第九十話 ウィルクレスト町からの来客
僕たちが城門前で出来上がった防衛兵器を眺めていると、遠くから馬車が近づいてくるのが見えた。
馬車に乗っているからには魔獣ではないだろうと思いながら見ていると、やがて城門前に馬車が到着した。
「あなたたち本当に信じられないわね」
第一声がそれだった。
馬車から顔を出したのはマーガレット侯爵令嬢だった。
「マーガレット様! ようこそいらっしゃいました。よろしければ中にどうぞ」
僕はマーガレットを連れて、屋敷の僕の執務室に通した。
お茶を淹れたいところだが、そんなものはない。来客などまったく想定していなかった。お茶とかコーヒーとか領地の農園で栽培できるかな。
「大変申し訳ないのですが、お茶などお出しできるものがないんです……」
「そんなのいらないわ。でもお気遣いありがとう」
「それでどういった用件で?」
「コンスタンティン侯爵家はウィルクレストの町を仕切っているんだから、あなたの領地を視察するに決まっているじゃない」
「はぁ」
「それにしてもこの短期間でこんな立派な屋敷や城壁や兵器まで作ってしまうなんて。とても信じられないわ。でも現実に存在しているから信じざるをえないわね」
「まあ、優秀な人材がいるもので」
「いくら優秀だからって無理よ」
「そこは私のパッシブスキルも多少効果があったんだと思います」
「多少なわけないじゃない」
「そうですかね?」
「私に聞かないでよ。それにしても、ユウマ、あなたは私の見込んだ通りだわ。伯爵にまでなったら結婚して差し上げるわ。あなたが婿入りすることになると思うけれど、もう一度ブラッドランスの家名も捨てたのだし、いいわよね?」
「……いや、そういうのはもうちょっとしっかり考えさせてください」
「そうそう、ブラッドランス家といえば、ここに来る前にあなたのお父様にもお会いしたわ」
人の話聞かないな、この人。
「はあ、元気でしたかね?」
「伯爵になって新しい領地も得て、張り切っているわね。でもどうでしょうね。領地運営がうまく言っているとは思えないわ。あ、治安と衛生を悪くする悪民がジャンク領に流れてくれて助かったと強がっていたけれど」
「領地の状況がよくないんですか?」
「ええ、端的に言って、悪政だわ。税は取りすぎだし、領民は酷使するし、軍ばかり強化するし」
「軍のために、領民を働かせているってことですか?」
「そうね。たぶんあなたのせいよ」
「え? 僕のせいなんですか?」
「あなたがドラゴンを倒したり、ブリットモア公国軍を退けたりと次々戦功をあげた上に、ブラッドランス家を出てしまったものだから、自分も大きな武功をあげようと焦っているみたいね。一応、諌めてはおいたんだけど、止まらないでしょうね」
「そんな……領民を犠牲にしてまで戦功をあげたって意味がないじゃないですか」
「そんな言葉はあのガイウス・ブラッドランス伯爵には届かないわ。ただ、彼の領土が長くは保たないことは保証するわ」
「そんなことになったら、父はどうなるのでしょうか?」
「さあね、降爵は免れないでしょうし、最悪、家は取り潰しでしょうね。助けてあげるつもりなの?」
「最悪、父がどうなろうと仕方ないですが、領民が哀れで……」
「あなたがジャンク領で受け入れてあげるんでしょう? あなた、もしかしたら私より出世してしまうかもしれないわね。公爵か、あるいは……」
「いやいや、そんなの僕には無理ですよ」
「もしそうなったら私がジャンク家に嫁いでもいいわよ」
「いや、ないですから」
「じゃあ、あったらいいのね? 私の王子様」
「王子って感じじゃないでしょう? まいったな」
「私に何かあったら助けてくださいね。じゃあまた来ますわ」
「え? もうお帰りなんですか?」
「名残惜しいのばわかるけれど、私もこれで忙しくてね」
そうしてマーガレットは帰っていった。
いったい何だったんだ……




