第四十九話 明かされる歴史
勝利はしたものの、兵団や冒険者に多くの犠牲が出ていた。
彼らも戦闘を仕事にしている以上、決して弱くはなかったはずだが、レベルの高い魔物が多すぎた。
相手は、勇者パーティーレベルでも圧倒して王都まで占拠できる戦力を準備して攻め入ってきたのだろう。
町の職員や、王都からも人が来て、今回のブリットモア公国の侵攻について調査がされるだろう。
ラッセルはまたも上機嫌に僕たちを褒めちぎったが、報告もそこそこに僕たちはコンスタンティン侯爵家の屋敷に行った。
マーガレットが個別に話をしたいと言ってきたからだ。
アイマと話をしたがっているのは明らかだった。
僕たちはマーガレットの私室に通された。
会議卓を囲み、僕たちは座った。僕はアイマを胸ポケットから取り出し、テーブルの上に置いて座らせた。
「『アヴィスヴォイド教団』らしきものを見たんですよね?」
マーガレットがさっそく口を開いた。
<<ああ、やつらだった。間違いない。だが、生命反応がなくなったら爆発する仕掛けが施されていたようだから、おそらく何の証拠も残していないだろう>>
「魔族側に対応を迫ることは難しいですかね。ブリットモア公国へ使節を送って経緯も確認していくことにはなると思いますが……」
<<魔族は動かないだろう。やつらも魔素が大量に生成されるなら願ったりだ。ヒト族がどうなろうと知ったことじゃないだろう>>
「このまま『アヴィスヴォイド』を野放しにしたら本当にヒト族が滅ぼされかねませんね」
<<魔物だけでも対応が大変だが、高濃度の魔素は、魔界とのゲートを開けてしまうことになりかねない。そうすると古の魔族や魔人がこの世界にやってくる可能性も出てくる。そうなると魔導連邦国もただでは済まないだろうけれどな>>
「私が懸念しているのはそこです。彼らがこのまま活動を続けたら、この世界そのものが危うくなるのではと……」
<<そうだろうな>>
「どうしたらいいでしょうか? 智の魔神様なら何かお考えがあるのでは?」
<<なくはないが、少し時間がかかるな。「アヴィスヴォイド教団」を止めることを最優先にしつつ、最悪の場合も想定して対応していかなければいけないだろうな>>
「最悪の場合というのは……古の魔族が魔界から呼び出されることですか?」
マーガレットが尋ねる。
<<最悪のケースは魔王降臨だよ>>
「魔王!? 古の魔王は千年前に討伐されたのでは?」
古の魔王。レッドドラゴンもそうだが、神話か伝説の類の存在だ。
魔王も実在したのか?
<<古の魔王であろうと、ヒト族の王や現代魔族の魔王と一緒だ。新しい魔王がすでに即位しているはずだ。千年も経っていればより強力な魔王になっているだろう。かつての強い勇者パーティーはすでにおらず、現代の勇者はポンコツで、服役中だ。いまや「ラスティ・ジャンク」がヒト族の最大戦力となっているが、それでも古の魔王や魔王軍に対抗できるようなレベルではない。それどころか現代魔族の軍にすら敵わないだろう>>
「『アヴィスヴォイド教団』は撃退できたじゃないか」
思わず僕は言う。
<<あんなものはただのヒトに毛が生えた程度の装備だっただろう。現代魔族は魔素工学の研究が進んでいて、とてつもない技術力と兵器があるんだ。いまだに剣と魔法とスキルで成り立っているヒト族社会とはわけが違う。その現代魔族であっても、古の魔王たちには勝てない。魔界の魔王や魔族は天災みたいなものだ。いくら力や技術力があろうと一飲みされて終わりだ>>
「そんな……」
絶望的じゃないか……
<<かつての勇者パーティーは人外の力ーー剣と魔法とスキルに依っていたがーーそれこそ天災級の力を持っていたから何とか魔王を倒すことはできた。古の魔王が侮って油断していたということも勝因一つだ。現代魔族は勇者召喚の方法も忘れ、魔導工学にのめり込んでしまっている。魔導工学では理論的に魔王にも魔族にも敵わない>>
「え? 現代魔族が勇者召喚!? どういうこと?」
わけがわからない。
<<もはや知る者も少ない歴史だが、もともと現代魔族の源流はヒトだ。彼らは古の魔族とは無関係だ。むしろ敵だった。だが、魔王を滅ぼし、魔族や魔物から魔素を抽出し、それを産業や兵器にすることで力を強めていったんだ>>
そんな……そんなことがありえるのか?
「じゃあ、僕たちヒト族は何なんだ……?」
<<ヒト族は、かつては魔族と呼ばれていた。魔界からやってきた者たちだ。魔王が滅ぼされた後、魔素をあまり持たず、力のないものだけ残され、奴隷として生き延びたんだ。やがて人権意識の高まりもあり、自治が認められ、こうして国家らしきものも建てた。かつてのヒト族は「魔素を管理する者」として「魔族」を名乗るようになり、かつての古の魔族の血を引く者たちは区別のために「ヒト族」と呼ばれるようになった。魔族とヒト族は千年前と完全に逆転したんだ。現代のヒト族は古の魔族の血を引いているから、高濃度魔素を注入されると魔物化する。ノクティアの母親が魔物化しなかったのは、純粋なダークエルフだったからだ>>
ヒト族がもともと魔族だった?? わけがわからない。そんなことが信じられるわけがない。
<<ヒト族だけが生き残ればいいだけなら、魔王に帰順するという選択肢もあるかもな>>
「そんなのダメだよ。ヒト族だって魔王や魔族に従ったらひどい扱いをされるに決まっている」
まだアイマの話を咀嚼できているわけではない。だが、よくわからない異界の魔王に、この世界が支配されていいはずがない。
<<まあ、そうだろうな。古の魔族は力で支配する種族だ。気に食わなければ、簡単に殺されるだろうし、やつらは虐待も好む。まだ魔王が来ると決まったわけじゃない。まずは「アヴィスヴォイド教団」を押さえ込むことを考えよう>>
「『アヴィスヴォイド』って、もしかしたら魔王のことなんだろうか。やつらは魔王復活を望んでいるのか?」
<<そうだな。魔王を『アヴィスヴォイド』と呼ぶ例は聞いたことがないな……もしかしたらさらに最悪な存在かもしれない。魔界のさらに深淵の王なのか……>>
「そんな……」
アイマの歴史の話による混乱と、魔王や「アヴィスヴォイド」に対する恐怖と、僕はいよいよわけがわからなくなってきた。
<<魔素の森と、ノクティアが狙われたことも何か関係があるかもしれないな>>




