第七十話 ダークエルフ族
「おぬしが魔素の森の新しい統治者か」
ダークエルフの女性が口を開いた。
ノクティアよりも少し成熟した女性のように見えるが、妖艶な、だが儚さも感じさせるような美しさがあった。
ノクティアと比べてひどく痩せているように見える。ノクティア以外のダークエルフを見たことがなかったので、どちらが平均的な体型に近いのかはよくわからない。
もう一人の男性のほうも引き締まった筋肉を持っていたが、やはり痩せており、顔色が悪かった。しかしそれがまた陰りのある整った顔に妖しい魅力を湛えていた。
「はい、僕はユウマ・ジャンク、ジャンク子爵家の当主で、この魔素の森の領主です」
「我らに統治者はいらない」
「僕たちはあなたたちを支配しようとするつもりはありません。むしろ、これからもっと安心して暮らせるようにしたいと思っています」
ふっとダークエルフの女性が笑った。
「他種族の者など信用できるか。しかも我らの仲間をたぶらかして交配させるような種族など……」
女性はノクティアを一瞥した。
「それは違います。僕たちはどのような種族であっても平等に幸福になってほしいと考えているんです」
「ふん、エルフ族といい、ヒト族といい、我らをどれだけ迫害してきたかわかっているのか?」
「過去に何があったか正直なところ僕は知りません。でも、少なくとも僕たちはあなたたちの力になろうと考えています。もしお困りのことがあったら教えてください」
やはり彼女たちの痩せ方は尋常ではない。何かがあるはずだ。
「ふむ、そうだな。なくはない」
「何です? 何でも言ってください」
「ここのところの魔素濃度上昇で魔物が異様に強大化していてな、狩りがうまくいっていないのだ」
「それなら僕たちが狩りを手伝えますし、僕たちの食糧を分けてもいいです」
「ふむ、なるほどな。だが、そう簡単な話ではない。食糧確保には、もう一つのもっとやっかいな障害があるのだ」
「障害は僕たちが排除します。何ですか、その障害というのは?」
「蛮族だ」
「蛮族?」
蛮族なんてものがいるのか?
「魔物が強力になろうが、我らの力でまったく倒せないわけではない。だが、蛮族がこの辺りの獲物を取り尽くしてしまったり、邪魔をしてくるのだ」
魔素の森の中でもそんな抗争があったのか。単に魔物が跋扈するだけの場所ではないのだな。
「先日、ワイルドボアを狩っていたおぬしを狙ったのは我らの手のものだ。ようやく見つけた獲物を、今度は新たな領主とやらに横取りされて、おぬしを殺そうとしたのだ」
やはりあんたらだったか……食い物の恨みは恐ろしいな。
「状況はよくわかりました。ワイルドボア件はすみません。あなた方が先に見つけた獲物とは知らなかったもので。蛮族の件も僕たちに任せてください」
「そうか。ではお手並みを拝見するとしよう」
「はい、まずは蛮族を排除して、食糧をお持ちしましょう。あなたは……」
「わらわはダークエルフ族の長、ゼルミナだ。これはわらわを補佐するサイラス」
「ゼルミナ、サイラス、改めてよろしく。で、蛮族はどこにいるんだ?」
「わからん。やつらは神出鬼没だ」
族長の補佐、サイラスが発した最初の言葉だった。




