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馬車よりチャンゴ

 祭りといえばチャンゴ串じゃないですか。


 右の門番はその魅力が理解できないって言うのですから、左の門番たる私は説明する使命があると思うのです。


 遠くの港から二ヶ月、三ヶ月と酢漬けして運んできたチャンゴを、屋台のおっちゃんがぶすぅと串に刺すでしょう。それを奥さんが受け取って、甘ったるい謎のタレを塗りたくります。そうそう、チャンゴ串以外で使われているのを見たことがない、あのタレです。


 テッカテカでびっしょびしょのチャンゴ串をうまく紙で包みながら、服を汚さないように持っていきます。その時の私は、既に紙の向こうに感じるプニッとしたチャンゴの食感を想像してたまらなくなっているでしょう。

 

 そうやって広場まで戻ると、何時間も前から席取りを頑張っていた友人が十人、十一人と立ち上がり、やっとご褒美タイムがやって来たと目を輝かせます。各々がチャンゴ串を受け取り、重たい串を持って顔まで持ち上げるんですね。


 「待て」なんてできるわけも無い。即座にむしゃぶりつき始めるわけですから、その間やけに無言になります。面白いですよね。


 それでね、良いタイミングで始まるんですよ、馬車のパレード。(ひづめ)の音と音楽隊の奏でるマーチが必要以上に私達を興奮させ、「今年こそは服を汚さずにチャンゴを食べきるぞ」なんて決意はどこへやら。


 歌って、騒いで、かぶりついて! 口も、服も、レジャーシートもデロデロ。噛めば噛むほど酸っぱしょっぱい液体が溢れてきて、大口開けてジュルッと吸っちゃうんですわ。それが、あの健康に悪そうなあま~いタレと絡んで、ねぇ。


 最後は一口でがぶっ! コリコリしたチャンゴの感触をラストの一欠片まで逃すまいと、歯を総動員してもぐもぐします。あぁ、幸せ!


 この街に独りやって来て、最初は不安でたまりませんでしたよ。でも、ああいう祭りがあって、チャンゴ串があって、この街の皆と一体になれたと言うのでしょうか。今では「この街に来て良かった!」と。その思いしかありません。立ちっぱなしの門番仕事は辛いけれどね。


 「ふーっ」


 私は一息つきました。今は仕事中だというのに、いけない。思い出してチャンゴ串が食べたくなってしまいました。


 自分だけ話してしまうのも良くなかったですね。まるでチャンゴ串にかぶりついている時のように、息もつかず話してしまったように思います。いやはや。

 

「で、分かってくれたかね」


 私は右の門番に話しかけました。


「分かりません」


 と、右の門番。


「デロデロの()()のどこに需要があるのか、分かりません」


 まぁ、右の門番は出身地域が全く違うので仕方が無いです。しかし私も引き下がれません。


「随分ではないか、右の門番君。ここの料理はどれも素晴らしいと思うが」

「まぁ、酷い味だとは言いませんが……」


 右の門番は、顔をしかめました。


「ここのところ、地元に帰りたくてたまらないんです。近いうちに門番も辞めるかもしれない、とまで」

「なに、それは故郷の味が恋しくなったということかい」

「そういうことです」


 右の門番は、空を見上げました。確か、彼の故郷の方角です。


「食べ物が合わないというのは辛いことです。ここでの生活に不満はありませんが、食べ物の不満一つが、それを凌駕(りょうが)してしまう。ここの料理は全部濃すぎるんです」


 右の門番は、だいぶフラストレーションが溜まっているようです。始まってしまったかもしれません、愚痴(ぐち)が。


「例えば、チャンゴ串にしたってそうです。あれを生で食べるって? 無いでしょう。中身がデロデロで気持ち悪いじゃないですか。生まれる前のヒヨコを食している気分です。しかも、あのクソ甘い怪しい液体でテカテカにするんでしょう? 変な食感だけが残って、チャンゴの味が分からないじゃないですか」

「でも君、君もチャンゴを食べないわけじゃないだろう」

「食べるは食べますよ」


 と、右の門番。


「あれは火を通すことで人間の食べ物となりえます。水分が飛ぶまでカリッカリに炭で焼いて、サヌエラで挟んだら美味いですよ、それは分かります」


 サヌエラとは、彼の国に必要不可欠な香花(かおりばな)です。彼の国では、どんな料理も花で香り付け・味付けをする文化があり、だからこそ「世界で一番香り高い料理」として「ハナ料理」が知られているのです。


「でたよ、サヌエラ」


 私がそう返答すると、右の門番が目を輝かせたように見えました。始まるのでしょうね、 彼の地元料理トークが。まぁ、彼が少しでも元気になってくれればそれでいいのです。


「サヌエラですよ、サヌエラ。料理には『お花のさしすせそ』がなくっちゃ。『サヌエラ、シラムにスハリカや、セリュンカ最後はソビエラさん』! しぐぬる麺も、コヤムトンも舌に合わないです。みはずり麺やウルバチェが懐かしいですよ」

「美味いじゃん、コヤムトン」


 私は食いつきました。コヤムトンは美味いじゃないか。

 

「うーん……やっぱり濃いんですよ」


 右の門番。


「主食は『花の香りが(ほの)かにするな』くらいが良いんじゃないですか。飽きてしまったら元も子もないと思いますが」

「では、その『みはずり麺』? は花の香りがする薄味の麺なのかい?」

「そうです」


 右の門番は、今や郷愁(きょうしゅう)に囚われていました。目が、そういう目をしているのです。


「簡単ですよ。麺に『さしすせそ』を適当に練り込んだら完成です。俺の家ではサンフネッチェギンヨウツバメモドキの芽も入れます」

「ふーん」


 私は適当に返事をして黙りました。


 ハナ料理こそ、「お花のさしすせそ」の味しかしない単調な料理だと思ってしまうのですが、黙っておきました。


 料理。分かり合えないものです。


 言語は今や何とかなるのです。バベルの塔だなんだなんて時代もあったとは思いますが、現に私は右の門番と会話ができています。


 言葉が通じ、その料理が何かというのは理解できます。しかし、言葉で理解できても舌で理解できない、というのは往々にしてあると思います。


 街は夕暮れ時で、夕食準備のために様々な人が行き交っています。普段はもっと城に近い市場が人気で活気づいているのですが、ここ一週間は少し違います。城壁に一番近い広場にキャラバンが訪れていて、期間限定のバザールをやっているもので、目の前は家族連れがごった返しているのです。

 

 異国の匂いがします。私は外国の料理にそれほど詳しいわけではないのですが、「おや」と感じた匂いがありました。


「右の門番君。私の勘違いでなければ、ヌケモラシルの香りがするぞ」

「えっ」


 右の門番は、瞬時に反応しました。


「本当ですか、ほんとうで……あっ!」


 右の門番は何か見つけたようです。頬が上気しています。


「そうだ、間違いない。ヌケモラシルだ!」


 キャラバンは彼の国を通ってきたのでしょう。ひょっとすると、私の故郷も通ってきたかもしれません。私の故郷には大した料理もありませんが。


「凄いなぁ。ここでヌケモラシルに再開できるとは! キャラバン様々ですよ!」


 右の門番があんまり無邪気に声を張り上げるもので、子どもを連れた奥さんがクスクス笑っています。私は久しぶりに彼の年齢を意識しました。

 

「買って帰ろうか?」


 私は提案しました。


「確か、スープのような料理だよな。仕事終わりに、歩きながら飲もう」

「いいの?」


 右の門番は、私が寄り道を嫌う性格だと分かっていましたから、もう今すぐバザールに駆け寄りたいという風でした。


「夜勤担当が来てからだけどな? あっはは」


 ハナ料理にはあまり興味がありませんが、喜ぶ右の門番を見るのは悪い気がしません。


 私もたまには寄り道してみようかしら。ひょっとすると、ソクノエキやスノリヘキといったおつまみが売っているかもしれません。薄味でつまらない故郷の料理を思い出すのも、このような機会が無ければあり得ないでしょうし。


「オツカレサマデス」

「おお、おお!お疲れ様!」


 少し待っていると、夜勤担当の宇宙人君がやって来ました。右の門番はあからさまに嬉しそうです。


「ドウゾ」


 宇宙人君から差し入れをいただいてしまいました。アツアツの紙袋には、キャラバンのマークがでかでかとスタンプされています。宇宙人君は目の前のバザールを一足早く楽しんでいたようです。


「あら、ありがとう!これは、何?」


 私はゆっくりと簡単な言葉で感謝を述べました。宇宙人君はまだ私達の言語を勉強中です。宇宙人なのに凄いです。


「コレ?」

「うん、これ」

「ソ――ラ゛ヌギ」


 便宜上、ソラヌギと表記することにしましょう。それが一番近いように思います。


「ワタシノホシガリョウリデス」

「君の、星の、料理なの?」

「ハイ」


 キャラバンは宇宙旅行ができるのでしょうか。これは宇宙人君の地元の料理らしいです。


「私達も、これから、バザールに、行くの」

「ステキデス」

「俺の、国の、料理を、買うんだ!」


 右の門番は早くも帰り支度を終えかけています。


「ナマエ」

「名前?俺の、国の、料理の、名前?」

「ハイ」

「ぬ、け、も、ら、し、る!」

「ンウケモラシル」


 二人とも楽しそうです。先ほど「分かり合えない」などと思ってしまいましたが、料理の魅力は味だけでないのかもしれません。


「ソ――ラ゛ヌギハ、キリマス。ナカマトタベマス」

「切って、食べるの?」

「ハイ。ソ――ラ゛ヌギハ、トテモトテモトテモ、オオキイデス」

「大きいものを、皆で切って、パク?」

「ハイ」


 二人はジェスチャーを用いて会話しています。恐らく、このホカホカした「ソラヌギ」は大きい何かを切り分けた料理なのでしょう。冷めないうちに食べたいものです。


 私達は帰り支度を終え、宇宙人君に再度お礼を言った後、バザールに向かいました。


 右の門番は脇目も振らずヌケモラシル売り場に近づき、二杯注文しようとしました。先輩の矜持(きょうじ)もありますので、支払いはなんとか私がやることができました。


「左の門番さん、ありがとうございます! では早速……あぁ」


 右の門番は一口飲んで、表情を緩めます。微かに花の香りがします。「お花のさしすせそ」の匂いでしょうか。

 

「仕事、頑張ろう。これ一杯で五年は頑張れそうってくらいです。故郷の家族のためにって、気合いが入ります!」

「お、門番を辞めないでくれるのか」

「はい!」


 料理は気持ちを変えます。私は(ひそ)かにヌケモラシルに感謝しながら、一口(すす)ってみました。ややしょっぱくて単調な味がしました。ソミトバルに小洒落(こじゃれ)た味付けを(ほどこ)したような味です。これで右の門番は五年頑張れるそうです。


 回り道用の路地を駆使(くし)して長々と歩きつつ、私達は(正確に言えば右の門番が)ゆっくり時間をかけてヌケモラシルを飲み干しました。


「美味しかった?」

「はい、とっても!」


 右の門番の表情は、まるで花が咲いているようでした。


「左の門番さん、せっかくですし……ソラヌギ? も食べてみませんか?」

「あぁ、そうね」


 私は、先ほどよりぬるくなってしまった紙袋を思い出しました。


「食べたことが無いものを否定するのはどうかと思いますが、ソラヌギっていう響きは不安ですね。美味しくなさそうというか……」


 と、右の門番。


「え?」


 私は紙袋をぽろり取り落としそうになりました。


「名前の響きとしては美味しそうじゃない?ほら、ソラネギに近いから」


 私は、幼少期に毎日食べていた菓子を思い出しました。あの頃は異国の料理を知らなかったもので、あれが子ども達に一番人気の食べ物だったのです。

 

「うええ、ソラネギに似ているからですよ!」

「だとしたら、失礼だなぁ」

「いやいや、ソラネギって『神の毒』って意味でしょう!んな化け物植物を奪い合って食べている左の門番さんの国がおかしいんですよ!」


 私は、夕食時に聞く「ワクワク全国ラヂオ」を思い出しました。よくご当地ネタとして取り上げられるんですよね、ソラネギ。あんなに美味しいのに。


「毒だ毒だと言うけどね、君も食べるじゃないか。タッケ」

「あれは毒、まぁ毒……うん、毒ですけれど、でも美味しそうじゃないですか。食べられるものは食べます。チーズだって腐っているけれど食べるでしょう」

「なんだか誤魔化された気分だなぁ」


 まあ、今から食べるのはソラネギではなく、ソラヌギです。宇宙人君の地元料理です。


 私はガサガサと紙袋からソラヌギを取り出しました。


「「おおう……」」 


 珍しく、私達の声が揃いました。足も止まりました。


 ソラヌギは朱色でした。生温かくて、内臓のようです。さっき「キッテタベマス」などと説明された気がしますが、どこに切断面があるのか分かりません。どこをどう見てもヌルッとしているのです。


「右の門番君。これまで私達は食の好みが一つとして共通していなかったと思うが、」


 私はソラヌギをつまみ上げて言いました。


「ソラヌギをもってして、初めて見解が一致しそうだね」

「同感です」


 私は右の門番に無理矢理ソラヌギをつまませました。


「まあ、食わず嫌いはしません」

「そうだな」


 細い路地裏で立ち止まり、私達はソラヌギを口に入れました。噛み切ろうとすると、少し伸びてからプツッと切れます。


「あっ」


 一口噛んで、私は右の門番を見ました。


「美味しい!」


 目を丸くした右の門番と、目が合いました。

書いたり書かれたりしました。

富良原きよみです。


カクヨムでも投稿予定です。同じ名前です。好きな方で読んでいただけますと。


執筆用のツイッターはじめました。(@Huraharakiyomi)

ここまで読んでいただける皆様ならきっと仲良くなれると思います。


では。

富良原より

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