#3 2人の距離の縮めかた
社会人3年目のOL・宮下はるなは、新入社員の配属日を迎え、理想の先輩像を装おうと今日もコンプレックスの貧乳を盛る。そこに現れたのが、新入社員・星野かのん。小柄で儚げな雰囲気とは裏腹に、規格外の巨乳を自然に備えた彼女の姿に、はるなは強い衝撃を受ける。
配属初日のかのんは、総務課の先輩・はるなに付き添われて、制服のサイズを決めるために試着や採寸を行う。しかし、そこで明らかになるのは、既製品では対応できないかのんの身体。圧倒的な爆乳の存在だった。
測定を終えて距離が縮まったかのんとはるなは、業務の説明を通して互いの秘密を共有し、お互いに信頼できる関係となる。
「じゃ、制服のことは一段落。次は業務の説明を少しだけしようか」
「はい。よろしくお願いします」
午後、ふたりはオフィス内を歩いて回りながら、必要な棚や書類の保管場所、コピー機の使い方、そして総務課の主な仕事の流れを一通り説明していった。
「そういえば、新しいコピー用紙はどこにあるんですか?」
「むこうの備品の管理棚にあるはずだけど、どうしたの?」
「いえ、もう用紙がなくなりそうだったので」
(そんなとこまで見てたんだ……)
「ついでだし補充しとこうか」
「はいっ」
よく使う発注する在庫を紹介しつつ、奥にある備品棚に向かう。かのんは制服の在庫棚を意識してか視線を逸らしつつも、周囲の物品には興味津々といった様子で目を走らせていた。
「この箱がコピー用紙、とりあえず4箱でいいかな。けっこう重いから覚悟してね」
「わかりました」
お互いに2箱持ち上げる。かのんはダンボール箱の前にしゃがみこみ、両腕を差し入れて底をしっかりと抱え込んだ。箱の上には溢れるように大きな胸が乗っていて……、頬を赤らめながらよろよろと運んでいく。続いて、はるなが腰を落とし、どっこいしょと息を詰める。持ち上げた箱がちょうど胸の位置に来て、容赦なくその膨らみをぺったんこに潰す。そんな惨めな気持ちを捨てるように、淡々とコピー用紙を補充した。
席に戻り、入職者が多い時期なので提出書類の問い合わせが多いことなどを説明しつつ、実例としてかのんちゃんの提出書類を2人で記入していく。
(……なんか、いいな、こういうの)
かのんちゃんは書類を見せようと身を乗り出すと、胸がデスクの上に乗る。
髪の毛がふわりと肩に触れ香りがわずかに鼻をかすめる。
(……甘い、石鹸の香り……)
書類の説明をしながら、2人でかのんちゃんの入職書類を確認していく。私の指示に、彼女は素直に頷きながら、けれど真剣にメモを取りながら、その言葉を一言も聞き逃さないように耳を傾けていた。
(ほんと、地味なことでもちゃんと反応してくれる……素直でいい子だなぁ)
かのんちゃんが通勤経路の書類の欄に「○○駅 → ××駅」と記入しているのを見て、思わず口を出す。
「えっ、けっこう遠くない……?」
「えーっと、実家なんで……。電車一本で行けるので、まあいいかなって……」
「そっか。もし、本当に帰れなくなったときとかあったら、私の家ここから歩いて5分くらいだし、泊まりに来ていいからね?」
「……え?」
「女同士なんだし、ねっ?」
「は、はい……。あの……ありがとうございます……」
ペン先が止まり、上目遣いで私を見つめる。その顔が、一瞬にしてほんのり赤くなる。
「あと、社会保険の書類、履歴書、卒業証明書、マイナンバーガードの写し、健康診断の結果……も、ちゃんとあるね。ありがとう」
書類の束をめくっていく手がふと止まり、履歴書に目を落とした。そこに書かれた一文に、思わず視線が止まる。
「これ、履歴書……ちょっと見せてもらってもいい?」
「はい。あんまりすごいことは書けてないんですけど……」
かのんちゃんが小さく照れたように笑う。目を通しながら、思わず「へえ……」と感嘆の息を漏らした。
「大学、○○女子大……家庭科の教員免許、持ってるんだ。すごいじゃん」
「えっと、本当に持ってるだけで……。将来どうなるか分からなかったから、好きな分野で、資格だけでもって思って……」
「そういうの、大事だよ。確か2年間教職過程とらないとといけないでしょ? なかなかできることじゃないよ」
はるなは履歴書を追いながら、ふとした一文に目を止めた。
「……あ、部活、吹奏楽部だったんだ?」
「はい。中学からずっとで……大学でも続けてました。クラリネットで」
「へえ、すごい。あ、もしかして、教育実習とかでもその経験活きた?」
「そうかもしれません。……大学ではクラリネットパートのリーダーしてたから、全体のバランスとか、引っ張る立場の練習もあって……、そういうのが実習で授業するときも役に立ったかもです」
かのんちゃんが話すその口調は、どこか照れくさそうで、それでもどこか誇らしげだった。もっと知りたかった。話の続きを聞いていたかった。でも、このペースだと、初日から残業させてしまう。
ふと書類から目を上げ、かのんちゃんの横顔を見つめた。緊張しながらも、真剣に自分の申請内容を確認するその姿に、また少し惹かれる。
「で、これが制服の貸与申請」
「えっと、サイズ蘭が……」
「そこは備考欄に書いとくね。大丈夫だよ」
入職前の健康診断結果のうち、マンモグラフィが「要精査」となっている。
私の目線が話すよう促してしまったのか、かのんちゃんがぽつぽつと話しはじめる。
胸は脂肪や乳腺により構成されている。かのんちゃんは乳腺が多く、マンモグラフィでは画像が真っ白になってしまう。だから、他の検査を促す意味で、要精査となったらしい。念のため受けた超音波検査やMRIでは、特に異常がなかったとのことだった。
ちなみに、乳腺とは、母乳を出す器官。かのんちゃんは、それがたくさんある。
平静を装って話を聞いていたものの、そればかりが頭の奥にこびりついた。
書類の束のなかで、最後に手に取ったのは「誓約書」だった。
ページをめくりながら、口調を少しだけ引き締める。
「これが最後。……大事な内容が書かれてるから、ちょっと説明するね」
かのんちゃんもそれに気づいたように、改めて背筋を伸ばす。
「まずは、“ハラスメント”について。パワハラとかセクハラとか、言葉としては知ってると思うけど、職場では“相手が不快に感じたらそれがハラスメント”っていう考え方が基本」
「……はい」
「たとえば、“大きな声で怒鳴る”とか、“身体的特徴をからかう”とか……。本人が冗談のつもりでも、それがたとえ褒め言葉でも、受け手が嫌ならアウト」
「……なるほど」
顔を近づけて、耳元でささやくように言う。
「同性でもセクハラは成立するから、さっきの採寸のときのハグも、かのんちゃんが嫌だったらハラスメントになっちゃうね」
「……嫌じゃないです。むしろ、……えっと、何でもないです」
かのんちゃんの手が、書類の上でぴたりと止まり、その横顔には、少し考え込むような影が浮かんでいた。
「もし気になることがあったら、絶対に抱え込まないで」
「……相談できるところ、あるんですか?」
「うん。この下の枠に“社内相談窓口”って書いてあるの、見える?」
はるなが指差すと、かのんはすぐに頷いた。
「人事課に女性の担当者もいて、名前も連絡先もすぐわかるようになってるから。困ったら、私でもいいし、そっちでもいいし、とにかく誰かに言ってね」
「でもね……かのんちゃんが、もし誰かにひどいことをされたら、私が怒るから。絶対に!」
その一言に、彼女はぱちりと目を瞬かせ、私の顔を見つめた。次の瞬間、ふっと笑みが浮かんだ。
視線が重なった一瞬。静かな部屋の中で、どちらの息づかいも、やけに大きく響いていた。しばし沈黙が流れ、照れ隠しのために、私は視線を誓約書の後半に移した。
かのんちゃんも項目の見出しを指差しながら、真剣な目で文章を追っていた。
「これ、“守秘義務”って言ってね、業務中に知り得た個人情報や、内部の資料とか──そういうのを、外に漏らしちゃいけないってこと」
「関係者の名前とか、業務の内容とかですか?」
「そう。それに、職員同士の話でもね。“ここで知ったことは、ここだけの話”っていう意識が大事なの」
「……まあ、そうですよね」
「だから、たとえば、私がかのんちゃん身体のサイズ、誰にも言わないっていうのも、守秘義務」
「絶対に言わないでくださいね! 絶対に、絶対ですよ? 怒りますからねっ」
「もちろんだよ。でも、かのんちゃんも、さっきのことは秘密にしてね」
「……あんなこと、誰にも言いませんよ……」
「じゃあ、ここで話したことは、ぜんぶ2人だけの秘密、ってことにしようね、約束だよ」
「かのんちゃん、おつかれさま。初日、どうだった?」
「うん、ちょっと、緊張しましたけど……はるなさんがずっといてくれたので、安心できました」
そう言って微笑むかのんちゃんの横顔を、私はそっと見つめた。ふと、心の奥に浮かんだ感情。けれど、それを言葉にするにはまだ早い気がして、はるなはその思いをそっと胸の奥にしまった。
「じゃあ今日はこのへんで。おつかれさま、かのんちゃん」
「おつかれさまです……また、明日もよろしくお願いします」
そう言って軽く頭を下げるかのんちゃん。
何かが始まる予感だけが、確かに胸に残っていた。