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『世界最強――平和を守りすぎた男』  作者: くりょ


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23話 線を結ぶ者

ヴェンが迷宮の奥へと足を進めた、その瞬間だった。

 ――空気が、変わった。

 肌を刺すような冷気が、唐突に肺の奥まで流れ込み、呼吸が一瞬止まる。

 魔力ではない。

 もっと原始的で、生物としての危険を告げる


“本能的な圧”だった。

「……っ」

 反射的に、ヴェンは身を伏せ、崩れた壁の影へと滑り込む。

(まずい……これは……)


 理屈よりも先に、背筋を冷たいものが走る。

 視線の先――そこに、いた。

 巨大な黒い獣。

 まるで眠っているかのように、体を丸め、静かに横たわっている。


 呼吸音はない。

 胸の上下も、微動だにしない。

 近づくことすら危険だと、理性が警告していた。


 だが、ヴェンは目を離せなかった。

 口が半ば開き、舌がだらりと垂れている。

 あまりにも無防備な姿。

(……いや……まさか……)

 嫌な予感が、確信へと変わる。

 恐る恐る、ヴェンは距離を詰めた。

 剣を抜くことすら忘れ、震える手で、獣の毛並みに触れる。

 ――冷たい。

 氷のように冷え切った体温。

 生命が断たれてから、相当な時間が経っている証だった。

「……死んでいる……?」

 信じがたい事実に、喉が鳴る。


 だが、さらに異様なのは――

 外傷が、まったく存在しない ことだった。

 切り裂かれた跡も、打撃の痕もない。

 それほどの魔物が、無傷のまま死んでいる。

(毒……?)

 一瞬そう考え、即座に否定する。

(違う……こんな魔物を殺せる毒が、この空間に充満しているなら……

 俺は、もう生きていないはずだ)


 ヴェンは反射的に裾で口元を覆い、周囲を見渡す。

 そして――見つけてしまった。

 床に散乱する、肉の塊。

 乾きかけた血痕。

「……これは……」

 視線の先に転がるそれを、理解するまでに時間はかからなかった。

「……心臓……?」

 しかも、潰されている。

 刃物ではない。

 魔法でもない。

 握りつぶされたのだ。


 素手で?。

 ヴェンの背筋に、戦慄が走る。

(どうやって……こんなことを……?

 それに……なぜ、放置している……?)

 普通ではない。

 あまりにも“戦闘”の概念から逸脱している。

 視線を上げると、破壊された迷宮の壁が目に入る。

 無理やり、力で叩き割られた痕跡。

(……いるのか……

 ここに……これを成した“何か”が……)

 聞いたこともない。

 見たこともない。


 そんな存在が、この迷宮に入り込み、暴れ、そして去った。

 ――皮肉にも、その正体が“人間”であることを、ヴェンはまだ知らない。

 奥へ進むにつれ、理解不能な光景は増えていく。

 一筋縄ではいかない魔物たちの死骸。

 名を持つ厄災級の存在すら、等しく沈黙している。

 そして――

 至るところに落ちている、銀白色の破片。

「……アイスベア……?」

 最初に見たのは、もぎ取られた腕だった。

 それだけでも異常なのに、その後も破片は続く。

(この状態で……さらに奥へ進み……

 魔物と戦い続けた……というのか……?)

 拾い上げた皮片に、違和感を覚える。

 軽い。


 中が――空洞だ。

 そして、内側がわずかに湿っている。

(……まるで……)

 脳裏に浮かぶ、ありえない想像。

(中身を削ぎ落とし……

 氷で内側を固めて、形だけを保った……?)

 つまり――

「……アイスベアの中に……

 別の生き物が……?」


 二足歩行で走るアイスベア。

 人には一切危害を加えず、迷宮へ直行した存在。

 ファルコンたちへの威嚇。

 迷宮の壁の破壊。

 すべての断片が、一つに結びつく。

「……アイスヴェル……

 アイスベア……

 迷宮……」

 そして――

「……ルナ様が持っていた……あの角……?」

 喉が、ひくりと鳴る。

「……まさか……

 あの角は……リリアルの……」


 脳裏に蘇る、ルナの言葉。

――すでに、救われている。

 ありえない。

 あまりにも薄い可能性。

 だが、それは今、確かな輪郭を持ちはじめていた。

「……そんな……馬鹿な……」

 ヴェンは迷宮を駆け出す。

 確認するまでもない。


 どの魔物も、すでに息絶えている。

 そして――理解してしまった。

「……全部……

 スノーマンが……?」

 一夜で。

 たった一人で。

「……ありえない……

 それに……なぜ……」

 拳を握りしめる。

「……なぜ、教えてくれない……!!」

 もしこの事実が早く伝わっていれば――

 国は。

 人々は。

「……大変だ……!!

 一刻も早く……!!」

 ヴェンは、考えるよりも先に体を動かしていた。


 この事実を伝えなければならない。

 事態を、収束させなければならない。

 全身に魔力を滾らせ、地を蹴る。

 彼は、ある人物のもとへと、全力で駆け出した。

 ――その行動が、

 さらに大きな混乱を招くことになるとも知らずに。

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