28話 リリアルの望み
それぞれがそれぞれの選択を進める中で――
ひとり、世界から取り残された魔物がいた。
リリアルは、宙を漂うように飛びながら、途方に暮れていた。
どこへ向かっても、人の気配がある。
視線を落とせば、列を成して移動する人々の群れ。
山を越えても、谷を越えても、絶えることはない。
「……こんなにも……人が、増えてしまったの……?」
胸の奥が、ひくりと痛む。
かつて封じられていた頃、
彼女が思い描いていた“外の世界”は、もっと静かなものだった。
これでは――
安心して息をつける場所など、どこにもない。
リリアルは、さらに高く、さらに奥へと飛んだ。
人の営みから遠ざかるように、山々の奥深くへ。
やがて、視界いっぱいに広がる光景が現れる。
轟音を立てて落ちる、巨大な滝。
水煙が霧となり、周囲の空気を白く染めている。
近づくだけで身体を押し流されそうなほどの、水量と勢い。
――ここなら。
「……誰も、来ない」
生物が巻き込まれれば、命の保証はない。
人はもちろん、魔物ですら近寄らぬ場所。
リリアルは、迷いなく滝へと突っ込んだ。
凄まじい水圧を、魔力で押し退け、
滝の内側に巨大な空洞を穿つ。
岩が砕け、破片が飛び散る。
それらを次々と滝の外へ投げ捨て、内部を整えていく。
轟音の中に、静寂が生まれた。
リリアルは、身に纏っていた装いとも呼べぬものを外す。
露わになったその身体は、
魔物という言葉では片づけられぬほど、均整が取れ、美しかった。
滝から水を引くため、太い木を一本、内部へと差し込み、
溝を刻み、水を溜める。
内部は冷え切っている。
リリアルは風の流れを操り、空気の逃げ道を作り、
湿った素材を乾かし、火の魔法で灯を生む。
魚を捕らえ、簡素な食を得る。
寝床には、空気を圧縮した柔らかな層を敷いた。
そして――
溜めた水を、熱魔法で温め、静かに身を沈める。
「……はぁ……」
ようやく、深く息を吐いた。
外の世界に戻ってから、初めての安らぎだった。
これらすべてを可能にしているのは、
リリアルの持つ異常なまでの力と、研ぎ澄まされた感覚。
だが、彼女はそれを誇ろうとはしない。
ただ、生きるために整えただけ。
誰にも見られず、誰にも怯えず、存在していたいだけ。
本来なら、外へ出れば人々を蹂躙し、
居場所を力で奪う――そんな未来もあり得た。
だが、今の彼女にその衝動はない。
望むのはただひとつ。
人目につかぬ場所で、
静かに、息をして、生きること。
滝の轟音に包まれながら、
リリアルはゆっくりと目を閉じた。
“解放された厄災”の、ささやかな始まりだった。




