16話 平和な混沌
スノーマンが迷宮を後にし、
東の空が淡く白み始める頃――。
ノースリガの地、
王都ガルバスでは、混乱が最高潮に達していた。
原因は二つ。
アイスヴェルランドと繋がる関所からの急報。
そして、迷宮から命からがら戻ったファルコン一行の報告である。
最初に玉座へ駆け込んだのは、関所の兵士だった。
「はぁ……はぁ……っ!
た、大変です! 国王陛下に……至急ご報告を!」
騒然とする中、兵士は即座に玉座の前へ通される。
「アイスヴェルランドより――
アイスベアが……関所を、二足歩行で跳び越えました!」
一瞬、空気が凍りつく。
「……なんだと?」
ガルシア王の声が、玉座の間に響いた。
「まちがいありません!」
兵士は震える手で、布に包んだ“証拠”を差し出す。
銀色に輝く一本の毛。
それを確認した騎士が、息を呑む。
「……間違いない。
この白銀の毛……しかも、本体から抜け落ちてなお、
微量の魔力を宿している……!」
「アイスベアのものです」
その言葉に、ガルシア王は思わず身体を揺らした。
「……ただでさえ、迷宮が崩壊しかけているというのに……」
玉座の間にざわめきが走る。
「しかし……二足歩行だと?」
「アイスベアは、そんな魔物だったか?」
そのとき、一人の騎士が前へ出た。
王国屈指の剣士、バナードである。
「発言をお許しください」
「許す」
「熊型の魔物は、本来すべて四足です。
二足歩行、さらに関所を越える跳躍力……
完全な亜種、もしくはそれ以上。
危険度は、もはや測定不能」
「直ちに軍を起こし、追跡すべきかと」
ガルシア王は額を押さえた。
「……だが、迷宮が動けば兵を割く余裕はない……」
意見が錯綜する。
「王都外の民を、まず避難させるべきです!」
「冒険者を雇い、探索を!」
「見つけても、止められる保証はない!」
「避難が最優先だ!」
その混乱を、さらに打ち砕く報告が届いた。
「国王陛下!
ファルコンの一団が……っ!」
「通せ!!」
現れた彼らの姿に、誰もが言葉を失った。
歴戦の冒険者たちが、消耗しきった顔で立っていた。
「……まさか」
「アイスベアか……迷宮か……」
リーダーのジンが、息を整え、口を開く。
「迷宮が……
封印が、解けます」
沈黙。
次の瞬間、ガルシア王は乾いた笑いを漏らした。
「……はは……
もはや、アイスベアの問題ではないな」
だが、ジンはさらに続ける。
「陛下……
そのアイスベアが、迷宮の壁を破壊し、内部へ侵入しました」
「我らは迎撃しましたが……
一度の“威嚇”で、すべて無効化されました」
もはや、誰も笑えなかった。
迷宮を破壊し、
ファルコンを退ける存在。
それは一つの結論を示していた。
「……守っても、意味はない」
ガルシア王は立ち上がる。
「王都を捨てる。
全ての国民を国外へ避難させよ!」
「アイスヴェルランドへ難民受け入れを要請!
船はすべて出せ!
ジルコニアにも即時連絡を!」
「財宝は持てるだけ持ち、差し出せ!
迷っている時間はない!!」
最後に、王はジンを見る。
「……お主たちは?」
「我らは迷宮の最前線で、時間を稼ぎます」
ガルシア王は、静かに頷いた。
「……我が国の誇りだ」
騎士たちが立ち上がる。
「我らも加勢を!」
「どうか、誇りをお授けください!」
王の目から、涙がこぼれ落ちた。
「……すまない。
だが、皆――
お主たちは、我が宝だ」
こうして、国の運命は大きく動き始めた。
その頃――。
スノーマンは、リリアルに抱えられ、空を進んでいた。
「やはり……空から見る景色は、美しいな」
その言葉に、リリアルは震え、涙を流す。
「……これが……外……」
長い封印の中で、何度も夢に見た世界。
スノーマンは、その涙の意味を“理解したつもり”になり、軽く笑う。
「フッ。
平和というのは、いいものだぞ」
――あまりにも、のんきな二人であった。




