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『世界最強――平和を守りすぎた男』  作者: くりょ


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32話 安寧は遠く

迷宮が消滅した――その報せは、国々を安堵と混乱の渦へ落とした。


王国は救われた。

厄災は消えた。

民は生き残った。


だが、その同じ報せが、ただ一人の男の胸にだけ、破裂するほどの怒りを点火させた。


「……どこだ」


低く、獣のうなりのような声。


「リリアルはどこにいる……!」


魔族、ディーン。

彼は玉座の間を歩き回り、爪が立つほど拳を握りしめていた。

従者たちは息を止め、誰もが視線を伏せる。怒りの矛先が、いつこちらへ向くか分からない。


「角が献上された? ――ふざけるな」


報告役の魔族が、震える声で言う。


「ディーン様……その……角は……確かに、リリアルのものです」


その瞬間、空気が張り裂けた。


「ならば……殺されたのか?」


ディーンの目が、赤く濁る。


「リリアルが……人間ごときに? 誰だ。誰がやった。誰が――」


怒号が玉座の天井に反響した。


だが次の言葉が、彼の怒りを一息で沈める。


「……スノーマンによるものだと」


沈黙。


怒りは消えない。だが、形を変える。

凍った水面の下へ、沈み込むように。


「……スノーマン、か」


魔族も知る名。

その名が世界に存在する限り、魔族は軽率に“襲えない”。


かつて先代の魔王が、氷の地へ侵攻を企てた夜があった。

翌朝――魔王は消えた。

討伐の報告も、英雄譚もない。

ただ、“いなくなった”。


それが警告だと魔族は理解した。

もし人間に手を出すなら、お前たちの王でさえこうなる――と。


だが真実はもっと無味乾燥だった。

スノーマンは、見せしめのためではなく、ただ“片づけた”にすぎない。

持ち帰る価値もない。

誇る理由もない。

平和の邪魔だから、消した。

それだけ。


その“それだけ”が、魔族にとっては恐怖だった。


ディーンは歯を食いしばる。


「リリアルですら……勝てないというのか」


彼は期待していた。

迷宮の中で厄災たちが育ちきれば、あるいはスノーマンとも拮抗するのではないか、と。

だが結末は、角が届いたという事実で足りた。


「……また振り出しか」


そう呟いた瞬間――別の魔族が前へ出た。


「ディーン様。……まだ、終わっていない可能性がございます」


ディーンの視線が鋭く刺さる。


「根拠は」


「迷宮上空で……リリアルに似た気配を確認した者がおります」


「なら角は偽物か?」


魔族は首を振った。


「いえ。角は間違いなく本物です。――だからこそ、可能性があります」


「……何が言いたい」


魔族は、言葉を選ぶ。


「リリアルが……角を差し出した可能性が」


瞬間、ディーンは笑った。

嘲笑ではない。理解できないものを拒絶する笑いだ。


「そんな無様が、あのリリアルにできると思うか?

誇りだ。孤高だ。誰にも屈しない。

角は、あれの象徴だ。差し出すなど――」


だが、魔族は怯まず言った。


「……相手が、スノーマンなら」


その一言で、ディーンの喉が詰まった。


スノーマン。

“誇り”という概念ごと、踏み砕ける存在。


ディーンはゆっくり息を吐き、命令を下す。


「探せ」


空気が動く。


「全軍でだ。リリアルを捕らえろ。生きているなら、必ず見つけ出せ」


そして、ディーンの瞳には別の熱が宿る。

それは恋ではない。愛でもない。

血統への渇望――“欲”そのものだ。


「角が折れたなら、なおさらだ。

あれが弱ったのなら――“利用”できる」


周囲が背筋を凍らせる中、彼は淡々と続けた。


「リリアルの力は、必要だ。

あれの“未来”だけを、こちらに寄こせ」


命令は、世界を動かし始めた。


---


その頃。


当のリリアルは、滝の奥深くで、湯気の立つ水に肩まで浸かっていた。


「……ふぅ」


熱と静けさが、体の芯に染みわたる。

滝の轟音は、外界の声をすべて洗い流す壁だ。

ここなら、人の気配は届かない。届くはずがない。


――やっと、息ができる。


本来なら、外に出た瞬間、彼女は暴れただろう。

恐れられ、追われ、奪われる前に、奪う側へ回る。

それが“厄災”の論理だった。


だが今の彼女に、戦う意思はない。


あの男に出会ってしまったからだ。

化物の皮を被った、本物の化物――人間。


あれほどの圧倒を知ってしまえば、誇りすらも震える。

強くなりたいという渇きさえ、別の願いに溶けてしまう。


――認めてほしい。

――受け入れてほしい。

――ただ、怖がらないでいてほしい。


その願いが、彼女の胸を満たしていた。


「……これから、どうしよう」


人に混じって生きることはできるのか。

角のない自分でも、誰かと手を取り合えるのか。


答えはない。

ただ、湯気だけが揺れている。


そして彼女はまだ知らない。


いま、自分を探す視線が――人間にも、魔族にも、無数に増えていることを。


静けさは、永遠ではない。


滝の外で、世界がゆっくりと、確実に、こちらへ向かって回り始めていることを――。

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