14話 トラウマ
小さな翼を持つ、
人形のような魔物がいた。
スノーマンは、
その前で――
初めて、殺戮の手を止めた。
しばしの沈黙ののち、
彼は問いかける。
「……人の言葉は、わかるか?」
人形の魔物は、
ゆっくりと首を縦に振った。
だが、言葉は発しない。
言語の意味は理解している。
しかし、
他者と意思を通わせるという行為そのものが、
本来の彼女には不要だった。
それを可能にしているのは――
目の前に立つ、
魔物の皮を被った、本当の化物の存在だ。
人形の魔物は、
かすれるような声で、
人の言語に似た音をこぼす。
「……リリアル……」
スノーマンは悟る。
それは名だ。
彼女自身の名なのだと。
「リリアルか」
彼は一歩、踏み出す。
「質問に答えろ」
「おまえは――
ここを出たら、人に害をなす魔物か?」
リリアルは、
怯えたように、首を横に振った。
当然だった。
厄災と呼ばれる彼女ですら、
すでに目の前の存在には、
戦意という概念そのものを失っていた。
しかも、
その中身が“人”であることを、
彼女は理解してしまった。
今、リリアルの胸にあるのは、
人に対する恐怖――
いや、トラウマだけだった。
もし、
スノーマンと出会っていなければ。
彼女はきっと、
迷宮の外へ溢れ、
力の限り暴れ、
人を殺し尽くしていただろう。
だが、今は違う。
彼女は理解してしまったのだ。
――人は、
――自分たちより、
――遥かに強くなりすぎてしまった。
それは、誤解だった。
その認識は、
スノーマンただ一人しか、
見ていないことによる錯覚。
スノーマンだけを基準にすれば、
それは正解だ。
だが、
人類全体を見れば、
致命的な誤りだった。
リリアルは、
戦意を見せまいと視線を逸らし、
静かに地に膝をつく。
角の生えた頭を、
ゆっくりと垂れ、
小さく身を丸めた。
その姿を見て、
スノーマンは呟く。
「……そうか」
「ここにいる魔物は……いや、リリアル」
「おまえは、
心の優しいやつなんだな」
――それも、また違う。
互いに、
あまりにも噛み合わない理解を、
胸に抱いたまま。スノーマンは続ける。
「リリアル」
「おまえをこのまま外に出せば、
必ず死ぬことになる」
「だから、
おとなしくここで待っていろ」
「……いいな?」
リリアルは、
何度も、何度も、
小さく首を縦に振った。
そして、
言われるがまま、
静かに座して待つ。
彼女の中には、
もはや戦意など、
微塵も残っていない。
ただ、生き延びるために。
ただ、目の前の人の言葉に従うために。
リリアルは、
動けなくなっていた。
スノーマンは理解していない。
人形を成したこの魔物が、
どれほど異形で、
どれほどの力を持つ存在なのかを。
リリアルは理解していない。
自分自身が、
厄災の頂きに君臨する存在だったことを。
本来の立ち位置は、
この出会いによって――
大きく、
崩れ去ってしまった。
それは、
世界の均衡が、
静かに、だが確実に、
狂い始めた瞬間だった。




