第1話:スローライフを願ったら、負の遺産を押し付けられた件
眩しい。
あまりの光に目を細めると、そこには見渡す限りの青い空と、深く生い茂る緑の森が広がっていた。
「……ここ、どこだ?」
確か俺は、深夜のオフィスでデスクトップのモニターを見つめていたはずだ。
三日三晩の徹夜明け。意識が遠のく中、最後に願ったのは……。
『次は……もう働きたくない……。静かな田舎で、のんびりスローライフを送りたい……』
そんな、どこにでもある社畜の末路のような願いだった。
ふと、脳内に直接語りかけてくるような、妙に軽い声が響く。
『おっけー! 君の願い、聞き届けたよ! スローライフに欠かせない【特別なチート】も三つあげちゃう。向こうで楽しくやってね!』
……特別なチート?
期待に胸を膨らませて、俺は自分の「ステータス」を確認しようと念じた。
視界に浮かび上がった半透明のウィンドウ。
そこに並んでいたのは、俺が想像していた「無双」とか「万能」とは、決定的に違う言葉たちだった。
【保有ギフト】
1. 万物の機能不全:
あなたが作成・調理するものは、必ず本来の意図とは異なる結果を招きます。
2. 厄災の招き手:
あなたの周囲には常にトラブルが引き寄せられます。退屈とは無縁の生活を!
3. 極彩色の存在感:
あなたは隠れることができません。世界は常にあなたに注目しています。
「……は?」
二度見した。三度見した。
だが、文字は変わらない。
これ、チートっていうか……呪いじゃないか?
スローライフって、静かに目立たずのんびり暮らすことだよな?
目立つ上にトラブルを引き寄せて、挙句の果てに「まともに物が作れない」って、どう考えてもハードモードすぎるだろ。
「……いや、落ち着けアルド。考え方次第だ」
俺は前向きなのが長所だ。
トラブルが来るなら、返り討ち……は無理でも、上手く逃げればいい。
物が作れないなら、何か適当にガチャを回す気分で楽しめばいい。
まずは腹が減った。
足元に転がっている、見たこともない紫色のキノコと、なぜか近くに落ちていた鳥の卵。
これを使って、簡単なスープでも作ってみよう。
「まともに作れないって言っても、煮込むだけなら失敗のしようがないだろ」
手近な石を組んで火を起こし(これも「目立つ」能力のせいか、一瞬でキャンプファイヤー並みの業火になったが無視した)、手持ちの鉄鍋で煮込んでいく。
数分後。
鍋の中から聞こえてきたのは「コトコト」という優しい音ではなかった。
「……キュイィィィィィン!!」
高周波の駆動音。
そして、鍋から立ち上ったのは、食欲をそそる湯気ではなく——七色に明滅するレーザービームのような光柱だった。
「なんでだよ!!」
慌てて蓋を閉めようとした瞬間、鍋が激しく振動し、
——ドォォォォォン!!
爆発した。
……終わった。
せっかくの食料が。俺のスローライフ第一食目が。
煤まみれになった俺が、絶望して地面を見つめると。
「……お?」
そこには、焦げたキノコでも、飛び散った卵でもなく。
黄金色に輝く、宝石のような「結晶体」が転がっていた。
恐る恐る口に含んでみる。
「…………っ、うまっ!?」
なんだこれ。
濃厚なポタージュの旨味と、高級ステーキの満足感が凝縮されている。
しかも、一口食べただけで全身に力がみなぎってくる。
料理としては大失敗(というか爆発)したが、結果的に「超高カロリーの携帯食」が誕生してしまったらしい。
と、その時。
ガサガサッ!! と茂みが激しく揺れた。
……忘れていた。「厄災の招き手」の効果を。
爆発音と、この空高く突き抜けた七色の光に誘われて、何か(ロクでもないもの)がやってきたらしい。
「ブモォォォォォォォッ!!」
現れたのは、軽自動車ほどもある巨体。全身から絶えず炎の粉を撒き散らす、森の暴君——バーストボア(爆炎猪)だ。
その巨大な牙が、まっすぐに俺を捉えている。
普通ならここで人生終了だが、俺はなぜか冷静だった。
手元には、さっきの「失敗作(黄金の飴)」がまだ大量にある。
「……おい、お前も腹減ってるのか?」
俺はひょい、と黄金の飴をボアの足元に投げた。
ボアは鼻を鳴らし、警戒しながらもそれをパクリと飲み込み——。
「…………(ピタッ)」
激しく燃え盛っていた全身の炎が、一瞬で桃色のポワポワとした煙に変わった。
それどころか、ボアは子犬のように「フゴフゴ」と鳴きながら、俺の膝に巨大な頭を擦り寄せてくる。
「待て、熱……くない!? なんだこれ、あったかい。お前、森の暴君だろ! もっと怖くあれよ!」
……こうして。
俺の「スローライフ」は、爆発と、桃色の煙を出す巨大猪と共に、騒がしく幕を開けたのだった。
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