26話 2
ヴェンは、必死に走っていた。
肺が焼けるように痛む。
だが、足を止める理由など、どこにもなかった。
(はやく……はやく、このことをお伝えしなくては……!)
そうして、視界の先に見えてきたのは――
迷宮最前線に布陣する、ファルコンの一団と国の騎士たちの姿だった。
ヴェンは、胸の奥に安堵を覚える。
――間に合った。
「はやく……はやく伝えなくては……!」
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
だが彼は、気づいていなかった。
今この場で、最も警戒されている存在が、自分自身であることを。
「……笑ってる?」
ミサが、低く呟いた。
ジンの表情が、凍りつく。
「やはり擬態だ……!」
「擬態するとしても、なぜヴェンに……?」
バナードが困惑を隠せずに言う。
王は、乾いた笑みを浮かべた。
「お前たちは知らぬだろう。
昔、ヴェンは最前線で名を馳せていた。
――ヴェン・バリアードをな」
一瞬、空気が張り詰める。
「魔物や魔族が知っていても、おかしくはない……!」
その一言で、全員が武器を構えた。
そして――
全速力で駆け寄ってくる、執事服の男。
「陛下ぁぁあああ!!」
その声に、王は一瞬、言葉を失った。
「……きさま……!
その顔で……その声で……どこまでも……!」
「陛下! 落ち着いてください!」
バナードが叫ぶ。
「紛れもなく本物です!
まずは話だけでも――!」
「ど、どうしたらいいんだ……」
ジンが呻く。
「ひとまず、会話を……!」
ミサも叫んだ。
ファルコンの一人、デイが一歩前に出る。
「止まれ!
今、お前は疑われている!」
「ヴェンである証拠を示せ!」
――だが。
ヴェンは、その声を無視した。
「陛下!!
迷宮はすでに……消滅しています!!」
「まだ言うか、この愚か者がぁぁ!!」
「証拠を示せ!! お前がヴェン・バリアードであることを!!」
その瞬間、ヴェンは理解した。
(……ああ、これは……完全に、裏目だ)
だが、彼は止まらない。
「陛下!!
私は関所へ向かい――ルナ様に、手紙をお渡ししました!」
「そしてルナ様から!
すでにスノーマンによって救われていると――!!」
「そんな馬鹿な話があるか!!」
「ですが!! 陛下!!」
ヴェンは、迷わなかった。
「――愛する、我が娘。ルナよ!!」
一瞬、場が凍りつく。
「私は、お前が生まれ、成長し、美しく育つ姿に、思わず見惚れ――
実の娘であるお前に、余ですら……!」
――最悪の選択だった。
「やめろ!! お前!!
おま……おま……その内容は……!!」
王の顔が、みるみる赤くなる。
だが、ヴェンは止まらない。
「余ですら!
リナに恋をした、あの瞬間を――!」
「やめろォォ!! ヴェン!!
貴様!! 許さないぞ!!」
「陛下! やはり本物です!!」
バナードが叫ぶ。
「本物であるわけがあるか!!
あの内容は……余が、ルナへ最期の別れとして綴った……!」
王は、震える声で叫んだ。
「……お前……
やはり……ヴェンなのか……!?」
「はい! 陛下!!
それよりも!!」
場が、完全に静まり返る。
「陛下!!
ヴェン様の報告を聞きましたか!?」
ジンが我に返る。
「迷宮が……消滅……?」
「ヴェン……貴様……
もっと……別の証明の仕方が……」
「陛下!
今はそんなことを言っている場合ではありません!!」
「ヴェン様を呼び捨てに……」
デイが呟く。
「そんなこと誰も気にしてない!!」
ミサが一喝した。
「陛下……」
ヴェンは、膝をつきながら言う。
「迷宮の魔物は……すべて……息絶えております」
「それよりも……早く……
国民たちへ……報告を……!」
王の手が、震えた。
「……そんな話が……
この目で……確認せねば……」
「私が行きます!!」
バナードが、走り出す。
「ま、待てぇぇぇ!! 勝手に動くな!余の命令を無視するな!バナードォォ!!」
「陛下は……陛下じゃないのでしょう!!」
その言葉を残し、バナードは駆け去った。
「待つわけにはいかない!!
俺たちも行く!!」
ジンが叫ぶ。
ファルコンの一団も、続いた。
その場に残されたヴェンは、力尽きて倒れ込む。
「……よかった……これで……」
「何がよかっただ!? 起きろ、ヴェン!!」
王は、彼を抱き起こした。
「全員!!
今すぐ動け!!」
「ヴェンの報告は聞いただろう!!」
「急げ!!
そして――」
「国民全員に、伝えるのだ!!」
こうして、
戦ってもいないにもかかわらず、
世界は最大級の混乱へと突入していくのだった。




