第六十八話 「アビスヴォイド教団」の正義
<<そういうことだ。農夫を探す必要はあるが、これらの種子は、この領地を豊かにする重要な役割を果たすだろう>>
「すごいよ。お米が食べられると考えただけでも最高な気分だ」
僕は本当に興奮した。
「旦那に喜んでもらえると嬉しいです!」
うん、君のポンコツぶりにももちろん目をつぶるよ。
<<さて、次の話題だ。今回、俺はこの身体を手に入れるために、ドワーフ王国にいたわけだが、ドワーフ族は、魔導連邦国、つまり現代魔族とつながりが深い。主に産業的な補完関係があるからなんだが、俺の身体を作ったブロックはドワーフ王国の要人でもあってな、現代魔族の有力者とも強いつながりを持っているんだ。その関係で、ブロックも現代魔族から情報を得ていてな、「アヴィスヴォイド教団」についても聞くことができた>>
「やつらが何者かわかったの?」
<<組織の実態まではわからなかったが、やつらが何を目的として、何を考えているのかの輪郭は見えてきた>>
皆がアイマの言葉に集中する。
<<一言で言うなら、やつらの目的は「世界を完璧な虚無とする」ことだ>>
「は? 世界を滅ぼしたいの? 自分もいなくなっちゃうじゃん」
<<少なくとも、俺たちが今いるこの世界の形はなくなるだろうな。生物も存在しえない。やつらは存在物の魂ごと消滅させることを目指していると考えられる>>
「いや、ちょっと意味がわからない。自分たちもいなくなるじゃん」
<<それでいいんだよ。やつらは虚無こそ完璧な平和だと考えているんだ。虚無は喜びも生まないかわりに、決して不幸や苦しみを生まない。「アヴィスヴォイド教団」の構成員は現代魔族社会の落伍者たちがほとんどのようだ。苦しみの解消が喜びを生むよりもはるかに重要なんだ>>
「だからって他の人を巻き込むことはないじゃないか」
<<世の中に成功者がいる限り、その裏に必ず不幸を背負わされる者がいる。未来永劫発生しうる不幸者をなくそうというんだよ。立派な「正義」じゃないか>>
成功の裏に生じるひずみか……
「彼らは失敗も許さなければ、成功も許さないんだな」
<<「愚者」とは真っ向から敵対するな>>
「虚無の世界なんて、何の意味もないじゃないか」
<<やつらは世界に「意味」があることを許さない。「意味」は不幸の源泉なんだ。「意味」が階級を作り、貧富の格差、争い、病を、苦しみを生む>>
「なんだかよくわからないけど、そんなの許せない」
<<そうだな、領主様がそう言うのであれば、止めないといけないだろう>>
「でもどうやってやつらは世界を滅ぼそうとしているんだろう」
<<そうだ、そこだ。やつらは「アビスヴォイド」と呼ばれる存在を復活させようとしている。実態は不明だが、世界を滅ぼせるような強大な存在なのだろう>>
かつてのA級冒険者パーティー「ノーブル・エッジ」のエース・タンクだったドストルが魔物化した後にその名を口にしていたな。
「ヒトを魔物化させることで、「アビスヴォイド」が復活するの?」
<<俺の考えでは、ヒトの魔物化自体では直接的に「アビスヴォイド」の復活にはつながらない。単純に彼らが戦力を増やすため、それから「魔物化」自体が現代魔族の利益と合致するため、邪魔されにくいということも考えている可能性がある。そして魔物化された者たちが最終的に目指すのはどこか……>>
王都か? ヒト族の支配はアビスヴォイド復活につながるのだろうか?
<<世界樹だ>>
エルフ族が守護する世界樹……ヒト族の支配自体が目的ではなくヒト族を使ってエルフの大森林に攻め入るのか。
「なんで世界樹が狙われるの?」
<<世界樹が倒れれば、「虚無の樹」が力を増し、「アビスヴォイド」が復活する>>
「でもそんなことになることがわかっていたら、他の国も止めようとするんじゃないの?」
<<ヒト族とエルフ族の抗争に他国が口を出すことはない。それに誰も、世界樹が倒れることで「アビスヴォイド」という実態の知れない存在が復活するとも思っていない。加えて、魔導連邦国もドワーフ王国もエルフ族に友好的な国ではないし、むしろ世界樹の存在を疎ましく思っているからな。世界樹の「預言」は羨望であり、脅威なんだ。それをアビスヴォイド教団が打倒してくれようとしているのに止める理由はない>>
「そんな……ちょっと待って。それなら先に僕たちが虚無の樹を見つけて消滅させれば、アビスヴォイド復活を防げるんじゃ……」
「『虚無の樹』は消滅しえない。あれはこの世界とは断絶した存在だ。いかなる物理的な干渉もできない」
僕の問いに、なぜかノクティアが答える。
<<そうだな。そもそもこの世界には「虚無の樹」が存在し、その後に世界樹が現出したことで、あらゆる物質、生物、そして「意味」が生まれたと考えられる。虚無の樹はこの世の存在物と隔絶したところにいると考えたほうがいいだろう>>
「なぜノクティアは「虚無の樹」のことを知っているんだ?」
<<ダークエルフが虚無の樹を守護しているからだ。そうだな、ノクティア?>>
ノクティアがうなずく。
「ダークエルフ族は、今はエルフ族に追いやられているが、いずれ虚無の樹によって状況を変えられると考えている」
アビスヴォイド教団の思想と共鳴しているじゃないか……
<<ノクティアがアビスヴォイド教団に狙われた理由もそこにある。ダークエルフの魔物化はまた意味が異なるからな>>
「どういうこと?」
<<ダークエルフは虚無の樹の加護を受けていると信じられているからだ。そしてノクティアを魔物化して操れば、虚無の樹の対極にある世界樹のもとに導いてくれると信じているのだろう。世界樹を倒した後には、虚無の樹からアビスヴォイドを復活させることもできるだろうと>>
世界樹の「預言」が示したシナリオだ。
<<ダークエルフ族とアビスヴォイド教団が接触したらどうなるかわからない。幸い、アビスヴォイド教団はまだダークエルフ族の所在と虚無の樹の場所は特定できていないだろう。だから先に俺たちがダークエルフを見つけて、保護することが最優先だ>>




