31話 ファルコンは動く
ファルコンの一団が、仮設の陣を整え終えたころだった。
夜明け前の空気は張りつめ、
風はなくとも、何かが“残っている”感覚だけが消えない。
沈黙を破ったのは、デイだった。
「……なあ、ジン」
ジンは焚き火に薪を放り込みながら、視線だけを向ける。
「まだ言うのか。
全部終わったんだ。迷宮も、厄災もな」
「それでもだ」
デイの声は、普段より低かった。
「俺は、どうしても納得してない」
ジンは黙った。
否定しなかった。
忘れているはずがない。
上空から降りてきた、あの“圧”。
「……感じただろ」
デイは続ける。
「迷宮の上だ。
あのとき、確かにいた。
アイスベアよりも前に――いや、別物として」
ジンは、ゆっくりと息を吐いた。
「ああ……感じた」
思い出すだけで、背中が冷える。
「だが、あれがスノーマンだとは思えない」
その言葉に、ミサが小さく首を振った。
「違うわ」
即答だった。
「進路を変えたの。
私たちに気づいた瞬間、あれは“逃げた”」
「逃げた?」
「ええ。
少なくとも、敵意はなかった」
ミサは空を見上げる。
「もしあれがスノーマンなら、
迷宮で会ったアイスベアと同じ“圧”を感じたはずよ」
誰も反論できなかった。
「それに――」
ミサは言葉を選ぶように、一拍置く。
「空を飛べる存在なら、
わざわざアイスベアの皮をかぶって迷宮に来る意味がない」
理屈だった。
冷静で、否定しようのない推論。
ジンは苦笑する。
「……確かにな」
沈黙が落ちた。
誰も口にしないが、全員が同じ結論に近づいていた。
“まだ何かいる”
そしてそれは、
彼らが理解できる範疇の存在ではない。
「放置はできないな」
ジンは立ち上がった。
「ギルドに探索依頼を出す」
デイが顔を上げる。
「正体を探るってことか?」
「違う」
ジンは首を振る。
「近づくな、と知らせるためだ」
ミサが小さく息をのむ。
「難度を最高にする。
依頼主はファルコン」
ジンの声は静かだが、決意に満ちていた。
「俺たちですら危険だと明示すれば、
並の冒険者は近寄らない」
「……抑止力、か」
デイが呟く。
「そうだ。
正体不明を野放しにする方が、よほど危険だ」
ミサは腕を抱いたまま、震える声で言った。
「……でも、ジン」
「なんだ」
「もし、あれを“見つけてしまったら”」
一瞬、誰も言葉を出せなかった。
「戦わないで」
ミサの声は、はっきりしていた。
「たぶん……
あの気配は、スノーマンより危険よ」
空気が凍りつく。
だがこのとき、
誰も知らなかった。
――その“危険”とされた存在、リリアルですら、
スノーマンの真の異常性を測りきれていなかったことを。
ファルコンが出会ったスノーマンは、
ただ走っていただけだった。
殺気を抑え、
魔力を沈め、
“ただの人間”として。
それだけで、
彼らの認識は、完全に狂っていたのだ。




