出会い
改札から出てきた英明をみて、俊司の動きが一瞬止まった。
顔を真っ青にした英明の後ろには……色の黒い、傷だらけの不良が目付きを悪くして付いていた。
英明は俊司を見つけると、救いの表情を見せて俊司に近づいく。
「お、おおおおはよう……」
引きつった笑顔をみせる英明の声は裏返っていた。鞄の持ち手を握りしめている事から恐怖しているのが感じられる。
経緯はほんの数分前にさかのぼる。
不良の携帯に着たのはメールだったらしい。そのメールの返信を打っているあいだに、終点の金森駅に到着した。
『今のうちに……』
英明は早く席を立ってこの場を去ろうとしたのだが、
「……おい」
低く唸るような声に止められた。まさに起こってほしくない事態へと事が発展してしまった。
『まさか、俺に言ったわけじゃないよな……』
と思っているのもつかの間、
「おい!」
今度ははっきりとした声で英明に声がかけられた。恐怖からか、男の方に振り向く事が出来ない。
「お前………」
「は、はい!」
「暁鐘学園の生徒だな?」
素直に答えるべきなのだろうか。もしかして、暁鐘学園に恨みがあるから殴らせろとか? そんなまだ訪れた事もない学校なのに……登校初日からこんなのってあんまりだ。
けど、制服を着ているかぎり、嘘をつく事は不可能だ。下手に嘘をついたらそれこそ殴られるかもしてない……。
「はぁ……そうですが……」英明は腹を決めてそう答えた。
不良の口角が上がった。笑っているんだろうけど、目付きとのギャップで余計にこわい。
「連れてけ」
「はあ?」思ってもない言葉に、思わず情けない声を出してしまった。
「行き方がわかんねえんだよ」
………予想もしていなかった展開に、断る事は出来なかった。
*
俊司の反応から、英明は彼が怒っているように感じていた。きっと厄介ごとに巻込んだ事に後で不服を洩らすに違いないと、そう思っていた。
しかし、それは違った。
「天宮?」
俊司が不良のことをそう呼んだのだった。その声には怒りの感情も、不良に対する恐怖も感じられない。
対する不良は俊司の姿を見て舌打ちをした。それをみた俊司は確信に満ちた顔で口を開いた。
「やっぱり天宮だ。お前ら知り合いだったのか」
俊司の視線は天宮という不良から英明へと移った。英明は慌てて否定をする。
「いや、たまたま電車で会って……俊司こそ知ってるの?」
英明の問いかけに俊司は何気ない顔で頷いた。
「三日前に俺のクラスに転校してきた奴でさ……」
俊司の説明を聞きながら英明は天宮の顔を盗み見ようとした。しかし、それと同時に天宮は素っ気なく歩き出してしまった。
「オイ待てって」
そんな英明に俊司は『朝からなにしたんだよ…』と耳打ちした。
それが気にくわなかったのか、不良はギロリと俊司を睨む。俊司はそれに気づき、怯まないように視線を返しながら、
「やあ…」
と片手を上げる。
「英明になにか用?」そういう俊司の声は少し鋭い。
しかし、そのことに彼はなんとも思わなかったのか、
「お前も暁鐘学園の奴か」
と低い声で呟いた。しかも、話が微妙に噛み合っていない。
すこし変な空気が流れる中、三人は学校に向かって歩き出した。
話に聞くところ、歩いて十分もかからないそうだ。通学路には制服姿の学生が多い。
「ところで、君はどこのギャングに属してるのかな?」
英明を真ん中にはさみ、俊司が不良に訪ねた。
「あぁ? なんだよ、それ」
不機嫌そうに答える不良とのやり取りにハラハラしながら英明は様子を伺っていた。
「え、ギャンググループ知らないの?」と、意外そうな俊司。
「ギャングってなんなの?」
よく分からないのか増々不機嫌な顔つきになる不良を気にして話を保った。
俊司が話しだす。
「この街の裏のほうで群れてる不良集団の事だよ。まあそこらへんに歩いてるけどね」
三人は今、歩道橋の上を歩いている。ほら、と俊司が下の歩道を指差した先には、二人組のチャラい男が歩いていた。一人は赤いTシャツに青いダウンを羽織り、白いキャップをかぶると結構派手な格好をしている。もう一人の男も白いキャップがバンダナということ以外はほとんど変わりない。
「あれは『英チーム』だな。ここら一帯で一番強力だから、関わらない方がいいと思うけど…」
「『英チーム』?」
「正式には England(英国)ギャンググループ。昔は最強の大国で有名な国だったからな。国の名前をグループ名にすんのが流行ってんだよ」
俊司の胸元にはSKと彫られたバッチが光る。それを見て英明は納得の表情を見せた。
チラリと不良の顔を盗み見ると興味深そうに微笑んでいる。このままさっきの英グループの人たちに喧嘩でも売りそうだ。
「不良を名乗ってる奴らはほとんどグループに入ってるからな。君もどっかに入ってんのかと思ったんだけど……」
俊司の言う言葉は冷やかしにも感じられた。
しかし、不良は全く同じていない様子で無言だった。
話は終わらず、俊司は続ける。
「『プロイセン』ってチーム知ってるか?」
俊司は、この不良に持ち合わせる恐怖感など無いらしい。
むしろ、次々と知識をみせつける事に対し全くなにも感じていない不良に不快感を持てるようだった。