2話 ルナの目的
人々は、その存在を――
精霊と呼ぶ者もいれば、
スノーマンと呼ぶ者もいる。
だが真実は、どれでもなく、
そして、どれでもあった。
その男がこの地を守り続ける理由は、
英雄譚に語られるような崇高な使命ではない。
ただ、ひとつ。
「助け合う」という言葉を、
あまりにも過剰に、
あまりにも真剣に受け取ってしまっただけ。
それだけだった。
その日も、極寒の昼だった。
空は白く曇り、
風は雪を伴って地を削るように吹き荒れている。
そんな中、
ひとつの馬車が、
このアイスヴェルランドへと足を踏み入れた。
重厚な外装。
引き連れるは精鋭の護衛騎士たち。
馬車の扉が開き、
一人の女性が、手を引かれながら地面に降り立つ。
「……なによ、ここ……」
声は震え、
吐く息は白く弾けた。
「こんなところに……本当に、そんな存在がいるの……?」
あまりの寒さに、
彼女――ルナの身体は小刻みに震える。
傍らにいた騎士のひとりが、
深く頷き、答えた。
「はい。ここは極寒の地、アイスヴェルランド。
そもそも誰も欲しがらぬ、何もない土地です」
一瞬、言葉を切り――
そして、低く続ける。
「ですが……ルナ様も、聞いたことがおありのはず」
騎士の声は、自然と重みを帯びた。
「この地で、もし戦の火を灯そうものなら――
まるで世界そのものが凍りつくかのように、
一瞬で消される、と」
ルナは息を呑む。
「それは……決して、この寒さが原因ではありません。
もはや世界の伝説となっている事実です」
ルナは唇を噛みしめ、
小さく、しかし確かな声で言った。
「……本当に、そんな人がいるなら……
私たちは、必ず助けてもらわなければなりません」
顔を上げる。
「会いに行きましょう。
この国の王のもとへ」
騎士は即座に跪き、
拳を胸に当てた。
「ハッ。ルナ様!」
こうして一行は、
アイスヴェルランドの兵に導かれ、
王城の玉座へと案内される。
玉座は広く、
荘厳で、
――そして、とにかく寒かった。
大量の薪が焚かれているにもかかわらず、
どこからともなく忍び寄る冷たい風が、
肌に触れるたび、震えを呼び起こす。
玉座には、
どっしりと腰を据えた男がいた。
何事もないような表情で、
こちらを見据える国王――ヴェル。
ヴェルは、穏やかに口を開いた。
「よくぞ、こんなところまでお越しくださった」
低く、落ち着いた声。
「外は寒かろう。
ここは暖かい。
ゆっくりと用件を聞くとしよう」
(……十分寒いんですが!?)
ルナたちは内心で叫びつつ、
それを口には出さず、
慎重に言葉を選んだ。
「……スノーマン。
スノーマン様は……ここに、いらっしゃるのですか?」
国王は、軽く顎に手を当て、
「……ああ。必ず、いるはずだ」
その言葉に、
ルナたちの表情が一気に明るくなる。
だが、
ヴェルは続けた。
「必ずいる。
だが……誰も、その正体を知らない」
空気が、わずかに張り詰める。
「もし会いたいのなら――
何か悪さをすれば、会えるとは思うが……」
国王は、冗談めかした笑みを浮かべる。
「その時は、
姿を見た瞬間に、この世から消える覚悟が必要だがな」
笑いながら言われたその言葉に、
背筋が冷たくなる。
「そ……そんな……」
ルナは震えながらも、一歩踏み出した。
「私は……どうしても、その方にお会いしたいのです。
私たちの国に迫る厄災を……どうか、救ってほしくて……」
ヴェルは、小さくため息をつく。
「厄災……か」
視線を天井へ向け、
「我らの国では、
そのようなものは日常だ。
だからこそ、支え合い、助け合い、
真面目に生きている」
一拍置き、
苦笑混じりに続ける。
「……とはいえ、それが成り立つのは、
スノーマンのおかげなのだがな」
ルナは、思わず声を張り上げた。
「私たちだって、助け合って生きています!
確かに、この国の過酷さは理解しています!!
ですが……支え、助け合うという理念に、
差はありません!!
どうか……お願いします!」
騎士たちも、声を重ねる。
「どうか……!
我らも、助けてください……!」
ヴェルは困ったように眉を寄せ、
「実を言うと……それが可能なら、
とっくに許可を出している」
重い言葉が続く。
「だが、可能ではない。
我らは、あまりにも長い時を
平和の中で過ごしすぎた」
「今では兵の訓練すら形だけ。
そなたたちの兵を見れば分かるだろう。
戦の技術は、もはや我が国にはない」
そして、静かに告げる。
「スノーマンは、
決して戦争の抑止力として存在しているわけではない」
ルナは息を呑む。
「……あれは、
我が国の“生活”そのものを支えてくれている存在だ」
食料が尽きれば、
極寒の地から魔物を狩り、
木が足りなければ、大量の薪を用意し、
毛皮も、資源も、
すべてが――夜のうちに、揃えられている。
ルナは、思わず叫んだ。
「そこまでしてくれているのに……
誰も、その正体を知らないなんて……おかしいです!」
ヴェルは、静かに笑った。
「ああ。私もそう思う」
「だが、事実だ。
それらは一夜のうちに行われ、
朝になれば、ただ置かれているだけ」
「我々常人は、
そんな極寒の夜に外へ出ることはせぬ」
なぜなら――
「それだけで、命を落としかねないからだ」
ルナは、その言葉を噛みしめる。
「……それほどのことを、
たった一人で……?」
ヴェルは、静かに頷いた。
「人ではないのかもしれぬ。
精霊と呼ぶ者もいる」
そして、玉座に深く身を沈め、
低く告げた。
「ただ、ひとつ言えることがある」
「それは――
まぎれもなく、最強の男である、という事実だ」




