プロローグ
「頭が悪い」と言われすぎて、もはやそれが僕を侮辱する言葉なのか、ただの呼称なのかもわからなくなってしまった。
根性がない、怠惰だと言われることも多かった。
確かに普段から必死に努力してきたとは言わない。だが、「努力できる」のもその人の資質の一つだと思う。
世の中には努力しようと思ってもできない者だっているのだ。
自分ではやれることはやってきたつもりだ。
名前は知られていない三流以下と言われるものの、大学も卒業した。
しかし、売り手市場と言われているにも関わらず、就職活動では箸にも棒にもかからず、新卒無職となり、晴れて「フリーター」となった。
この社会が簡単なものでないことを知った。
あまりにパッとせず、22歳になっても彼女ができたこともない。
趣味と言えばラノベのコミカライズ作品を読むことくらいだが、周りに同じ趣味の友達もおらず、というか一人が好きなので友達を自分から作ろうとも思わず、典型的なぼっちだ。
社会的に弱者と言って間違いないだろう。
だが、僕以上に酷い状況の人たちも世の中にはたくさんいるだろうし、僕に能力があればそうした人たちを助けて、世の中の役に立ちたいという気持ちはあった。
だから、この人生の最後にたった一人だが、人を助けられたのは良かった。
この世に生きた意味があったと思える。
その日、僕はコンビニの夜勤終わりで、アパートに歩いて帰宅する途中だった。
陽が昇ろうとする薄明の時間、僕の好きな時間だった。
家に帰って一眠りして、次の勤務時間が始まるまで、読みかけの漫画を読むのが、毎日の一番の楽しみだ。
と、道中の小さな公園で、何やら騒々しい声が聞こえた。
見ると、派手な格好の男が大笑いをしながら、ホームレスの男を蹴飛ばしていた。
横にはまた別の派手な女が、やはり笑いながらスマホで様子を撮影しているようだった。
ホームレスの男は何の抵抗もできず、呻いていた。
体がこわばった。
できれば関わりたくない。
本当にクソみたいな社会だと思った。
でも僕はこんな社会でも生きていかないといけないんだ。
やりすごそう。
足早に立ち去ろうとする。
僕ももし体や精神を病んで仕事ができなくなったらホームレスの男と同じような状況になるだろう。
救いようがないな……
「それくらいにしておいた方が良いんじゃないですかね……」
僕は何をしているんだ!
気づいたら体が公園に向かってしまっていた。
「ああ!?」
派手な男が睨みつけてくる。
めっちゃ怖いし、酒臭い。
朝まで飲んでたのか…
「……け、警察呼びますよ」
「何だと、コラぁ! やってみろや」
やりますよ。
スマホをポケットから取り出す。
「ふざけんなコラぁ!」
やってみろって言ったじゃん……
と、次の瞬間、腹部に温かいものが流れている感触があった。
見てみると、ナイフのようなものが腹に刺さっていた。
刺した男も急に青ざめ、その場を走って逃げ出す。
ホームレスの男もこちらを呆然と見つめていた。
ああ、これはダメなやつだな……
危険を理解していたにも関わらず、自分がこんな行動を取るような人間だとは思わなかった。
バカはバカなりにきっと役割があるのだろう。
大した能力もスキルもなかったけど、人を助けることができた。
自分の大した価値もない命を犠牲にしただけだ…
できればこの先、少しでもホームレスの男が良い人生を送ってくれるようであれば、僕も少しは生きた意味があったと思えるところだ……
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僕はブラッドランス家の次男、ユウマとして育ち、15歳になったところで、前世の記憶を取り戻した。
15歳、天啓を受け、自分のジョブが与えられる歳だ。
そして、そのジョブのせいで、僕の前世の記憶が呼び起こされたのだ。
父のガイウス・ブラッドランスは平民ながら、「騎士」のジョブを授かったことで功績を多く挙げ、男爵まで上り詰めた。
野心がとても強く、息子の僕に対する期待も大きかった。
長男レオンは「剣士」の戦闘系ジョブを授かり、期待に応えたと言っていいだろう。
ジョブが地位に大きく影響するこのヒト族社会では、15歳での天啓の儀は、人生の最初の大イベントなのだ。
父は僕を連れて教会に行き、司祭が天啓の儀式を行い、僕にジョブ名を告げる。
父も、僕も、それを聞いた瞬間の衝撃は凄まじかった。
ジョブ: 「愚者」
希少ジョブと言っていいだろう。
そのレア度は100年に一度とも、1000年に一度とも言われる。
悪い意味で……
伝説的な最弱ジョブとも言われ、覚えるスキルは、戦闘にも政治にも生活にすら全く使えないと言われる。
司祭は事務的に初期スキルを読み上げる。
『スタンブル』: 対象をつまずかせる。
『ケイオス・ライオット』: その場で暴れる。攻撃力補正なし。攻撃命中率補正なし。
愚者はあらゆる障害につまずき、ときに理不尽に暴れる。
それは何も状況を変えるものではなく、自分をおとしめるだけのスキルだ……
こんなスキルどう使えというのか…
教会でそのジョブ名を聞いたときの父の絶望した顔は一生忘れることはないだろう。
父は、馬車での帰り道、家にはまっすぐ帰らず、僕を道中に放り出した。
「お前のような馬鹿者を家には置いておけん。よりによって『愚者』とはな。万が一、生き延びてもブラッドランスの家名は出すなよ。おまえは我が家には存在しなかったのだ」
「馬鹿」という言葉が胸に刺さる。
その瞬間だった。
一気に前世の記憶がよみがえってきたのだ。
前世でもあまりに言われ慣れていた言葉だ。
異世界に転生してまでも、僕は「愚者」なのだ。
父はあえて魔素が多く降り注ぐガルム街道の真ん中に僕を放り捨てた。
人体への影響も噂されていたが、何よりも凶悪な魔物が出没する街道だった。
そんな中、僕は一人放り出されたのだ……