大森チサの妄想
ベースは、ep.24『昨日までと、今日の私』の夕日の河川敷シーン、ep.25の『等身大の結論』の教室とノブの部屋のシーンです。
松田アヤ 監修、大森チサ 著:『残光の檻、あるいは少年の秘め事』
〇夕闇の河川敷
俺の名前は田中ノブヒロ、中学三年だ。
そして、夕日に照らされて、奇跡みたいな輝きを放っている隣のこいつは……俺の愛する彼女(男)、和泉アキラ。
見てくれ、この、絹糸みたいに滑らかで、光を透かす蜂蜜色の髪。
少し伏せられた睫毛の先には、宝石みたいに澄んだ、琥珀色の瞳が隠されている。
そして、夕風に吹かれて少し上気した、桃の花びらみたいに柔らかそうな、唇……。
……ああ、もう。
こいつが横にいるだけで、俺の世界は、キラキラとした光に満たされて……同時に、酷く独占欲に掻き立てられる。
誰にも見せたくない。この可愛さを、俺だけのものにしたい。
そんな、俺の内心の混迷を知ってか知らずか。
アキラが、わざとらしく、湿り気を帯びた瞳で俺を覗き込んできた。
「……なあノブ」
「ん?」
「お前は、“オレ”と“私”……どっちに『犯されたい』?」
「……っ、ああ!?」
キラキラとした光が一瞬で霧散し、ドロリとした熱が俺の脳内を支配した。
俺は絶句し、視線を鋭く逸らす。耳たぶが、夕日よりも赤く焼けているのが自分でも分かる。
「……どっちでも、いいと思うぞ。お前がお前なら」
「ふーん」
アキラの薄い唇が、三日月のように吊り上がる。
その瞬間、アキラの可愛さは、獲物を追い詰める魔性の魅力へと変貌した。
一歩。
靴が草を踏む乾いた音を立てて、逃げ場を奪うように距離を詰める。
「じゃあさ——」
アキラは俺のシャツの襟元を指先でなぞり、耳元で吐息をこぼす。
「……ノブくん。“私”のこと、めちゃくちゃにしたい?」
「なっ……!!」
俺は弾かれたように振り向く。
近すぎる。互いの睫毛が触れそうな距離。アキラの瞳の奥に、俺を試すような、愉悦の光が宿っている。
「なに急に言い出すんだよ……! それに『ノブくん』って、お前……ッ!」
俺の喉仏が、苦しげに上下した。
かつては俺の支配下に置いていた、守るべき存在だった幼馴染。
それが今、挑発的な「女(私)」を演じて、俺の理性を一億万倍のスピードで破壊しにかかってくる。
「あー、うん」
アキラはわざとらしく肩をすくめ、俺の胸にそっと手のひらを置いた。トクトクと暴れる鼓動が掌に伝わってくる。
「やってみたら、お前がどんな顔で壊れるか、見たくなっちゃって」
「お前……そういうの、反則だって……っ」
俺は声を震わせ、逃げるように顔を背ける。
「反則って何だよ。具体的に教えてくれよ、ノブ」
アキラはさらに踏み込む。逃げ場はない。背後の土手は、二人を閉じ込める檻のように高くそびえていた。
「……そのままの意味だよ。……無自覚に誘うのは、やめろ」
「なんで? お前の理性が、困るからか?」
アキラの指が、俺の首筋を這い上がる。
その瞬間、俺の中で、何かが音を立てて崩れ去った。
(……くそ、もう限界だ)
俺はアキラの細い手首を掴み、そのまま土手の斜面へと押し倒した。
「……っ、は? おまっ……!」
草の匂いと、アキラの甘い匂いが混ざり合う。
アキラは目を見開いて、俺を見上げている。その瞳に、初めて恐怖と、そしてそれ以上の、熱い期待が宿ったのを俺は見逃さなかった。
「……俺がどれだけ、お前を組み伏せたい衝動を抑えてるか……知らねえのかよ……!」
俺はアキラの顔の横に手を突き、逃げ場を完全に塞ぐ。
夕闇が二人の輪郭をどろりと溶かしていく。
「……試すなよ、アキラ」
低く、獣のような唸り声。
俺の顔がアキラの首筋に埋められ、熱い吐息が皮膚を焼く。
その瞬間、アキラの身体が小さく震え、俺の背中に手が回されたのを……俺は、確かに感じた。
-----------------------------------
〇校内・教室(休み時間)
降り注ぐ昼下がりの光が、机に突っ伏したアキラの項を、透き通るように照らしている。
俺は、その白く脆そうな細い首筋に、喉を鳴らしたくなるような衝動を必死に抑えていた。
伸ばしかけた指先が、空中で一度、怯えたように静止する。
……けれど。
吸い寄せられるように、俺は掌をその華奢な背中に沈めた。
ピクリ、とアキラの肩が震える。
「アキラ」
自分で自分の声が、一億万倍に甘く、重く響くのが分かった。
「今日、来い」
パッと顔を上げたアキラの瞳は、まるで迷い込んだ仔鹿のように、行き場を失って揺れている。
「え……?」
「……ちゃんと話がしたい。昨日の、あの土手でのことも。……今の、この狂おしい気持ちも」
アキラは、俺の熱を孕んだ視線を拒むように、目を逸らす。
「……二人で背負うんだろ?」
その言葉に、アキラの呼吸が止まる。
一億万倍に重い、愛という名の十字架。
「……そうだな」
小さく頷いたアキラの耳たぶは、夕焼けよりも毒々しく、紅く染まっていた。
----------------------------------
〇ノブの部屋
カーテンを閉め切った薄暗い部屋。
いつもの丸テーブルを挟んで座っているのに、その距離は、一億万倍に遠くて、一億万倍に近い。
密閉された空間に、二人の体温だけが澱み、混ざり合っていく。
「今日は……かーちゃんはパートでいねえ」
俺の声が、不自然に低く沈む。
それは合図だった。
俺はテーブルを乗り出し、アキラの手首を掴んで、一気に自分の膝の上へと引き寄せた。
「っ……ノブ!?」
「『背負う』って言っただろ。……お前の不安も、俺のこの、壊れそうなほどの独力欲も……全部だ」
俺はアキラの腰に腕を回し、逃げ場を奪うように深く抱きしめた。
アキラの細い指先が、俺の制服の裾をぎゅっと掴む。
「……怖えよ、ノブ。お前が、俺をどうしたいのか……」
「俺にも分からねえよ。ただ、お前が『私』の顔をして俺を試すたびに、俺の中の理性が、一億万倍のスピードで真っ白になるんだ」
俺は、アキラの耳元に唇を寄せ、熱い吐息とともに囁いた。
「昨日の続き……。俺を、これ以上『我慢』させるな」
アキラの首筋に顔を埋めると、甘い石鹸の匂いと、少年特有の酸っぱい熱気が鼻を突く。
俺の手は、アキラの背中を、まるで形を確かめるように、強欲になぞり上げた。
「……好きだ、アキラ。……壊したいほど、愛してる」
アキラの小さな呻き声が、俺の胸の中に溶けていく。
閉ざされた扉の向こう側。
二人の少年の、一億万倍に不完全で、一億万倍に濃密な「話し合い」が、静かに始まろうとしていた。
----------------------------------------------
「なあ、大森、お前何書いてんだ?」
「ハッ?!」
突然―、アキラくんが横からヒョコリと顔を出してきた。
(近い近い近い近い近い近い)
「こ、こここれは神聖な観察日誌であって、極秘な魔導書であって、決してやましいことには使用しておらず―」
「お前何いってんだ?」
言えない。これを文芸部のみんなで"消費"しているなんて事は、絶対に―。




