第七十七話 サイラス・ダークエルフ族の宴
「サイラスめ、逃げよったな」
ゼルミナの家の木の下に、サイラスの姿はすでになかった。
それは彼が自分のしたことを認めることになってしまわないだろうか。
「外に出たところで、我らがまともに生きていけるところなどないだろうに」
ゼルミナが寂しそうな顔をした。よほどサイウスのことを信頼していたのだろう。
「僕たちが探してきましょうか?」
「無駄だ。サイラスのほうがおぬしらよりよっぽどこの森を知っている。何千年この地にいると思っているのだ?」
そりゃそうだ。新参者の僕たちがそんな簡単の見つけられるはずがないだろう。
「たぶん何か事情があったんだろうと思います。アビスヴォイド教団に騙されたのかもしれませんよ」
<<それはあり得るな。例えば、あの毒散布機が「虚無の樹」を覚醒を促して、ダークエルフ族を救うとか言ってな>>
「そうだな。だからと言って、我らを危険にさらしたことを簡単に許せるわけではないが……」
<<もしサイラスが再びアビスヴォイド教団に接触しようとしていたら厄介なことになりかねないな>>
サイラスはまだ味方なのだろうか? だとしたらアビスヴォイド教団に報復を考えているのか?
あるいはすでにやつらに取り込まれてしまっているのだろうか? だとしたら、ゼルミナにとっては辛い状況になってしまうだろうか……
「一度結界の外に出てしまえば、内部の者の許可がなければ入れない。警戒するようにしておこう。今はできることをするしかない。他の者の英気を養うため、宴はするぞ」
こんな状況でもやるんだ……いや、こんなときだからこそか。
日が暮れ、暗くなってきた頃に、ダークエルフの村人たちがゼルミナの家の下の広場に集まった。全員で30から40人くらいだろうか。子どもらもいるが、超少数種族なのだな。
ゼルミナの家の下部のあたりが光を放ち、広間が明るく照らされた。魔力灯だ。便利だな。
僕たちが狩って持ってきた獲物たちが料理され、次々と運ばれてくる。ワイルドボアの丸焼きと、グリフォンのもも肉など、この人数でも食べきれなさそうな巨大さだ。
ダークエルフの人々は顔色も良く、久々のご馳走なのだろう、一様に明るい表情をしていた。
ゼルミナも皆の様子を見て笑顔を作っていたが、サイラスのことを気にかけているだろう。
彼女は僕たちを新しい領主一行だと紹介し、村を救ってくれたのだと伝えた。
ダークエルフの人々は、穏やかで明るかった。正直なところ、それは僕にとって意外だった。
このような閉鎖的な社会であれば、排他的な傾向になり、僕たちのようなよそ者を受け入れることもないのではないかと考えていたのだ。
僕たちが彼らの窮状を救ったこともあるかもしれないが、彼らは親しげに僕たちに接し、僕たちの冒険の話を聞きたがった。
特に食事も取らないアイマは皆に気にかけられ、興味も持たれた。その(作りものの)美貌や知性も好奇心を刺激しただろう。
ともかくも、とても楽しい夜になった。
宴会の最中、僕はゼルミナに声をかけた。僕が彼女の話を聞くべきだと思った。
「サイラスと私は生まれたときから、この森で一緒に育ったんだ」
「恋人みたいな存在なんですか?」
「いや、そんな気持ちを抱いたことはない。むしろ家族のような関係だ。二人で、もう二千年になるかのう、このダークエルフの村を治めるようになってな。あいつがいなければ、この村も無事であったかわからん。魔王は復活するわ、ヒト族の大戦やら、いろいろあったが、我らはこの森でひっそりと息を殺して時代を生き抜いたんだ。それもいよいよ難しくなってきたのかのう。サイラスはそれでもダークエルフ族を守る方法を模索していたのかもしれん」
ゼルミナはまだサイラスを信じているのだ……
「大丈夫ですよ。サイラスは僕たちが見つけますし、この村も必ず守ります」
「ほう、そうか。ありがたいの。ユウマ、ではおぬしが私と契りを結び、その約束を果たしてくれるか?」
……契り!? 結婚ってこと? ちょっと待て。二千年族長をやってるって今言ってたよな? ゼルミナは今何歳なんだ? 数千歳の歳の差婚? いや、ちょっと待て、そういう問題じゃない……
「いや、まだ僕はそういうことは全然考えていないよ」
ゼルミナが微笑む。それは魔術のように妖しく艶めかしい微笑みだった。
これは危ない。
「それじゃあ、僕たちは帰ります」
「ははは。帰るのは日が昇ってからにせい。こんなところでも客間はいくつかある。泊まっていくとよい」




