第二十二話 狂人たちの宴
会議を終え、僕たちは宴会場に案内された。
会議場と同じように大きなテーブルにはきれいに皿やグラスが並べられていた。
やはりモーファン王を中心に、(たぶん)偉い人たちから順に席に座り、僕たちは末席に座る。
席に着くと、料理が運ばれてくる。見たこともないような肉料理や付け合わせがプレートに載せられていて、見るからに贅沢な料理だ。
横を見るとリンネがまた目を輝かせている。
「私も食べていいの? こんな料理食べたことない」
「そりゃそうだろう」
リンネの嬉しそうな顔を見るとこちらまで幸せになる。
「獣人の奴隷なんぞ連れて王都の城内にまで入れるとは、恥を知れ」
前に座っていた父が言う。
「まあまあ、父上。これが最後の晩餐なんです。最後くらいいいじゃないですか」
兄が言う。兄、サイウスは僕より3つ年上で、僕とはあまり仲が良いとはいえなかった。
喧嘩するようなこともなかったが、それは兄が僕に無関心だったからで、場合によっては仲が悪いことより関係が希薄と言えるかもしれない。
実際同じ家にいても他人のように感じることが多かった。
「奴隷ではありません。同じパーティーの仲間です」
「久しぶりだね、ユウマ、無事で何よりだよ」
奴隷発言は撤回されず、サイウスが話しかけてくる。兄は僕が父に捨てられた事情を知らないのだろうか?
「ありがとうございます。ところでなぜ兄上たちはここにいらっしゃるんですか?」
「兄じゃねーだろう! 『愚者』の弟なんていた覚えはねーよ!」
知ってるのか……
「失礼しました。サイウス様はなぜここにいらっしゃるんですか?」
「俺も合同討伐に参加するんだよ。王国騎士団の代表としてな」
「ああ、そうですか。ご立派です。じゃあ、明日の討伐はよろしくお願いします」
「ふん、ちゃんと俺のために壁になって死んでくれよ。汚ねぇ、獣人の奴隷も一緒にな」
兄がこんな感じの人間だとは思わなかった……兄のことはよく知らなかったが、本性はこういう人だったんだな。
僕はともかく、リンネを侮辱されたのには腹が立った。
僕が憤然として抗議をしようとすると、リンネが僕の手を押さえた。
リンネが首を振る。
なおも僕が言い返そうとすると、誰かが背後から僕の肩を強くつかんできた。
「『愚者』と聞こえたが、空耳か? そんなゴミジョブがなぜこんな大事な作戦に参加するんだ?」
振り返ると、僕と年があまり変わらなそうな男がいた。
「すみません……どちら様でしょうか?」
「賢者様だぞ! 頭を下げろ」
サイウスが言う。
「いいんですよ。明日死ぬ『愚者』に頭を下げられてもねぇ……あ、ボクは賢者のケントです。よろしく……してもらわなくていいか。ははは」
うーん、感じ悪いなぁ。
「『愚者』はどうでもいいんだけど、ボクは猫耳が大好きでね。君の奴隷を譲ってくれないか?」
「だから奴隷じゃないですよ。同じパーティーの仲間なんです。お譲りすることはできません」
「奴隷じゃない?」
ケントは不思議そうに僕とリンネの顔を見る。
「まあ、いいや。どうせ明日死ぬんだし、今日何されたっていいだろう? 最後に賢者様のお相手ができるんだぞ、猫族の売女も嬉しいだろう、なあ?」
とリンネに同意を求めるが、リンネは顔を逸らす。
いたたまれないな。亜人はいつもこんな扱いを受けるのか……
「『賢者』と言う称号は魔力だけでなく高い知性と品位がある方が持つと聞きます。人を見下して侮辱するようなあなたにそんな知性も品位もあるとは思えません」
「ああ?? 何様のつもりだ、おまえは」
とケントが何か詠唱を始める。
僕は反射的にリンネの前に立つ。
「おい、ケント、よせ」
と、また別の男が入ってくる。この男は……勇者か……
「宴会場ごと吹き飛ばすつもりか? 明日の決戦までは皆生かしておかなきゃいけないだろう?」
「リュウジか、くそっ。何でおまえのために我慢しなきゃなんねーんだ」
とりあえず引き下がってくれるか。助かった……
「ありがとうございます……」
「『愚者』ごときが俺に口を聞くな」
え?
「俺もさっきからおまえが気に食わなかったんだ。勇者様や賢者様に対して、敬意が足りないんじゃないのか?」
何、この人?
すると、勇者が僕のみぞおちのあたりを突然殴ってきた。
僕はその場に崩れ落ちる。
一瞬、場が静まり返る。
が、次の瞬間、大きな笑いと拍手喝采が会場を埋め尽くす。
勇者が愚者を殴っただけ。正義が悪に制裁を加えたところを見て、胸がスッとしたといったところか。
<<ユウマ、「ケイオス・ライオット」だ>>
喧騒を利用してアイマが胸ポケットから指示を出してくる。
「ケイオス・ライオット」
倒れたまま、僕は四肢をバタバタさせた。まるで駄々をこねる子供だ。
勇者は一瞬怯んだが、残忍な目の光がさらに強くなった。
弱者を痛めつけて快感をえるタイプの人間だ。
勇者が僕の体を蹴り上げると、信じられないくらいの高さに宙を舞う。
遠くでリンネの悲鳴が聞こえた。もしリンネまで悲しい気持ちになってしまっていたら申し訳ないな。
バカな僕でもわかった。賢者を止めたのは、僕のためなどではなく、賢者の獲物を横取りするためだったのだ。
「リュウジさん、素敵な見せ物をありがとうございます」
今度はヴァイスが割って入ってきた。
「皆さん、お料理が冷めてしまいますので、どうぞお召し上がりください」
<<「ケイオス・ライオット」はここまでだ。「リリーフ」をしておけ>>
「リリーフ」発動。
痛みが引いていく。僕もレベルが上がって、多少の耐久度はあるようだな。
「最後の晩餐も楽しめず、残念だったな。生きている価値もないってことだ」
サイウスが大声で言った。
今度はヴァイスが近づいてくる。
「まさか『愚者』を寄越すとはな。ウィルクレスト・ギルドめ。ギルマスはラッセルだったか。あるいはマーガレットの嫌がらせか? どうせ死ぬなら、死んでも影響がないやつを選んだってことか? おい」
ヴァイスが会場の入り口付近に待機していた城兵を呼んだ。
「馬小屋に放り込んでおけ。逃げないように見張っておけよ」
僕もリンネも城兵に連れられ退場させられる。
勇者が背後から最後の追い打ちをかける。
「逃げるなよ! おまえらは作戦のための大事な生贄なんだからな」
また拍手喝采。
連れて行かれたのは馬の厩舎だった。今晩はここで寝ろということらしい。
悔しい気持ちでいっぱいだった。




