第十二話 古の魔族と現代魔族
「なぜ古の魔族を復活させようなんてしているんですか?」
「これは私の推測ですけれども、おそらく彼らのビジネスのためだと思います」
ビジネス……?
「私たちにとっては古の魔族も魔物も脅威でしかないですが、現代魔族であれば、たいていの古の魔族や魔物は手懐けられると思っているんでしょうね」
「だからってなんでビジネスになるんですか?」
つい聞いてはみたものの、全然話についていけそうにない。
「そうね、あなたたちにはわからないわよね。貴族でも世界の情勢は伯爵以上でないとほとんど知らないですものね」
この世界には魔族もエルフもドワーフも亜人もいることは知っている。
しかし、彼らがどういう社会でどんな生活をしているのかは確かにほとんど知らないな。
「現代魔族は、信じられないような魔導機械や兵器を開発して、運用しているわ。あなたたちには想像もできないような生活をしているし、戦って勝てるような相手でもないわ。私たちヒト族のことなんか眼中にないですし、せいぜい放牧された家畜程度にしか見なしていないでしょうね」
魔族が北方の広大な領土でとても豊かな暮らしをしていると噂には聞いたことがあるけれど、そんなにすごいのか。
いつか見てみたい気もするな。
いや、嘘。魔族がたくさんいるところなんて怖くて行けるわけがない。
「それで、そうした魔導機械は、魔素を動力源として動いているの。ただ、無尽蔵に魔素を使いすぎたせいで、使える魔素が枯渇してきているのよ」
「それが古の魔族と何の関係があるんですか?」
今度はリンネが尋ねる。
「古の魔族や魔物には魔素の生成器官があると言われているわ」
「え? まさか……」
え? リンネは何かわかったの?
「そう、現代魔族は古の魔族や魔物から魔素を抽出しようとしているのよ。彼らは生きている限り無限に魔素を生成するのよ、言ってみれば、『生きた魔素生成器』ね」
何だって? つまり本当にヒト族を家畜に変えて、魔素を搾り取ろうってことか?
「私はアルフレッドの婚約者として、何度もゲセナー侯爵のお屋敷に訪問していたんだけど、あるときからアルフレッドの様子がおかしくなったの。あ、女好きは昔からよ。私も愛情があったわけではないから、別に気にしていなかったわ。でも、私も女の一人として、アルフレッドは親しげ……いえ、馴れ馴れしく接してきていたわ……それが急に私への態度がよそよそしくなってね。何かおかしいと感じたわ。そこでセリーナという女の存在に気づいたの。何人もの女性に手を出していても私への態度が変わることはなかったのに、セリーナが現れたことをきっかけにアルフレッドは変わってしまったのよ……私は何かおかしいと思ってセリーナを注視したわ。お屋敷にすでに何人も仲間を作っていたのでね、不審な点があれば情報が入ってくるようになっていたの。そこでゲセナー侯爵家に複数の魔族が目撃された報告が来たわ。そしてその周辺には必ずセリーナがいた。私が調べて推測した結果はお話ししたとおり。ゲセナー侯爵を魔物にして、魔素抽出の実験をしつつ、アルフレッドを骨抜きにして、ゲセナー侯爵家を掌握することに成功したのね。最悪の場合、この町は古の魔族と魔物の生産拠点になるでしょうね」
「それを止めることがご依頼の目的ということですね?」
話を聞いていて、何だか頭が疲れたがそういうことだろう。
「そう、それにセリーナは大きく見誤っていることがあるわ。古の魔族の中には、現代魔族では手に負えないほど大きな力を持っている者もいるわ。万が一、そんな者が復活したら、この世界がどんなことになるか……」
いや……ちょっと「ラスティ・ジャンク」なんかの手に負える話ではなくなってきてない??
「ガーゴイルと、できれば他の魔物も討伐して、セリーナの悪事の証拠をつかんで。セリーナを追放するだけじゃなくて、同じ企みを持つ現代魔族を根絶やしにするために、このことを世間に知らしめないといけないの」
<<ふむ、話はわかった。任せてくれ>>
おい、アイマ……
<<ところで、こいつらがゲセナー侯爵家の屋敷に侵入するための策はあるんだろうな? まさか正面から突撃させるわけじゃないよな?>>
「先ほど言いましたよね? 私にはゲセナー侯爵家に協力者がたくさんいるんです。門番に受注書を見せれば、うまく内部に案内してもらえるわ。ガーゴイルーーゲセナー侯爵が幽閉されている場所も彼らが把握している」
「あの……どうしても討伐しなければいけないんでしょうか? 私はジョセフ様には大恩があるんです……」
「もうゲセナー侯爵は存在しないわ。そこにいるのは魔物なの。それに彼を倒さなければ、セリーナの悪事の証拠手に入らないわ」
「でも……」
「ゲセナー侯爵は聡明で誠実な方でした。自分が魔物になって人を傷つけることも、魔素生産器となるとも望んでいないわ。それをわかって」
無表情だったマーガレットは初めて少し悲しそうな表情をした。
僕もリンネも覚悟を決めなければならなそうだ。
行く前にもう一つ聞いておかないといけないことがある。
「リンネの首輪は取れるんですか?」
「ああ、そのことね。ちょっと待ってて」
そう言ってマーガレットが広間を出ていく。
しばらくして戻ってくると、一枚の紙を手にしていた。
「これはリンネの奴隷契約書よ。あなたは私の奴隷なのよ」
僕もリンネも訳が分からず、言葉を失う。
「婚約破棄の慰謝料の一部として奴隷を何人か譲り受けていたのよ。書類だけ先に預かっていたんだけど、後から奴隷が送られてくる予定だったの。アルフレッドが私にリンネを渡すのが癪で追放したのかもしれないわ。もしそうだったら私のせいね。ごめんなさい」
「お詫びとして奴隷契約を解除するわ」
そう言ってマーガレットは契約書の上に手を添えた。
「ディゾルブ」
契約解除の呪文を唱えると、奴隷契約書の文字が消えていき、やがて白紙になった。
同時にリンネの首輪がカチャリと音を立てて、錠が外れた。
<<ほら、何とかなっただろう?>>
「アイマの力じゃないだろう……」
「私の奴隷は何人かまだ屋敷に残っているはずよ。リンネのように追放されていなければ彼らも助けてくれるわ」




