17話 終わりの証
朝日が差し込み、
アイスヴェルランドは静かな銀世界に包まれていた。
夜の名残を抱いた雪が、ゆっくりと空から舞い落ち、
視界のすべてを淡く白く染め上げている。
ルナは宿の一室で荷をまとめながら、
すでに祖国へ戻る準備を整えていた。
「……もう、行ってしまうのか」
見送りに現れたのは、
アイスヴェルランド王・ヴェルであった。
「今日は一段と冷え込むぞ」
「はい。一刻も早く戻らねばなりません」
ルナは深く一礼する。
「その……スノーマン様の件、
どうか、よろしくお願いいたします」
傍らに立つ騎士たちもまた、最大限の敬意を込めて頭を下げた。
ヴェルは、そんな彼女たちを見て穏やかに笑う。
「そう暗い顔をするでない。
それよりも、早朝は殊のほか冷える」
配下が差し出したのは、
アイスヴェルランドに伝わる“火酒”。
「道中、皆で飲むといい」
外へ出ると、
そこには二本の角が、静かに雪の上へ置かれていた。
「……えっと、これは……?」
ヴェルは、意味を悟ったように笑う。
「ははは。
きっと、そなたへの贈り物だ。受け取るがよい」
「贈り物……?」
戸惑うルナに、ヴェルは続けた。
「その角の意味は、すぐに分かる。
そなたの祖国は……守られた」
「誰によって、とは言わずともな」
「……え?」
「この角が何の魔物のものかは、わからぬ。
だが、明らかに上位――いや、それ以上の存在のものだ」
ヴェルは、静かに言い切る。
「つまりだ。
スノーマンは、すでに動いた。
――いや、終えた可能性すらある」
「終えた……?」
ルナは言葉を失う。
「ま、まさか……迷宮へ?
昨日今日で……?
そんなこと、ありえません……!」
ヴェルは、穏やかに首を振った。
「戻れば分かる。
そして、納得せよ」
「世界最強にとって、
“ありえない”などという言葉こそ――ありえない」
ルナは震える手で、二本の角を受け取った。
そこには、明確な魔力が宿っている。
想像すら追いつかないほどの存在感。
(……一体、何を倒したの……?)
答えを得ぬまま、
ルナは祖国へと旅立った。
少し、時を遡る。
スノーマンは、リリアルに抱えられながら、
祖国アイスヴェルランドの上空を進んでいた。
「……ここでいい。降ろしてくれ」
リリアルは羽ばたきを緩め、
丁寧に、慎重に彼を地へと下ろす。
「じゃあな。
もう会うこともないだろうが――」
スノーマンは背を向けかけて、言った。
「くれぐれも人前に出るな。
その角、目立つからな。
ここでも、すぐに人じゃないとバレる」
「どこかへ行って、ひっそり暮らせ」
歩み去ろうとするスノーマンに、
リリアルは思わず声をかけた。
「……その……どこに……?」
「そんなもん、自分で考えろ」
リリアルは、自身の角を掴む。
そして、思い切り――折ろうとした。
「おい! 何してる!」
「あなたが……
この角、危険だと……」
スノーマンは呆れたように言う。
「それ、大事なものじゃないのか?」
リリアルは、静かに首を振った。
――誇りであり、身体の一部である角。
それでも、彼女は迷わなかった。
人への、拭えぬ恐怖。
再び見つかったときの未来を思えば、
この選択こそが最善だった。
スノーマンは、ため息をつく。
そして、角をつまんだ。
――ペキン。
一瞬だった。
痛みを感じる間もなく、
角は指先で簡単に折られていた。
リリアルは愕然とする。
(……折れなかった……あれほどの力でも……)
「ほら。返す」
スノーマンは、折れた角を差し出す。
「隠すなりすればいいだろ」
リリアルは、首を振る。
それは、魔物としての尊厳ではない。
目の前の存在への――敬意だ。
「……あげる」
そう言って、リリアルは空へ舞い上がり、
瞬く間に彼方へ消えた。
「……いや、いらねぇよ」
スノーマンは呟き、
ふと立ち止まる。
「……そういえば、
今回は何も持って帰ってなかったな」
少し考え、
「……適当に、城の近くに置いとくか」
そうして王城の前に置かれた、二本の角。
それが――
すべての経緯であった。




