第二十五話 賢者とレッドドラゴン
ヴァンダレイ山頂に至る道を、討伐隊の一行は隊列を組んで進んだ。
僕たち以外の冒険者や騎士団員たちが前線に立ち、露払いをしていく。さすがに実力者揃いで、強そうな魔物たちも大きな苦労なく倒していった。
その様子は本当に見事だった。
僕たち「ラスティ・ジャンク」とロズウェルはその後に続き、最後尾に勇者パーティーの4人が続いた。
生贄を守りつつ、主力の勇者パーティは温存するということだ。
やがて山頂が見えてくる。
先頭を行く冒険者たちと騎士団のおかげで、ほとんど体力の消費もなかった。
遠くからでも一目でドラゴンとわかる巨大な影が見えた。
山頂には、植物がほとんどなく、ドラゴンが均したのか平地になっており、戦闘しやすい地形に見えた。
近づくにつれ、その巨体がはっきり見えてくる。
ドラゴンは……眠っている……
これはガーゴイルと同じで、ディストーションが簡単に溜められるのでは……?
しかも20体もの石像に紛れていたガーゴイルと違って、相手は単体だ。簡単に仕留める方法が、僕たちにはある……誰も犠牲にせずに……
「僕に任せてもらえませんか?」
勇者リュウジに持ちかけた。
「あ?」
「僕たち『ラスティ・ジャンク』なら誰も犠牲にせずにレッドドラゴンを仕留められます」
「何言ってんの? クズがまだ立場がわかんねえのか。おまえ、勇者の手柄を横取りしようっての? そもそも誰がおまえみたいなクズがドラゴン倒せるなんて信じるの? 何、今さら命乞い? 何企んでんだ、クズが。マジでイライラするわ、こいつ」
勇者が拳を振り上げる。
が、僕を殴ることはできない。
勇者が自ら仲間を傷つけても「ブレイブ・ハート」は発動しない。僕へのダメージの加算はその分「ブレイブ・ハート」にとって損失になるのだ。
「おい、ケント、ドラゴンを起こせ」
勇者が賢者に指示を出す。
「は?」
「いいから、起こせ。ドラゴンが起きて仲間が攻撃されなきゃ『ブレイブ・ハート』が発動しないだろうが。作戦開始だ」
「いいけど、ボクが倒しちゃったらごめんね」
チッと勇者が舌打ちする。
こっちが舌打ちしたいところだ。自分のことは棚に上げることになるが、初めて愚かな人間を恨めしく思った。
おまえのその判断のせいで犠牲者が出てしまうかもしれないんだぞ。
「やめろ!」
僕は賢者を止めようとすると、勇者が僕を羽交い締めにして押さえ込む。
力ではとても敵わない。
賢者が詠唱を始める。
クソっ!
こうなっては、賢者が攻撃して一発で倒してくれるのを祈るしかない。
<<リンネ、ユウマ、準備しろ。リンネは「ソウル・プロテクト」をユウマに。MPが続く限り、ユウマが攻撃を受けるたびにかけるんだ。ユウマは「スピリッツ」を発動だ。死ぬほどキツいと思うが死にはしないからがんばれ>>
「ソウル・プロテクト」
「スピリッツ」
覚悟は決めた。やってやるぞ。
「うん? なんだ今の声は? なんだか知らんが無駄なことだ」
勇者が僕たちを嘲笑う。
アイマのことは気づかないでいてほしいが……
「アクア・ランス!」
詠唱を終えた賢者が強力な水属性の魔法を放つ。
鋭い水の槍がドラゴンを貫く……はずが、槍はドラゴンの皮膚に当たると、瞬く間に蒸発し、水煙が立ち込める。
水煙で視界が閉ざされる……
「ははは、賢者も大したことがないな。さあ、おまえらドラゴンに向かっていけ」
勇者が僕をドラゴンの方に向かって蹴り飛ばし、自らははるか後方に退避していく。
一緒に剣聖と聖女と思われる女性2名も後退していく。
霧が晴れると、ドラゴンはすでに目を覚まし、立ち上がっていた。
恐ろしい音量の咆哮。
皆、作戦どおりの配置に就けていない。
魔法部隊も近すぎる。
これは意図的なものだ。
勇者は僕たちだけじゃなく、他の冒険者も「ブレイブ・ハート」の糧にしようとしているんだ……
賢者の姿はない。魔法の攻撃が通らないことを知って離脱したのか?
確かにここに止まればドラゴンの、いや、「ブレイブ・ハート」の餌食にされかねない。
作戦どおりにはならなかったものの、歴戦の冒険者たちはさすがで、すぐに体制を整えた。
前衛職のメンバーは、魔法使いたちの魔法の軌道を確保するために散会し、両側面に回る。
ドラゴンの正面には僕がいて、後ろにはリンネとロズウェル。少しだけ離れた後方の左右に魔法使いたちが配置を取る。
素晴らしい判断だ。今とれる最大限の陣形だろう。
「リンネ、ロズウェル、君たちは僕の後ろで伏せていてくれ」
魔法使いたちが一斉に詠唱を始める。
「いくぞ!」
僕は両刃のグレイヴ を手にドラゴンに攻撃を仕掛ける。
刃は簡単に弾かれる。硬すぎる……鋼鉄を叩いているようだ
気づくと目の前に巨大な爪が迫って顔面から胸と腹までえぐる。
グぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!
燃え盛るような痛みが襲う。こんな痛みを今まで感じたことはない。それなのに死ねない!
<<「ソウル・プロテクト」していても肉体は一度死ぬからな。痛みと恐怖に勝たないといけないぞ。〈ディストーション・レート: 0%->13%〉>>
これは文字どおり地獄だ。生きているのがこんなに辛いとは……1,300ダメージ食らったってこと? 僕が何回死ねるダメージなんだ。
「ソ、『ソウル・プロテクト』」
リンネが泣きながらスキルを発動する。
一呼吸おいて、詠唱を完了した魔法部隊の魔法攻撃が両脇後方から一斉に放たれる。
水属性の魔法ではなく、氷魔法、雷魔法、土魔法など、あらゆる属性の魔法が全てレッドドラゴンを目指して飛んでいく。
また凄まじい霧や煙が立ち込め、視界が完全塞がれる。
<<リンネ、ロズウェル、伏せておけ! ブレスがくるぞ。ユウマはすまんが立ったままで盾になって守ってやってくれ>>
「え? 誰や」
「私たちの仲間です。いいから伏せていてください」
視界が晴れないまま、目の前に突然豪炎が襲いかかり僕の全身を焼く。それでもリンネたちにダメージが及ばないよう気合いで立ち続ける。
立ち続けられるのも「スピリッツ」のおかげか……残酷なスキルだ……
<<〈ディストーション・レート: 13%->24%〉>>
リンネがまた「ソウル・プロテクト」を僕にかける。
視界が晴れていく。
レッドドラゴンは……無傷だ!
ここまで強大な魔物だとは……
周りを見回す。
何人もの魔導士たちが焼け焦げて倒れている。
犠牲者が出てしまった……
いよいよ、愚かな勇者への怒りが募っていく。




