22話 答えに迫る者
ヴェンは、驚くほどの速度で迷宮へ向かって走っていた。
老執事とは思えぬ身のこなし。
だが、その速さは鍛錬の賜物ではない。
――覚悟が、身体を突き動かしていた。
(陛下……申し訳ございません)
心の中で、何度も詫びる。
(ルナ様をお守りするには……
こうするしか、なかったのです)
ヴェンは誰よりも先に、
たった一人で迷宮へ向かっていた。
その胸にあるのは、
死を恐れる感情ではない。
わずかな――
ほんの、わずかな期待だった。
(もし……もし本当に、
スノーマンが迷宮を……)
そんなこと、ありえない。
理性はそう断じている。
だが、
あの二本の角には、確かに“望み”が宿っていた。
どのみち、
陛下と共に最期を迎える覚悟はできていた。
(私が先に行こうとも……
きっと、またお会いできます)
そう思えたからこそ、
ヴェンの心は、不思議なほど澄んでいた。
「……さあ」
小さく息を吐く。
「厄災の魔物たちよ……待っていろ」
たとえ、
自分に何一つできなくとも。
(必ず……
お前たちの“時間稼ぎ”にはなってみせる)
ヴェンに、正面から戦う選択肢は最初からない。
狙うのは――囮。
魔物を引きつけ、
少しでも遠くへ、少しでも時間を稼ぐ。
そんな策を、
陛下が許すはずもない。
ルナ王女が、許すはずもない。
だからこそ――
これが、ヴェンにとって生涯初の“命令違反”。
そして、
最大の忠誠であった。
(どうか……
陛下だけでも、生き延びてください)
そうしてヴェンは、
息を切らしながら迷宮の近くへ辿り着く。
そして――
目にした瞬間、背筋が凍りついた。
迷宮の外壁が、
無残に、ぼろぼろに破壊されていたのだ。
(……ここまで、とは……)
ファルコンの報告を疑っていたわけではない。
だが、想像を遥かに超えていた。
「……アイスベア……」
呟きが漏れる。
「とんでもない魔物が……
とんでもないことを、してくれたものだ」
ヴェンは気配を殺し、
破壊された壁際へと近づく。
――だが。
様子が、どうにもおかしい。
魔力は、激しく感じる。
この迷宮に残る力の濃さは、異常だ。
なのに――
そこに、生命の気配がない。
「……な、何だ……?」
嫌な汗が背を伝う。
「どういうことなんだ……!」
覚悟を決め、
ヴェンは迷宮の内部へ足を踏み入れた。
中は、異様なほど広かった。
そして、すぐに気づく。
壁が――
無理矢理、破壊されている。
まるで、
“迷路を無視して進んだ痕跡”。
「一体……
何があったというのだ……」
慎重に進んでいたヴェンは、
やがて――恐ろしいものを目にする。
地に転がる、
銀白の腕。
銀白の毛に覆われたそれは――
「……アイスベアの……腕……?」
ひきちぎられ、
無残に放置されていた。
「……ここで、戦っていたのか……?」
その消耗具合から、
ただ事ではない戦闘だったことが分かる。
(とてつもない魔物と遭遇し……
戦った……?)
思考が追いつかない。
「……なぜだ……?」
「何のために……
迷宮へ来たというのだ……?」
強者を求めて?
戦いを楽しむために?
だが、
どれも、しっくりこない。
迷宮の壁を打ち破るほどの力を持つ存在が、
なぜ、外へ出てこなかった?
この光景が示す力が本物なら、
迷宮から飛び出すことなど、
いつでもできたはずだ。
「……分からん……!」
苛立ちを振り払い、
ヴェンはさらに奥へと歩を進める。
答えを求めて。
――そして彼は、
ほどなくして“それ”を見ることになる。
この迷宮で何が起きたのかを、
否応なく理解させられる光景を。
それは、
ほんの少し先の話であった。




