26話 1
そして――
迷宮最前線に陣を敷く、ファルコンの一団。
張り詰めた空気の中心に、ジンがいた。
「……来るな」
それは命令ではなく、確信だった。
迷宮の方角から、
先ほど上空で感じたほどではないが――
明確に“強者”と分かる気配が、
異様な速度で一直線にこちらへ向かってくる。
一気に、緊張が高まる。
「数は?」
ジンは、即座に隣のミサへ視線を投げた。
ミサは目を閉じ、気配を測る。
数秒後、短く答えた。
「……一つ」
「一つ、か……」
ジンは奥歯を噛みしめる。
一体。
だが、その一体が放つ圧は、
下手な群れよりも重い。
「なら、やれるな……?」
ミサは、迷いなく頷いた。
「うん。油断しなければ」
ジンは深く息を吸い、仲間たちを見渡す。
「いいか。相手が何であれ――
一匹でも削らないと、俺たちは終わる」
剣が抜かれ、魔力が立ち上がる。
迎撃の陣が、一瞬で完成する。
まだ姿は見えない。
だが、ジンは**“見える前に終わらせる”**覚悟を決めていた。
――そのとき。
「待て!!」
鋭い声が、陣を裂いた。
王国騎士、バナードだった。
「これは……この気配は……!!
私は、知っている!!」
「バナード様!」
ジンは叫ぶ。
「相手が何であれ、今は削らないと――」
「違う!!」
バナードの声は、切迫していた。
「これは魔物じゃない!!
……人だ!!」
場が、一瞬凍りつく。
「人ですか……」
「なぜ……ヴェンが、あそこから……?」
ジンの脳裏に、最悪の可能性がよぎる。
「擬態……?」
ミサが、ジンを見た。
「どうするの、ジン!?」
そのとき、
一歩前に出た者がいた。
――カイネル。
王冠も威厳も捨てた、
ただの一人の兵として立つ男。
「ヴェンは関所へ向かわせた」
低く、断じる声。
「迷宮から来るはずがない。
十中八九――魔物の擬態だ」
バナードが振り向く。
「陛……!」
「余はもう王ではない」
言葉が、鋭く遮られる。
「“陛下”と呼ぶな」
カイネルは、前を見据えたまま続ける。
「余は、誰よりもヴェンを知っている。
長く付き添ってくれた男だ」
その声には、確信があった。
「ヴェンが――
あんな速度で、
あんな気配をまとって走ることなど、ありえん」
カイネルは言い切る。
「間違いなく、偽物だ」
――誰も知らない。
それが、紛れもなく本物のヴェンであることを。
「お待ちください!!」
バナードが、必死に前へ出ようとする。
「私が確認を!!
私だけでも――」
「よせ!!」
カイネルの怒声が響く。
「今、お前が離れることが
一番やってはならんことだ!!」
「で、ですが――陛..」
「陛下ではないと言っただろう!!」
怒りと焦燥が、場を覆う。
そのとき――
「ジン!!」
ミサが叫び、指をさした。
「あそこ!!」
全員の視線が、前方へ集まる。
――見えた。
小さな人影。
一直線に、
迷宮の奥からこちらへ向かってくる。
執事服を身にまとった、初老の男。
だがその走りは、
老いを一切感じさせない。
必死で、
何かに追われるように、
何かを伝えようとするように。
カイネルは、信じられないものを見る目で呟いた。
「あれが……ヴェンだと?」
バナードに、問いかける。
「分かるだろう。
ヴェンが、あんな姿で走るところなど――
見たことがあるか?」
「……い、いえ……」
バナードの声は震えていた。
「ですが……ですが、陛下……!」
「だから陛下ではない!!」
混乱、疑惑、誤認。
すでに――
波乱は始まっていた




