21話 すでに終わっている覚悟
リリアルは、真っ直ぐに空を飛んでいた。
翼を打つたび、冷たい風が頬を撫でる。
だが彼女の頬は、わずかに赤らんでいた。
――あの行為が、何を意味するのか。
それを彼女自身が、誰よりもよく理解しているからだ。
角を差し出すという行為。
それは――
騎士であれば、主への従属を誓う儀式に等しく。
恋人であれば、未来を共にする覚悟を示すもの。
獣であれば、腹を晒し、絶対の信頼を示す仕草。
そして、魔の者にとっては――
決して敵にはならないという、魂の誓約。
心からの誓い。
それ以上でも、それ以下でもない。
ルイが、その意味をどこまで理解したのか。
彼女には分からない。
だからこそ、リリアルは振り返らない。
ただ、真っ直ぐに飛ぶ。
――困ったことがあったら、必ずあの人のところへ行こう。
その場所がある。
それだけで、胸の奥が静かに落ち着いた。
だが、アイスヴェルランドの空気は、彼女の肌には合わない。
この地は冷たすぎる。
彼女は、自らが棲む場所を探すため、
目的地を定めることなく、各地を見渡していく。
やがて、眼下に広がる光景が目に入った。
――人の、行進。
無数の人影が列をなし、ゆっくりと進んでいる。
ぞくり、と背筋が震えた。
本能が告げる。
近づくべきではない。
リリアルは即座に高度を上げ、
人の気配がない方向へと進路を変えた。
だが――
彼女は気づいていなかった。
自身の身体から、抑えきれずに溢れ出る魔力が、
周囲に混乱を撒き散らしていることを。
その波動は、魔物をざわつかせ、
人々の不安を、理由もなく煽っていく。
ごく一部の強者だけが、
その異変を、かすかに感じ取っていた。
迷宮近くに布陣する、ファルコンの一団。
そして、カイネルの騎士たち。
「……上だ」
誰かが、息を呑む。
空にある。
すさまじい存在感。
だが――
それは、こちらへ向かってこない。
むしろ、
恐ろしい速度で、遠ざかっていく。
ジンが、歯を食いしばりながら口を開いた。
「……間違いない。
迷宮から出た魔物だ」
「だが……幸いにも、こちらには向かっていない」
一瞬の安堵。
だが、それはすぐに打ち消される。
「まだだ……」
「まだ、魔物は出てくる」
ジンは声を張り上げる。
「気を引き締めろ!!
避難は、まだ終わっていない!!」
騎士たちの表情が、さらに引き締まる。
そのとき、バナードが静かに口を開いた。
「陛下」
「もし……私が突入し、帰らぬ場合。
どうか、陛下だけでも先に逃げてください」
カイネルは、ふっと笑った。
「見くびるな」
「国を捨てると決めた、その瞬間から――
私はもはや王ではない」
「一人の兵だ。
そう心得よ」
その言葉に、誰も返せなかった。
覚悟は、すでに共有されていた。
それぞれが、
それぞれの立場で、
命を賭ける準備を整えていた。
――すでに終わっていることなど、
誰も知らぬままに。




