20話 ルイの日常
そうして、時間は少し進む。
ルイは、ゆっくりと目を覚ました。
「……ふぁぁ……」
実質、睡眠はほとんど取れていない。
だが、身体に重さはない。
疲労を感じるとすれば、それは肉体よりも――どこか別のところだった。
「ほら、ルイ!
ご飯、さめちゃうよ!」
妹のリリの声が、部屋に響く。
冗談ではない。
ここアイスヴェルでは、少し気を抜けば食事はすぐに冷え切ってしまう。
室内では薪を焚いているとはいえ、
外は極寒。
その冷気は、容赦なく家の中へ忍び込んでくる。
「……ああ、うん。ありがとう」
ルイは席につき、
手を合わせた。
「我らの守護神様よ。
命をいただけることに、感謝します」
それは、日常の祈り。
食事の前に欠かすことのない、当たり前の言葉。
――つい先ほどまで、
数え切れぬ命を屠っていた男の口から出たとは、誰が想像するだろうか。
リリは、ふと思いついたように言う。
「ねえ、守護神様ってさ……
スノーマン様のことだよね?」
「スノーマン様か……」
ルイは、少し首をかしげる。
スノーマンが誰なのか、彼は知らない。
そして奇しくも――
自分自身が、そのスノーマンであることも理解していない。
理由は、過去にある。
ルイが“スノーマン”と呼ばれるようになる以前から、
すでにその名で語られる存在が、この地にはいた。
だが今、
世界が指す“スノーマン”は、間違いなくルイである。
それでも彼にとってスノーマンとは、
あくまで“救いの象徴”。
自分がその二代目であるなど、
思いもしていなかった。
「ルイ、このあともいつもみたいに薪を取ってきて、
それから……動物、捕まえてくるの?」
「んー……」
ルイは少し考える。
「肉はまだ十分にあるし……
でも、野菜がなあ」
決して裕福な暮らしではない。
ルイが“動物”と呼んで狩ってくるものは、
実際には――とんでもない魔物たちだ。
だが、解体は必ず森の奥で済ませ、
家へ持ち帰る頃にはただの肉塊になっている。
それが“動物の肉”として通じる理由だった。
時折、上等な毛皮を持ち帰ることもある。
だが、それらを売りに出すことはしない。
リリの衣服に仕立てるだけだ。
なぜなら、
それらの毛皮が決して一般市場に出てはならない代物だと、
ルイ自身も薄々理解しているからである。
――知らないのは、妹だけ。
「そうだな。
この肉と、骨……」
「骨は売れるかもしれない。
町に持って行ってみるよ」
そうして、ルイの一日の予定が決まった。
肉塊を抱え、
骨を背負い、
それらを“動物のもの”として市場へ出す。
町の人々は、
それが災害級の魔物の一部だなどとは露ほど思わず、普通に買い取ってくれる。
だがもし、
それが何の骨で、何の肉かを知る者が現れたなら――
その価値は、一瞬で天井知らずに跳ね上がるだろう。
だが、
町人も、リリも、
そしてルイ自身も、そんな未来を知らない。
「それでお金ができたら、野菜も買えるし……
あ、薪も持って帰ってくるよ」
そう言って、ルイは家を出た。
世界を救った男は、
今日も変わらず――
家計のために、町へ向かう。




