第七十四話 ダークエルフ族の帰順
ダークエルフの住処に到着すると、今回はすぐに結界が解かれ、道が開けた。
そこにはサイラス一人が待っていた。
「獲物は無事狩れたか。それを持ってついてこい」
サイラスが先導し、僕らは獲物を引きずってついていく。
サイラスのやつれた姿を目にしていると、見ているこちらまで何だか体調が悪くなってくる。
<<何か違和感があるな>>
アイマのようなゴーレムの身体でも体調不良になるのだろうか。
道はそれほど広くなく、結界の幻術がなくても容易に見つからないのではないだろうか。
大きな獲物も引きずっていたので、ときおり道の脇の木に引っかかることもあった。
ダークエルフたちの住居は木々の上に建てられているらしく、道の両側の木々を見上げるとログハウスのようなものが所々に見え、ときおりそこから視線を感じた。
進んだ先で、道が途切れると、広場のような空間に出た。その中央に、ひときわ太い木がそびえ、上方には他よりも一回り大きいログハウスが建てられていた。
リンネは自力で登れそうだけど、僕は無理だな、と思っていたら体が勝手に浮かび上がった。ダークエルフはこんな魔法が使えるのか。
そのまま上昇し、家の高さまでたどり着くと、そこにゼルミナがいた。
「よくぞ、戻られたな。獲物も大漁なようで、礼を言う。これで飢えを凌げそうだ」
「では、僕たちに帰順してもらえますか? ……いや、帰順というのは違うな。僕たちはあなた方と協力関係を結びたいのです」
「面白いことを言う領主だな。どのみち結界も破られ、戦闘力の高いおぬしらを敵に回せるはずもない。むしろ、安全が約束されるなら、帰順でも協力でも何でも受け入れよう」
「それはよかった」
ゼルミナは何を考えているのかよくわからなかったので、正直ほっとした。
「蛮族も排除できたのか?」
「排除はしていないけれど、傘下にはなった。彼らもこの領地のために働くことになる。皆で協力し合って、皆が幸せに暮らせるようにしたいと思っている」
「……そうか、それは約束と違うのでは?」
ゼルミナの表情が少し険しくなった。
「なぜ彼らを目の敵にするんですか? 彼らはあなたたちの獲物を横取りしているつもりはないと言っていましたよ」
「やつらにそのつもりがなくても、実際に我らは妨害を受けているのだ」
「彼らのリーダーがエルフだから目の敵にしているのですか?」
ゼルミナが僕を睨む。
「……確かにエルフの血を持った者がおるようだが、ハーフエルフであろう? 我らダークエルフと同じで、エルフ族に迫害される身であろう。同情こそすれ、あえて敵意を持つものではない」
「ではなぜ……?」
「わらわの説明が至らなかったことは認めよう。だが、やはりやつらは我らが獲物を獲ることを邪魔しているのだ」
「……どういうことですか?」
「やつらは森に毒を撒いているのだ。その毒のせいで、ここのところ我らの魔力が思うように機能しなくなってしまった。それで満足に狩りもできない状態になってしまったのだよ」
<<ああ、そういうことか。森にではない。この結界の中で魔素毒が散布されているんだ>>
アイマが割り込んできた。
「なんだ、おまえは?」
<<アイマだ。ジャンク家の軍師をしている。俺はスキル……のようなもので魔素の分析ができるんだが、この集落の魔素は成分がおかしい。森全体に毒を散布するなんてそんな簡単なことじゃないだろう? それに俺たちはこの結界の外の森にずっといたが、まったく問題ない>>
「おぬしのその言い方だと、この結界内に毒を撒いた者がいるように聞こえるが?」
<<そうだと言っているんだ。だが、その話は後だ。毒の無害化と治療が先だ。毒の発生源は俺たちで突き止める。ゼルミナは解毒のできるヒーラーを用意できるか?>>
「ああ、私ができるが、解毒しても体調は良くならなかった」
<<そうか、じゃあ、ちょっと待っていてくれ。まずは毒の除去だ>>
「いや、私もついていく」
僕たちはゼルミナの浮遊魔法で、家から地上に降りた。
「何か魔法の感覚がおかしい……魔法が効き過ぎてコントロールしやすくなっている…..」
ゼルミナが言った。
僕の「ジョーク・ラバー」のバフがもう効いているのか?
地上にはサイラスが待っており、彼もついてくることになった。
今度はアイマが先導し、僕たちは来た道を戻っていく。
<<魔素毒の濃度が高いところに何かあるはずだ>>
アイマが足を止めた視線の先は、道を逸れた茂みだった。
木々の周りに生えた少し背の高い草が密集していた。
<<何か変わったものがないか探すんだ。見つけても直に手で触るなよ>>
僕たちは茂みの中に入り、手分けをして不審物を捜索した。
「あ!」
ほどなくリンネが声を上げた。
「何か変な箱みたいなのがある」
<<そのままにしておけ。俺が見る>>
アイマが近づく。
<<おまえらは下がっていろ。俺が処理する。俺には魔素毒は効かないからな>>
アイマを除いた全員が、距離を置く。
アイマは人差し指を茂みの一点に向けた。
「ネメシス、モード: ショック」
人差し指から一直線に光が放たれ、バチンッと音がした。
アイマは茂みの奥から何かを拾い上げた。
その手に乗っていたのは、機械的な部品のかけらだった。
この世界で、僕がそのような機械的な構造物を見るのは初めてだった。




