第3話:冒険者ギルドで大爆発? 壊れない試験用ゴーレムの作り方
石畳の道を、桃色の煙を吐く巨大な猪が悠然と闊歩する。
その背中に揺られながら、俺——アルドは、町の人々の突き刺さるような視線を全身に浴びていた。
「おい、見ろよ……あの御方を」
「バーストボアをペットに? しかもあのオーラ……ただの貴族じゃねえぞ」
「さっき門番の不治の病を一瞬で治したっていう『黄金の聖者』様だろ?」
……違う。話に尾ひれがつきすぎだ。
俺はただの、前世でエナジードリンクを主食にしていた元社畜だ。
誤解を解こうにも、俺が口を開こうとすると、周囲が「おお、何か聖言を発せられるぞ!」と勝手に姿勢を正して拝み始める始末。これが『極彩色の存在感』の恐ろしさか。
あまりに目立ちすぎて、もはや存在そのものが「イベント発生地点」になっている。
「ふごっ、ふごぉ」
足元のボア……名前はまだないが、こいつはなんだか得意げだ。
お前、さっきから「魔王の軍勢の先遣隊」みたいな風格で歩いてるけど、中身は昨日の爆発ポタージュ飴に胃袋を掴まれただけの食いしん坊だからな。
「よし、着いた。ここがこの町の『冒険者ギルド』か」
三階建ての立派な石造りの建物。
入り口の上には、錆び一つない大剣と盾が交差する紋章が掲げられている。
スローライフを送るには、何はともあれ身分証が必要だ。宿に泊まるにも、市場で物を売るにも、ギルドプレートがあれば話が早い。
俺はボアを入り口の頑丈そうな石柱に繋ぎ(通行人が怯えて半径五メートルに誰も近づかないので、駐輪スペースには困らなかった)、深呼吸をしてから重厚な扉を押し開けた。
——ギィィ……。
扉が開く音と共に、喧騒に包まれていた館内が、一瞬で「凪」のように静まり返った。
カウンターで依頼書を眺めていた冒険者、奥の酒場でエールを煽っていた荒くれ者たち。
その全員が、スローモーションのようにこちらを振り向く。
(あ、これ、テンプレのやつだ。「おい新入り、ツラ貸せよ」って絡まれるやつだ……!)
内心で身構える。
前世の営業で培った「愛想笑い」で切り抜けようとした、その時。
ガタガタッ!! と椅子を倒す音が響いた。
絡んでくるどころか、屈強な大男たちが青ざめた顔で一斉に道を空けたのだ。
まるで、モーゼの十戒のように俺の前に一本の道ができる。
「……ヒッ、なんだあのプレッシャーは……」
「おい、魔力が……いや、存在の『密度』がおかしいぞ……」
「奴の後ろに浮いてるあの黄金の文字板を見ろ……あれは高位の呪印か?」
違う、ただの消し方のわからない看板だ。
俺の後ろには、門の前で作ってしまった『魔王の祝福つき黄金飴・一〇〇円』のホログラム看板が、意思を持っているかのようにふわふわと追従してきている。
俺は冷や汗を拭いながら、受付へと進んだ。
そこにいたのは、ポニーテールを揺らす、いかにも仕事ができそうな勝気な美人の受付嬢だった。
「……あの、すみません。ギルドへの登録をお願いしたいんですが」
努めて穏やかに、優しく声をかける。
受付嬢——リナは、一瞬、俺の放つ異常な存在感に呼吸を忘れたようだったが、流石はプロだ。震える指先をカウンターの下で隠し、営業スマイルを張り付かせた。
「は、はい! ギルド登録ですね。私は受付のリナと申します。ええと、登録にあたっては、形式的な『実力測定』が必要となっております。魔法適性と物理破壊力を測るため、あちらの訓練場へどうぞ」
リナに案内されたのは、建物の裏手に広がる石造りの訓練場だった。
中央には、魔導回路がむき出しになった、無骨で巨大な鉄の人形が設置されている。
「あれが、ギルド特注の『試験用ゴーレム・マークIV』です。衝撃を吸収し、その威力を数値化してランクを判定します。……アルド様、一つだけお願いがございます」
「はい、なんでしょう?」
「……壊さないでくださいね? これ、王都の魔導工房から取り寄せた一点物で、お値段は白金貨三枚……つまり、この町が一年間に納める税収と同じくらいなんです。もし壊されたら、修理代のために一生ギルドでタダ働きしていただくことになりますので」
リナが冗談めかして(しかし目は一切笑わずに)告げる。
——不吉だ。
この上なく不吉なフラグだ。
俺の『万物の機能不全』は、こういう「大事なもの」を扱うときに限って、物理法則をゴミ箱に捨てるような暴走を見せる。
「……わかりました。本当に、優しく、撫でるように叩きます」
俺は覚悟を決めてゴーレムの前に立った。
素手で殴るのは痛そうだし、ギフトのせいで自分の拳が爆発するのも怖い。
俺は訓練場の隅に転がっていた、使い古された「練習用の木剣」を手に取った。
その瞬間だった。
ブォォォォォォン……!
手に持っただけの木剣が、重低音を響かせて振動を始めた。
(あっ、これヤバいやつだ)
『万物の機能不全』が牙を剥く。
「相手を叩くための棒」であるはずの木剣が、俺の魔力を(勝手に)吸い込み、あろうことか「超高密度エネルギーの収束触媒」へと機能を書き換えられていく。
木剣のひび割れた隙間から、太陽のような白銀の光が漏れ出す。
周囲の空気が急速に冷え込み、逆説的に木剣の周囲だけが空間が歪むほどの熱量を持つ。
「ちょ、アルド様!? 何をしているんですか、その光は……!?」
「リナさん、離れて! 俺にも止められないんだ、これ!!」
木剣が限界までエネルギーを溜め込み、俺の右腕ごとどこかへ飛んでいきそうになる。
このまま手放せば、ギルドどころかこの区画一帯が更地になる。
俺は必死の思いで、暴走する「光の塊」を、目の前のゴーレムに押し当てた。
せめて、この頑丈なゴーレムにすべての衝撃を吸い取ってもらおう——。
その判断が、最大の過ちだった。
「——接続、完了」
脳内に、自分のものではない無機質な声が響く。
ドゴォォォォォォォォォン!!!
凄まじい閃光と衝撃波が訓練場を包んだ。
あまりの光量に、観衆の冒険者たちもリナも、俺自身も目を閉じるしかなかった。
数分後。
もうもうと立ち込める白煙が、ゆっくりと風に流されていく。
「……ああ……白金貨三枚が……私のボーナスが……」
リナの絶望に満ちた呟き。
確かに、そこにあった「鉄の塊」は跡形もなくなっていた。
代わりに、煙の中から現れたのは——。
「ターゲット確認。……これより、**『究極の癒やしと奉仕の時間』**を開始します」
そこには、元の無骨な面影など微塵もない、黄金に輝く「多機能型カウンター・ゴーレム」が鎮座していた。
本来は殴るための標的だったはずが、俺の『万物の機能不全』によって「攻撃を受ける機能」が完全停止。その反動として、周囲の人間を**「物理的に、かつ強制的に幸せにする機能」**が暴走し始めていた。
「え……? 何これ、何が起きてるの……?」
リナが呆然とする中、新生ゴーレムの背中から無数の魔力の手が伸びる。
その手には、どこから取り出したのか、極上の香りを放つハーブティー、最高級のふかふかクッション、そしてなぜか「肩叩き券」が握られていた。
「お疲れのようですね、リナ職員。心拍数の上昇を確認。リラックス・モードに移行します」
シュッ、とゴーレムからピンク色の煙(ボアの煙をさらに高濃度にしたようなもの)が噴射される。
それを吸い込んだ瞬間、リナの目がとろんと潤み、その場にへなへなと座り込んだ。
「あふぅ……なにこれ、すごく気持ちいい……。もう仕事なんてどうでもいいかも……」
「リナさん!? しっかりして、これバグだから! ただのバグだから!!」
俺の叫びも虚しく、ゴーレムは止まらない。
今度は周囲の冒険者たちに向かって、黄金のディスプレイを空中に投影した。
【本日の特別メニュー:『魔王の祝福・全自動マッサージ&耳掃除』 料金:笑顔一つ】
「「「おおおおおおお!!!」」」
荒くれ者たちが、まるで聖母を仰ぐような顔でゴーレムに群がっていく。
殴っても傷一つつかないどころか、攻撃しようと剣を振るった男の腕を優しく受け止め、そのまま「ツボ押し」で悶絶(歓喜)させる始末。
「壊れて、ない……どころか、これ……」
リナがうっとりした表情で、差し出された黄金のハーブティーを啜る。
「……これ、王都の魔導省が数百年かけても到達できない、伝説の『自律型奉仕機』ですよ……。アルド様、これ一台で……王国が三つ買えます」
「王国三つ……っ!?」
今度は俺が白目を剥きそうになった。
スローライフを送るためにギルドに来たのに、この町に「国家予算を軽く超えるオーパーツ」を置き土産にしてしまった。
「あ、あの……俺、登録だけして帰りたいんですけど……」
リナは震える手で、ギルドの歴史上数人しか発行されたことがないという、黒く輝く『オリハルコン製のプレート』を俺に差し出した。
「……アルド様。もはや測定の必要はありません。この『奉仕の神』を生み出した貴方に、普通のランクなど失礼すぎます。このプレートを持って、どうぞ……どうぞお好きなところへ行ってください。ただ、お願いですから……」
「……はい」
「……このゴーレム、絶対に持って帰らないでくださいね!? これはこの町の、いえ、ギルドの守護神として永久保存しますから!!」
どうやら、あまりの便利さ(と洗脳に近い癒やし効果)に、ギルド側がこの「バグの産物」を独占することに決めたらしい。
こうして俺は、背後で「極楽だぁ〜……」「アルド様は神だぁ〜……」と昇天しかけている冒険者たちの声を背に、逃げるようにギルドを後にした。
「……静かに暮らしたいだけなのに、なんで行く先々で宗教画みたいな光景が広がるんだ……」
俺の存在感はいよいよ増し、後ろを浮遊する『黄金飴一〇〇円』の看板は、心なしかさっきより誇らしげに輝きを放っていた。
——静かに暮らしたい。
そのささやかな願いが、メイドロボの放つ眩しいサーチライトの光にかき消されていくのを、俺は悲しく見守るしかなかった。
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