第十五話 侯爵家の逮捕劇
「何事!?」
奥の扉から、真紅に金の装飾が煌びやかに施されたドレスに身をまとった女性が出てきた。胸には宝石をたくさんあしらった首飾りを身に着けている。
セリーナだろう。さすがに石像が破砕されたり、ガーゴイルが壁に突っ込めば、轟音で驚いただろう。
マーガレットとは違うタイプの美人だが、かわいらしさがあり、アルフレッドもこちらのほうが気を許しやすいかもしれない。
僕たちは彼女のほうを向き、歩を進めて近づいていく。
セリーナは崩れた石像の残骸を見回し、壁にめり込んだガーゴイルを目にして、明らかに狼狽していた。
侵入者がやってきて、A級の魔物がやられるとは想像もしていなかったのだろう。
セリーナは近づいてくる僕たちに気づき、後ずさった。
「何なのあんたたち! 侯爵家に逆らってただで済むと思ってんの!?」
「セリーナ様こそ、なぜ魔物を屋敷内に入れているんですか?」
リンネが問い詰める。
カランビット・ダガーを握った手が震えている。
「魔物を護衛にしてはいけないなんて法はないでしょう?」
「あの魔物はジョセフ様なんですか?」
「何ですって? ……何をおかしなことを言っているの? どうしたらヒトが魔物になるのよ」
セリーナは悪びれもなく答える。
実はマーガレットの推測が間違っていたなんてことある? でもガーゴイルは本当にいたしな……まともじゃないことは間違いない。
とはいえ、僕らも勝手に侯爵家に入り込んで石像壊しまくってるし、ひょっとしてとんでもないことにしちゃった!?
「お部屋を拝見してもよろしいですか?」
「ダメに決まってるでしょうが。なぜ私の私室をあんたなんかに見せないといけないの?」
「ゲセナー侯爵を魔物化させた証拠を押さえるためですよ」
「何をバカな……」
そう言いながら部屋に引き返そうとするセリーナに、リンネが素早く接近し、背後に回った。
「ユウマ、アイマ、部屋を調べて」
「え? もう一人いるの? どこ? ……ちょっとやめなさい」
僕は部屋の扉に近づく。
セリーナは僕を阻もうとするが、リンネが押さえ込む。
「汚い手で触るんじゃない!」
セリーナが手を上げようとするが、リンネがその手を掴む。獣人の冒険者の力に全く太刀打ちできないようだ。
僕は部屋に入る。胸ポケットにはもちろんアイマも入っている。
部屋はやはり広かったが、そこかしこに書類や機器、薬品らしきものが散乱していた。
貴族階級の女性らしさはあまり感じられない。
<<強い魔素反応があるな。奥のほうだ>>
一瞬で捜索をあきらめかけていた僕に、アイマが話しかけてきた。
魔素反応とかもわかっちゃうって、やはりアイマはすごいな。
言われたとおり、部屋の奥のほうに進むと、厳重に施錠された鉄製の箱が見つかった。
<<開けるのは難しそうだが、まず間違いないだろう。ヒトを魔物化させるモノがそこに入っている。
僕は部屋を出た。
セリーナはまだリンネと揉み合っていた。
「早かったわね。何もなかったでしょう?」
「鉄製の箱の中に魔物化の証拠がありました」
「は? どうやってあの箱を開けたのよ。っていうか、何であれのことを知っているの!? ふん、まあいいわ。あんたたちが勝手に運んできて私に濡れ衣を着せようとしたことにすればいいわ。ゲセナー侯爵家を舐めるんじゃないわよ」
「話は聞かせてもらいました」
男たちが広間に入ってくる。
憲兵だ。手はずどおり、マーガレットが手配してくれていた。
リンネがセリーナの首飾りをするりと取ると、その先に鍵が下がっていた。
「ちょっと、ふざけるんじゃないわよ! この泥棒猫が! 奴隷の分際で何をするのよ!」
憲兵の後を追って、また一人貴族らしき男が入ってくる。
「ア、アルフレッド!」
セリーナが叫ぶ。
「セリーナ! え? リ、リンネ!?…何で生きているんだ」
反応を見る限り、アルフレッドは「ノーブル・エッジ」からの報告はまだ受けていないようだな。あいつらどこに逃げたんだか。
「アルフレッド、この泥棒猫の奴隷に言うことを聞かせて、この憲兵どもを皆殺しにさせるのよ!」
「いや、あの、リンネの奴隷契約書はマーガレットに譲っちゃったし、こいつは死んでるはずで……」
「何なのよ! この役立たずが! あんたも魔物にしてやればよかったわ!」
ゲセナー侯爵家はこれで終わりだな……これでマーガレットからの依頼は完遂だ。




