第三十二話 決闘
「ユウマさんには何の得もないように思うんですが、それでも決闘を受けられるんですか?」
ヴァイスがなおも聞いてくる。
「もちろんです。もし僕が負ければ、討伐証明をリュウジに譲ります。もちろんいただいた報奨もすべて取り消していただいていいです。ただ、もし僕が勝ったら無条件でリュウジを終身刑にしてください。賢者、いやこいつももう賢者じゃないですね、ケントも同様にお願いします。この国で最も待遇が悪い牢獄でお願いします。彼らの財産もレッドドラゴン討伐戦の遺族に分配してください」
「なんでボクまで!?」
「自分の胸に聞け」
賢者も同罪だ。リンネを侮辱したことも忘れていないぞ。
「ほかの2人はいかがしましょう?」
「剣聖と聖女は勇者の言うことを聞いていただけだと思いますので、言い分を聞いて公平に裁いてください」
勇者はニヤニヤしている。自分の思うようにことが運んでほくそ笑んでいるのだろう。
「ユウマ……」
リンネが心配そうに僕を見る。
「問題ない。大丈夫だ。僕は1ダメージすら受けないさ。むしろリュウジに『ソウル・プロテクト』をかけてやってくれないか? あいつを簡単に死なせるわけにはいかない」
「ちょっと待て。イカサマは許さないぞ。事前に変なスキルをかけるつもりだろう?」
賢者が横槍を入れてくる。
「スキル鑑定させてもらおう」
そう言って、賢者がリンネに向けて「アプレーザル」のスキルを発動した。
「ふむ、『ソウル・プロテクト』は確かに生命を保護するスキルのようだね。ますますこの猫耳奴隷が気に入ったな。だけど、念のため、両者に同じスキルをかけるべきでは?」
「僕はどちらでもいい」
「ユウマ、念のため、あなたにもかけさせて……ね、お願い」
「そうだね、同じ条件で公平にやるべきだな」
僕は受け入れることにした。
「おっと、手が滑った。『アプレーザル』」
と、ケントが僕のほうにも鑑定スキルを発動した。
「はははは、弱っ! リュウジ、楽勝だぞ。ステータスもクズだし、スキルもふざけたゴミみたいなやつばっかりだ。ふーっ、ちょっとびびって損したぜ」
しょせんエセ賢者ということか。『愚者』の固有リソースのことは知らないか。気づいていても勇者の固有スキルと同じで仲間がいないと発動しないとでも思っているのか? あいかわらず愚かな「賢者」だ。
「え? そうなの? 私、騙されてたの?」
ヴァイスが不安そうに僕を見る。
「すぐにわかりますよ。ケントも『賢者』のジョブにふさわしい人間ではなかったこともね」
「ああ、あの賢者もどきも役立たずだということですね。わかりました。こちらで責任を持って、やつらにふさわしい牢獄に投獄しますので、心置きなく戦ってください。さあ、じゃあ、皆さん、場所を空けましょう」
ヴァイスが皆を下がらせる。
城門と城の間には広い空間があるから、決闘にもおあつらえ向けだ。
城門側にリュウジ、城側に僕が対峙し、左右に観客が並んだ。
騒ぎを聞きつけたほかの貴族や城兵たちも集まり、観客は何十人にもなっていた。
リンネが僕とリュウジに「ソウル・プロテクト」をかけて、心配そうに僕を見ながら、観客側に下がっていく。
「ちょっとウォーミングアップさせてもらうぞ」
「ふん、俺はウォーミングアップなんていらんぞ。魔物は待ってはくれないぜ。『愚者』丸出しだな」
リュウジが笑う。
かまわず僕は「ケイオス・ライオット」を発動する。
両刃グレイヴを何もない空間で振り回す。
「おいおい、えらい大振りだな。そんなのが当たるとでも思ってるのか?」
リュウジが笑う。勝ちを確信しているのだろう。
「大丈夫だ、リュウジ。あのスキルには何の効果もない。1人で暴れるだけだ」
僕がスキルを使っていることにケントが気づき、リュウジにアドバイスをする。1体1の決闘に口を出してくるのはどうかと思うが、そのアドバイスはリュウジを追い込むことになるぞ。
「ふん、そんなのはどうでもいい。何をしたところで俺が負けるはずがない」
僕は黙々とディストーションを稼いでいく。
「なげーな、おい。もういいだろう? おまえが無駄に疲れるだけだろうが。何したって結果も変わらねえよ。もうやるぞ」
<<〈ディストーションレート:67%〉>>
十分だ。
「いいぞ、こい、クズ野郎」
最大限の侮辱を込めて言う。挑発の意図もあるが、本気で僕はこの勇者もどきを軽蔑している。
ふと、前世で僕を刺し殺した男が転生がこの男に転生したのではないかという思いがよぎる。すると、より強い蔑みの感情が湧き上がってくる。
「『愚者』ごときがなめてんじゃねえぞ。手足を切り落として人間をやめたくなるほど絶望させて苦しめてぶち殺してやる」
僕の苦悶の様子を想像しているのか、笑いながらリュウジがこちらに突っ込んでくる。
さすが元勇者だ。「速さ」も申し分ない。レッドドラゴンにはまったく歯が立たなかったものの、よほど恵まれたステータスなんだろう。長大な剣を低く横に構え、すさまじいスピードで迫ってくる。
まずは僕の両足を斬り取って逃げなくさせようというところか。
「ブレイブ・スラーーーーーー」
リュウジが勇者のスキルを発動しようとする。
「スタンブル」
「シュ!?」
元勇者の剣は空気を切り裂いていた。
その足は破裂し、血肉が飛散し、僕にも一部の肉片と血が届いた。
残った胴体は、ものすごい勢いで飛んでいき、僕の背後の城壁にまで飛んで衝突し、叩き潰され、ずるずると城壁を落ちていった。
「スタンブル」は愚者の初期スキルで、対象を必中でつまずかせるだけのスキルだが、速いスピードで動く敵にディストーションを載せて発動すると、猛スピードで頑強な巨石にぶつかったような衝撃をもたらすのだ。
「愚者」の初期スキルだけで倒されるとは……勇者って何なんだ……
僕は城のほうに歩いて近づき、潰れたリュウジの上半身を見やる。
ソウル・プロテクトのおかげで命をつなぎ止めたため、身体が修復されてきている。
死ぬことがどれだけ苦痛に満ちているかわかっただろう。死んで生き返る苦痛はさらにきつい。
僕はそれをレッドドラゴン戦で何度も経験して知っている。
「僕は自分が『愚者』と認識しているバカだけど、おまえは自分がバカだと自覚もできないバカなんだ。それが僕とおまえの最大の違いだよ」
リュウジは弱々しく呻いた。




