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12/12

#10 スタート

それからの私たちは、毎日のように一緒に過ごすようになった。

早朝のウォーキング、日中は同じ部署で仕事、夕方にトレーニングをして、ご飯を食べる。

そして、週に何度かお泊まりするようにもなった。


いつものようにご飯を作りに来たかのんちゃん。エプロン越しでも、その胸のボリュームは隠しきれない。

スリムな腰回りとの対比が際立っていて、つい視線が吸い寄せられてしまう。

彼女が包丁を握っている手元を見ていたはずなのに、気づけばそのふくらみに目を奪われていた。

我に返って視線を逸らすと、ちょうど彼女がこちらを振り返って、呟いた。


「……やっぱり、私、本当に引っ越そうかなって」

「えっ、ついに?」

「はい……、ずーっとはるなさんの家にいますからね……。本格的にお邪魔してもいいですか?」

「もちろん! ご飯も運動も、一緒のほうが続くし。……それに、かのんちゃんと一緒にいたいから」


そう口にした瞬間、自分の声がいつもより少しだけ震えているのに気づいた。

「一緒にいたい」――ただの方便じゃない。その言葉に込めた気持ちは、ずっと胸の奥にしまい込んでいたものだった。

かのんちゃんがその意味をどう受け取るか、少し怖かった。けれど、今はもう引き返せないくらいに、彼女が私の日常になっていた。


少しの沈黙。やがて、かのんちゃんがそっと微笑んだ。


「……じゃあ、本当に、お邪魔しちゃいますね」

「ほんとに?」

「はい。私、家事はちゃんとやりますから」

「わー、それ助かる。じゃあ光熱費は折半で……」


そんな具体的な話をしているうちに、なんだか新婚生活の打ち合わせみたいになって、顔が熱くなる。

彼女の耳まで赤くなっているのを見て、余計にドキドキした。


「じゃあ、引っ越しは週末にでも」

「うん。その前に……」


彼女が真剣な目でこちらを見つめる。


「一緒に住むなら、はるなさんの現状をちゃんと知っておかないと」

「現状……?」

「ダイエットの目標を決めるために、採寸しましょう」


静かに伸ばされたメジャー。その先端がわずかに揺れるのを見ただけで、心臓が跳ねた。

言葉ではっきりと指摘されたわけじゃないのに、「現状」という一言が、胸の奥をじくりと突いた。

分かってる。自分の体型のことくらい、自分が一番よく知ってる。

だからこそ、好きな人の目の前で“それ”をさらけ出すのは、思っていた以上に怖かった。

見せたくない、でも知ってほしい。矛盾だらけの感情がぐるぐると渦を巻く。


「はるなさん、今どれくらいですか?」

「えっと……身長158センチで、体重は70キロ」

「……じゃあ、まずは60キロくらいを目指しましょうか?」

「うん……」

「月に2〜3キロ、半年かけて減らす感じですね。気になるところはありますか?」

「お腹……最近ますます増えてる気がする」

「じゃあ……採寸、しますね?」


かのんちゃんがそう言って、メジャーを伸ばした。

ひやりとしたテープが私の体に触れた瞬間、背筋がぞくんと震える。


「……バスト、93。アンダー85」

彼女の声は柔らかいのに、数字が突き刺さるように胸に響いた。

目の前のかのんちゃんと比べるまでもなく、その小ささが際立つ。アンダーを減らして、肉から乳に変えていきたい。


「可愛らしい胸ですよ。私は好きです」

耳元に落ちるその言葉に、心臓がぎゅっと縮む。


不意に、勤務初日に彼女を見たときの光景がよみがえる。あのときは私が一方的に見ていただけ。でも今は、彼女が私を真剣に見てくれている。数値を測るためとはいえ、その眼差しが少しだけ、特別なものに感じられた。


次はお腹。

「ウエスト85……腹囲、95」


メジャーが深々と沈み込む。むっちりと盛り上がるお腹の肉に、かのんちゃんの指が半ば埋もれる。

息が、浅くなる。指先が触れるたびに、恥ずかしさだけじゃない、もっと複雑で熱を帯びた感情が、波のように押し寄せてくる。

見られてる。数値としてだけじゃなく、私そのものとして。

彼女の手のひらが、まるで自分の弱さや傷を、そっとなぞるように感じた。

冷たいはずの感触が、逆に熱を帯びてとろけていくようで、思わず息を詰めてしまった。


胸より大きな数字を聞かされ、恥ずかしさで耳が熱くなる。けれど彼女は笑わない。


「ここは、重点的に減らしましょうね」

まるで労わるように、優しく言う。その声に救われながらも、体の奥で別の熱がじわじわと膨らんでいく。


「ヒップ……105」

最後に腰の一番張り出したところにメジャーを回す。

尻肉がむにりと形を変え、布越しにかのんちゃんの指先が沈む。そのわずかな食い込みに、抱きしめられているような錯覚を覚える。


「とても大きいですけど……これははるなさんの魅力のひとつです。あまり減らしたくないですね」

そんなこと、誰にも言われたことがなかった。大きなお尻はずっとコンプレックスだった。隠したくて、遠ざけたくて、見られるのが怖かった。なのに彼女は、それを「魅力」だと言った。

嘘でも、お世辞でもない、真っ直ぐな眼差しが胸に突き刺さる。

涙が出そうになった。けれど、こぼしたくなくて、ただ黙って俯いた。


「……本当に、きれいな身体で、全然恥ずかしくないと思います。すごく……綺麗です」

「そんな……」

「あのとき、はるなさんが言ってくれた言葉ですよ。おかげで、私も自分の体型に自信を持つことができました」

「はるなさん……少しずつ、一緒に頑張りましょうね」

「……ありがとう」

「私も、この胸、ちゃんとキープしなきゃなんですよ」

「えっ、そんなの気にする必要ないんじゃ……?」

「いえいえ。これ、垂れたら悲惨ですからね。ちゃんとケアが必要なんですよ」

「……ケア?」

「筋トレ、マッサージ、ナイトブラ、寝る姿勢。ぜんぶです」


少しだけ得意げに指を折って説明するかのんちゃんが、すごく可愛くて、ちょっとだけ色っぽかった。


「それに、胸で隠れてるだけで、お腹ぷにぷになんです。ただでさえ、ふっくらして見えるのに。服もサイズ選び大変で……」

「ああ、確かに……細いのに、すごい存在感だもんね。制服選びも大変だったよね」

「……からかわないでください」


ぷくっと膨れた唇が可愛くて、つい笑ってしまった。


「ふふ……同居はじめたら、サボれなくなるね」

「不束者ですが、よろしくお願いします」


その笑顔に、さっきまでの羞恥も、体型のコンプレックスも、少しずつ溶けていった。

恥ずかしさも、不安も、全部ひっくるめて彼女は受け止めてくれている。

この人となら、自分を嫌いにならずにいられる気がする。

「一緒に住む」――それは単なる同居じゃない。

私が私でいられる場所を、彼女がくれようとしている。

そんな気がして、胸がぎゅっと締め付けられた

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