24話 少し便利にしただけ。
アイスヴェルでは、
白い吐息をいくつも連ねながら、人々の列がゆっくりと町へ向かっていた。
雪原を踏みしめる靴音は不揃いで、
そこかしこから小さな咳や、震える息が聞こえる。
人の流れはあるが、活気はない。
あるのは、ただ「生き延びなければならない」という、
張り詰めた沈黙だけだった。
その様子を、少し離れた場所から眺めながら、
ルイ――スノーマンは、ぼそりと呟く。
「……やっぱり、あっちはきついよな」
誰に向けるでもない独り言。
「暑いし、過酷だし……迷宮もあるしな」
彼の視線は、避難民たちの背中をなぞるように追っていた。
人々がなぜここへ来たのか、深く考えているわけではない。
ただ、彼なりに状況を整理し、
「移住を選んだんだろう」と、勝手に納得していた。
だが――
次の瞬間、その空気が一変する。
強い風が吹いた。
ただの風ではない。
アイスヴェル特有の、骨の髄まで冷え込む、
雪を伴った風だ。
吹き荒れる雪が、容赦なく人々に叩きつけられる。
それを見た瞬間、ルイの表情がわずかに曇った。
「……その格好じゃ、ここはちょっと寒いんじゃないか……?」
彼の感覚では、
それは真冬に半袖で外を歩いているようなものだった。
避難民の中から、か細い声が上がる。
「さ……寒い……」 「もう……指の感覚が……」
誰かが、震える声で叫ぶ。
「でも……!
私たちには、帰る場所が……!」
言葉の途中で、声が掠れる。
頬を伝う涙は、落ちる前に凍り、
氷の粒となって頬に張り付いていた。
やがて――
一人が、その場に膝をつく。
「……もう、だめです」 「私は……ここで……」
歩くことを諦めた者の姿が、
連鎖するように増えていく。
それを見て、ルイは小さく息を吐いた。
「……はぁ」
困ったような、呆れたような溜息。
彼は、風が吹いてくる方向へ目を向ける。
指先で雪をふわりと宙へ散らし、
風の流れを確かめる。
「……あっちか」
そう呟くと、
人々の視界に入らない位置まで静かに移動した。
そして――
地面に、そっと指を差し込む。
瞬間、氷の魔法が走る。
雪が、氷が、土が、
一斉に癒着し、絡み合い、塊となる。
ルイはそれを、
まるで雪かきをするかのような気軽さで、
一気にすくい上げた。
ごご……ッ!!
地鳴りとともに、
巨大な壁が持ち上がる。
雪と氷と土が混ざり合った、
とてつもなく分厚い壁。
それを、そのまま地面へ突き立てる。
どん、と重い音が響き、
大地が揺れた。
さらにルイは、その壁を固定するため、
上から強く叩きつけ、
地中深く沈み込ませる。
吹き荒れる風が、
全力で壁を叩く。
だが――
壁は、微動だにしない。
その異常な光景は、
避難民たちの目にもはっきりと映っていた。
突如として現れた、
あまりにも巨大な壁。
轟音と地鳴り。
「……終わった」
誰かが、そう呟く。
「……これで、確実に……」
死を覚悟した、沈黙。
しかし――
壁は倒れない。
崩れない。
むしろ、人々に向かって吹き付けていた風を、
完璧に遮るように、立ちはだかっていた。
暖かくなったわけではない。
だが、風が当たらないだけで、
皮膚の感覚はまるで違う。
凍えていた体に、
わずかな余裕が戻ってくる。
人々は、恐る恐る壁へと近づいていく。
その動きを感じ取ったルイは、
姿を見られぬよう、
さらに壁を作り、囲いを形成していく。
裏側には、氷でトンネルを掘る。
最後に、
小さな雪玉を握りしめ、
自分が作った壁にぽつりと穴を開けた。
通路。
それらの作業は、
ほんの一瞬の出来事だった。
スノーマンであるルイにとって、
この程度のことは、造作もない。
彼が唯一頭を使うのは、
「見られないようにする」という一点だけ。
雪の扱いなど、
彼にとっては、
砂場で溝を掘るような児戯に過ぎなかった。
やがて人々は理解する。
――もしかしたら、これが。
――世界最強と呼ばれるものの、救いなのではないかと。
それは、間違っていない。
だが――
ルイ自身は、そうは思っていなかった。
「……ちょっと便利にしただけだしな」
ただ、それだけ。
人々が再び歩き出すのを、
彼は確認しない。
興味がないわけではないが、
気にも留めない。
ルイは、町へ向かって歩き出す。
「さてと……野菜、買わないと」
人の流れを横目に、
真剣な表情で考える。
「こんだけ人が来るってことは……
野菜、売り切れちゃうかもしれないよな」
違う意味で、
誰よりも切実な理由を胸に。
スノーマンことルイは、
今日も日常へと溶け込んでいくのだった。




