第五十話 再び王都へ
ノクティアは黙り込んでしまった。アイマもよくわからないことを言って不安を煽らないでほしい。
ダークエルフとヒトの間に生まれたというだけでも大変な人生を送ってきたというのに、古の魔族の血を引いている上に、「アヴィスヴォイド教団」に特別な標的にされている可能性まで出てきたのだ。
「まあ、やれることをやるだけやな」
ロズウェルが軽い口調で言う。アイマの話を聞いていたのか? そんな軽い話じゃなかったぞ。
「そうそう、悩むより、動いたほうがいいよ。まだ私たち無事なんだし。今までも何度ももうダメだと思うことがあったけれど、何とかなってきたじゃない」
リンネも続く。いやいや、ちゃんとアイマの話を理解できているの?
僕は理解できていなくても不安でいっぱいなのに、理解してしまったら逆に頭がおかしくなりそうだ。
「王都に行きましょう。今回の報告をしつつ、国としての対応が必要になります。何よりユウマさんに爵位を与えるよう交渉もしないと。私も同行します」
マーガレットが提案する。
<<うん、そうだな。戦功を十分アピールして領地でももらおうじゃないか>>
重大で深刻な話をしていたのに、皆なぜそんなすぐに切り替えができるんだ。
<<ユウマ、どうしていいかわからないときこそ、目の前のことを一つ一つこなしていくことが重要だと言っただろう>>
「うん……」
マーガレットが馬車を用意してくれ、僕たちは再び王都に向かった。
僕とノクティアを除いて、皆はしゃいでいるように見えた。ノクティアも次第にその輪に入っていく。
僕もいつまでもネガティブな気分でいるのもバカらしくなってきた。
目の前のことを一つずつ、やっていくしかないか。
父にガルム街道で捨てられ、A級冒険者やA級依頼レベルのガーゴイルと戦い、レッドドラゴンと対峙し、大量の魔物の軍隊を相手にし、何度も死にかけた命(レッドドラゴン戦では実際何度も死んだか)だ。
何度も拾った命なら、この世界のために使おう。
王都に到着し、マーガレットの馬車だということがわかるとすんなり王都内に入れられる。
馬車はまっすぐ王城へと向かう。
マーガレットも有名人のようで、人々が振り向いてときおり手を振ってくる。
「王都でも『ラスティ・ジャンク』は有名になっているから、あなたたちだとわかったら群衆ももっと騒ぐでしょうね」
マーガレットが嬉しそうに言った。
やがて王城に到着すると、またヴァイスが城門で待ち構えていた。
マーガレットが事前に連絡したからであろうが、彼の習性からして重要なことはまず自分で判断したいのだろう。
「ごきげんよう、マーガレット嬢! 『ラスティ・ジャンク』の皆様もよくお越しいただきました。ブリットモア公国の件は伺いました。まさかウィルクレストの兵力だけで撃退できると思っていなかったのでこちらでも慌ただしく戦闘の準備を進めていたのですが、ウィルクレストには『ラスティ・ジャンク』の皆様がいらっしゃることを考慮しておりませんでした。いや、それにしても冒険者が万を超える軍隊を撃退するなど聞いたこともなかったもので、いやはや何と言って感謝したらよいか」
「感謝いただくのはありがたいのですが、報奨をいただけますか?」
ヴァイスの口上が終わりそうにないな、と思っていたら、マーガレットが遮った。
「もちろんですとも! では……」
「爵位をくださいますか? 『ラスティ・ジャンク』のリーダーであるユウマ様に」
マーガレットが勝手に交渉を進めてくれている。女性であるうえに、亜人のリンネやダークエルフのノクティアが、それだけ偉大な功績を得ても、爵位をもらえることはないだろう。パーティーの初期メンバーでもなく、平民のロズウェルにとっても爵位を得ることは簡単ではないはずだ。
そうなるとブラッドランス家の次男の僕が爵位を得ることが最も容易だが、納得がいかない気持ちはある。この差別意識の強い社会がいつまでも続くのだろうか……
それに、僕が爵位を得ることで発生する他の問題もある。
「国を救ってくださった英雄には爵位だけでは足りないくらいですが……」
「爵位をいただいたら当然領地もいただきますよ」
マーガレットが間をおかず返す。
「いや、それももちろんなのですが、確かユウマ様はブラッドランス家の嫡男では……?」
「僕は次男ですから、問題ありません」
僕が独自に爵位を得るということは、ブラッドランス家から独立することを意味する。
これで公式に僕はブラッドランス家から抜けることになる。
「ああ、そうでしたか。では問題ないですかね。承知いたしました。では、そうですね。子爵の爵位と、領地は……」
「ウィルクレストの一部の魔素の森一帯をいただきたいです」
「え? 魔素の森ですか?? 領民はおらず、大量の魔物しかおりませんよ? あんなところでよいのですか?」
「あそこがよいのです」
この世界で最も魔素濃度が高く、魔界とのゲートが開いてしまう可能性が高い場所だ。
「はい……あのあたりは確かコンスタンティン侯爵の領地ですので、コンスタンティン家さえよければ問題はないですが」
「もちろん問題ないです。むしろ手放したいです」
コンスタンティン家の代表としてマーガレットが即答した。
「でしょうねえ」
と言ってヴァイスが笑った。それにつられてマーガレットも笑った。




