良グループのトップをぶちのめしてリーダーに上り詰めたという、恐ろしい武勇伝をもつ危ない人だった。平田がなにをしたのかは分からないが、そんな奴に絡まれていては助けようがない。ましてや、奇跡的に救出に成功したとしても、翌日から目を付けられるに決まっている。これから三年間、青春時代を暗黒へと染められてしまうのは非情に辛い。

 きっと二人はそう思ったに違いない。

 けど、俺は違った。

 ヒーローぶっているわつもりなかった。とりわけ正義感が強いわけでもない。

 けど、平田は地元の中学で一年の時から仲が良かった奴だった。それを考えると放っておけなかった。

 気がつくと、俺は背後で「英明!」と叫ぶ友達を無視して、平田のもとへと駆けていた。

 そんな俺の姿を見て、平田の瞳に希望の光が灯った。そんな彼の僅かな異変に気づいたのか、中村はつかんでいた平田の胸倉を離して俺のほうへと体を向ける。

「なんだ、お前?」

 軽く舌打ちをした中村が鋭い目付きで俺に威嚇をした。

 勢い良く前に立ったのはよかったが、そんな目でみられると途端に足が震える。勝算などなかった。

 ほんの数秒の沈黙が、俺にとって永遠に感じられるほど、俺は恐怖に支配されていた。

「あの、その……平田くんと帰る約束を……」

 額から冷や汗が流れていることを感じながら、ようやく口に出せた言葉だった。

 子犬のようにおどおどとする俺を見て、中村はあざけ笑う。そして目障りだというような冷たい視線を投げつけ、側にいた二人の手下に、

「やれ」

と一言。

 すると、中村の手下達は目の色を変えて冷たい笑みを浮かべ、鉄パイプを片手に俺に襲いかかった。

 平田や、離れた所にいる倉田等を始めとした野次馬が『やられる!』という感情から目をつぶるのが分かる。そして、俺もその一人だった。

 覚悟もつかぬまま、反射的に目を硬く閉じた。 首に下げる『お守り』を握りしめて……。

 ─────その時だった。


 燃えたんだ


 彼らの悲鳴が聞こえるだけだった。 僕の前には燃える衣服を身に纏う中村の手下がいた。 呆然としていた中村は即座に表情を怒りと恐怖の混じったに変える。

 歯を食いしばった狼のような顔を俺に向け、

「てめぇ!」

 といいながらナイフを握り、俺に向かってきた。


 俺は、なにも覚えていない。

 この細かな情景も、後で平田に聞いたものだった。

 だから定かではない。

 だだ、ひとつだけ真実なのは、

 俺がただひとつ感じ、覚えていたこのことだけ。


 怒り狂った中村を前に、

 僕は肺の奥底からカラカラと乾いた空気が、口から出て行くのを感じていた。


 ─────俺は『笑って』いた。


 あの時のことで覚えているのは、俺は平田のところへ駆け出したということと、

 中村を含めた計三名の不良が『黒こげ』になって倒れていたということ。

 それだけ。

 あ、あと……

 みんなが、まるで悪魔でもみるようような目をして立ちすくんでたということ。

 平田、倉田、澁澤の三人が恐ろしいものを見ているかのような目で身動きひとつせず俺を見つめていたということ。

 ただ、それだけ───……。


 *


 あの後、立ちすくんでいた俺は騒ぎを聞きつけた職員に押さえつけられ、生徒指導質に連れて行かれた。

 もう、現場は静かになっていたのに、先生達が来たことがざわめきの原因となった。


 生徒指導の先生と担任、更には教頭もやってきて俺の事情調査が始まった。

「僕はやってません」

 信じてもらえなかった。

「何人もの生徒が目撃している。 お前がこのライターで三人の服に火をつけたってな」

 担任が机の上にライターを置く。

 火をつけたのが俺だとしても、百パーセント断言できるのは、このライターが俺のじゃないということ。

 この髑髏のついたライターは間違いなく中村の物だ。

 俺は火のつけられる物を所持していないのは事実だった。きっと、火の出所が分からなかった中村が咄嗟に落ちた自分のライターを俺のだと言ったのだろう。これで俺に逃げ場はないわけだ。

 けど、俺は希望を捨てていなかった。

 誰も信用してくれなくても、親のように可愛がってくれたおばさんなら、きっと信じてくれるに違いないと、そう思ってた。

 

 夕方、俺を引き取りにきたおばさんはやってきた。

 おばさんの顔は無表情で、蒼白としていた。

 どんな説明を聞かされたらこうなるのだろうか?

 このとき。俺は希望を失った。俺を信じる人は誰一人いないと悟ったからだ。

「こんなことする子じゃなかったのに……」

 おばさんの言葉に同意するような素振りを見せる担任達。

 しかし、机に置いてあるライターが『俺の物じゃないとしても』証拠と言わんばかりに黒く光っていた。

 しばらくして、教頭が重い口を開く。

「場合によっては、停学。 被害にあった生徒の容態からしては、松村くんにこの学校を辞めて頂く処置をとってもらえませんか?」


 時期がまずかったんだ。

 この学校は公立といえど、最近徐々に知名度を上げようと努力している高校だ。

 ただでさえ不良に手を焼いているのに、ここで普通の生徒が不祥事を起こしては学校の信頼に関わってくる。

 つまりは『臭い物にふたをする』という案配だった。不良を説得するのは困難だとしても、俺のような大人しい生徒を退学に追い込むのは簡単なことに違いない。

 

 こうして、おばさんが首を縦に振ったときから俺の退学は決まったのだった。

 事実上、中村の手下二名は重傷を負い、中村も手下達ほどではないがすごい火傷を負ったという。彼にとっての幸いは顔に火がいかなかったということだ。お陰で俺を退学させるのに充分な証言(六十パーセントはでまかせ)を述べる事が出来た。


 噂はたちまち広がり、次の日から俺のいるところから半径五メートル。誰一人近づこうとしなかった。万一よそ見してぶつかるようなことがあれば、途端に涙ながらに土下座された。 無理も無いのかもしれない、校内最強の不良を倒してしまったのだから。

 唯一、二〜三回俺の問いに反応してくれたのは平田だけだった。(倉田と澁澤は近づこうともない)けど、平田も余程俺のことが怖かったようだ。それでも応答してくれたのは中村から救った事実の感謝の表れだろう。

 しかし、三年間もの友情はこれほど脆く壊れるのかと、俺は悲嘆の音を洩らした。

 家では、おばさんとおじさんは俺と口をきかなくなった。俺は誰とも話すことが無くなったのである。怒っているのではないことはわかっていた。ただ、予想外のことに整理がつかず、俺に恐怖心を抱いたのだろう。 そして、唯一の俺の親、父親である雅秋になんて報告したらいいのかで困惑していたようだ。

 俺にも罪悪感がないでもない。 父親には俺から手紙を書いて報告した。


 すると、それから一週間後。俺宛に父親から荷物が届いた。

 小段ボールに入っていたのは、驚いたことに青色のブレザーだった。

 添えてあったA4の茶封筒を開けると、そこには学校のパンフレットと父親からの手紙があった。

 そこには機械の文字でこう記してあった。

『前略 松村英明殿

 新しい学校に転校の手配をしておいた。

 学校は俺の住む都来・・・・にあるから、すぐにでも親戚の家のある東京から出る支度をしろ

 なお、このことはおばさん達に俺から伝えておいた

 七月からお前を登校させると言ってある。それまでには俺の家に来るように。

 松村雅秋』

 なんの感情もない父親からの手紙。

 しかし、俺は緊張して読むのに時間がかかった。それほど驚いていた。

 俺が七歳になる前、つまり小学校二年になったばかりのときに、俺は東京の親戚の家に預けられた。

 それからの八年間。父親は一度も俺に手紙なんかよこしたことは無い。

 それなのに一緒に暮らせと書いてある。

 これは何と言う気の変わりようなのか……。

 手紙にはもう一つ驚くことが書いてあった。

『新しい学校の手配をした』

 仮に、成績は良いとしても、俺は三人の不良を殺しかけた前科持ちだ。しかし─────……。

 俺はそばにある学校のパンフレットに目を落とす。そこにはカラープリントの黒インクで『私立・暁金学園』とデカデカと書いてあった。

 俺は目を疑う。しかし、明らかにパンフレとには『私立』の文字。

─────なぜ前科持ちの俺が都来・・・・の私立校に入れるのだろうか?

 ふと、ずいぶん前にしたおばさんとの会話を思い出す。確か父親の仕事を聞いた時、国の為に研究をしているのだと言っていた気がする。それなら立場を使い裏でコネを回すというのもありそうな気もするけれど……。

 俺は、八年間も俺のことを放置していた父親そこまでする理由が分からなかった。


 こういう経緯があり、俺は都来にある『暁鐘学園』へと転校することになった。

 この時、まさかこの前科が僕の高校生活を大きく変え、あんなことになってしまうとは思ってもいなかった。


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