第四十五話 ノクティアと魔素の森
<<何があったか話してくれるか? できればノクティア自身の話も聞きたい>>
ノクティアがうなずき、話を始める。
「……さっき言ったとおり、私はこの森に生まれ、育ったんだ。両親はダークエルフとヒトで、どちらの社会でも許されない関係だった。それで2人は、エルフとヒト社会の狭間にあったこの森に住み着いたんだ。魔物に襲われにくいよう、高い木の上に家を作って、そこに住んでいた。ダークエルフの母もヒトの父も魔力に優れていたので、魔物に脅かされることもなく、世間に蔑まれることもなく、ここでも幸せに暮らしていた。魔物はある意味平等だからな。強ければどんな者であれここでは生きていける。やがて私が生まれ、3人で幸せに暮らしていたんだ。父が元司祭だったこともあって、私は父から天啓を授かった。ただ、私に与えられたジョブが『悪魔』だったこともあって、ますます両親は外の世界から私を遠ざけるようになった。両親は私に魔術の使い方を教え、私は1人でも魔物を狩ることができるようになった。ときおり、ヒトが紛れ込んでくることもあったが、そういったときは私たちは身を隠し、ヒトがいなくなるか、魔物の餌食になるのを待ってやり過ごしていたんだ」
僕たちは黙って話を聞いた。おそらくノクティアは他人にこんな話をしたこともないのだろうが、懸命に話をしようとしているのが伝わった。
「やがてヒトだった父が死んだ。ヒトは寿命が短いからな。母はずっと若い姿のままだったけれど、父はすでにだいぶ老いていた。母もそれは覚悟していたんだが、それでもその悲嘆ぶりは酷かった。母はまともに狩りもできなくなり、私が狩りをして食べ物を確保するようになったんだ。そんな日々が続いていたんだが、今日私が狩りから木の上の家に帰ると、母の様子がおかしくなっていた。ダークエルフはもともと暗い肌の色をしているのだが、母の肌が真っ黒に変わっていたんだ。声をかけても反応しなかった。私はどうしていいかわからなかったが、私の力ではどうにもならないことだけはわかった。それで母を外の世界に連れて行こうと木から降りたんだが……そこで私は意識を失って……気がついたらあなたたちがいた」
<<では誰に何をされたかは覚えていないんだな?>>
「わからない。あなたたちは何か見たのか?」
「うん、仮面を被った8本足の人たちが君に何かしているみたいだった。心当たりはある?」
僕が見たものを伝え、尋ねる。
「魔物か? 蜘蛛型の魔物は見たことが8本足の人型の魔物は見たことがないな……」
「そんな姿だけど、おそらく魔物ではなさそうだった。何というか、知性がある感じで、君を魔物に変えようとしていたと思う」
「私を魔物に!? そんなことができるのか?」
<<理論的には可能だな。おそらく高濃度の魔素を体内に入れられたんだ。大気中の魔素とは比べものにならない濃度の魔素だ>>
「そんな……まさか母も……」
<<おそらく同じことをされたな。そして魔物化が失敗したんだな。おそらく魔素注射はヒト族の血にしか反応しない。そう考えると彼らの目的は最初からノクティアだった可能性が高い。お母さんは間違われたんだな。残念だが、魔物にならず、魔素だけが体内に蓄積された状態であれば、魔物の餌食になってしまった可能性が高いな>>
「……いずれこんなことになるんじゃないかとは思っていた。母は父が死んでから生を諦めている節があったからな。長寿の宿命を呪っていたよ。母は本当に父を愛していた。母自身が死を呼び込んだんだと思う」
「本当に残念だったね……」
それ以上、僕は何も言えなかった。
「それにしてもあの異形の者たちは何者なんだろう。以前、マーガレットが現代魔族がゲセナー侯爵を魔物化したって話していたけれど、関係あるのだろうか」
<<町に戻ってマーガレットたちと情報交換しよう。まだ手掛かりが少ない>>




