第七十八話 来訪者
ダークエルフ族の村で一晩を明かし、僕たちは屋敷に戻ることにした。
ゼルミナにも僕たちの屋敷の場所を伝え、困ったことがあればいつでも尋ねてくるよう伝えた。
屋敷は無事に残っており、ほっとした。
入り口の扉に手をかけると、錠がすでに開いていた。
チャップとアーレンがもう戻ってきたのだろう。
屋敷の中に入ると、足音が広間に向かってくるのが聞こえた。
わざわざ出迎えてくれるのか。
広間に姿を現した人物は、見知らぬ顔だった。
ヒト族のように見えたが、何か違和感を覚えた。言ってみれば、今のゴーレムのアイマのような造られたような整った顔の男だった。
「どなたでしょうか?」
僕が尋ねる。来客は初めてだな。
しかし錠の鍵をかけ忘れたかな。勝手に人の家に入るとは失礼な気もするが、外で待つのも危険か。
「はじめまして」
声の感じは普通だから、アイマと違ってゴーレムではなさそうだ。
「アビスヴォイド教団の者と言えばわかりますかね」
「なんだって!?」
「ちょっとした警告と交渉に来ました」
「どういうことだ?」
警戒しなければ。
リンネを見てうなずく。何か動きを見せたらすぐに倒さねば危険だ。
「あなたたちは、何度となく私たちの計画の妨害していますね」
「『悪魔』の魔物化や、ブリットモア公国の侵攻のことか?」
「おそらくあなたたちは何か誤解をしているんじゃないかと思いましてね」
「誤解も何も、人々を魔物化して別の人々を襲わせるなんて許されることじゃない」
「私たちは世界をあるべき姿にしようとしているだけです」
「魔物化が正しいことだというのか?」
「魔物化は手段にすぎません。私たちは世界全体の最適化を考えているんです。人々の魔物化は、『虚無の樹」の発動のために絶対に必要なんです」
「仮に『最適化』に賛同できたとしても、僕たちは犠牲が出ることを許しません」
「誤解はそこにあるんですよ。なぜ『犠牲』などと思うんです? 魔物化された者は多幸感を得られると証明されています」
「そんなのは詭弁だ。彼らが社会を壊すなら、その多幸感だって無意味じゃないか」
「私たちは苦痛の一切ない世界を目指しています。あなた方もそれが実現したら必ず私たちに感謝をするはずです。あなたたちはその実現を遅らせて、新たな苦痛を生んでしまっているんですよ。私たちからすれば、あなたたちは端的に悪ですよ」
「話を続けても平行線だ。僕たちは屈しない」
「サイラスは私たちと共にいる」
サイラス……やはりアビスヴォイド教団と接触していたのか……
「彼は私たちの理念に共感している。私たちと行動することが、ダークエルフ族を救うことになると考えているよ。遅かれ早かれ『虚無の樹』は私たちの手に落ちる」
「『虚無の樹』は僕たちが必ず守る」
「まあ、いいさ。交渉の余地はなさそうだ。帰らせてもらうよ」
屋敷を出て行こうとする男の前にリンネが立ちはだかる。
「やめておきな。僕が無傷で帰れなければ、サイラスは死ぬ」
人質にするつもりか……
「リンネ、仕方ない。行かせよう」
リンネは道を譲る。
「いずれまた会うだろう」
そう言い捨てて、男は去った。




