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#1 大きな胸の見られかた

――小柄な身体に、釣り合わないほどの胸。


その子が事務室に入ってきた瞬間、空気がわずかに揺れた。誰も言葉にはしなかったけれど、視線は確かに、彼女に向いていた。


「本日からお世話になります、星野かのんです……」


声は控えめで、あまり通るタイプではない。

それでも、その存在は自然と目を引いた。


彼女は私よりずっと小柄で、身長は150センチにも満たないかもしれない。まるで抱きしめる前提でつくられたような、華奢な身体。

なのに、重心が狂ってしまっているみたいに、胸だけが前へ前へと主張している。そのアンバランスさが、不思議と目を離せなくさせた。


しかも本人は、猫背ぎみで、まったく強調する気配もない。無防備なまま、控えめな視線でこちらを見ている。

その姿が、かえって強く印象に残る。


(……あんな身体で、そんな顔する? 反則でしょ)


数分前の私とは、まるで正反対。就業前の更衣室で、「憧れの先輩」だと思ってもらいたくて、髪を整え、襟を直し、胸のラインを調節していた。


私は、下半身にボリュームが出やすい体型だ。昔からお尻ばかりが極端に目立ち、ウエストや腰まわりには余分な肉がつきやすい。だから、視線が上にいくように、バストラインを意識して見せるようにしてきた。

それは、私をつくるための日課のようなものだった。


でも、かのんちゃんは、何もしていないのに、すべてを持っている。


目を逸らすように、「完成」した自分の姿に視線を落とす。

パッドで誤魔化した胸、前にせり出したお腹と丸く存在感を放つお尻を、ガードルで押さえつけた私。


(……もう、嘘をつかなくてもいいのかな)


悔しさではなかった。ただ、心が少しずつ、ほどけていくのを感じていた。気づかないふりをしていた感情が、静かに息を吹き返していく。


彼女は今日から、私の後輩として、総務課に配属される。対面すると、その胸のボリュームに改めて圧倒される。


まだ制服が支給されていないから、ゆったりしたオフィスカジュアル。私もよく着る、体型を隠すには都合のいい服。なのに、そんな布地ですら、彼女の身体を隠しきれていなかった。


ふわっとしたベージュのカーディガンは、胸のあたりで張りつめていた。ボタンはすべてきちんと留められているのに、その隙間から白いインナーが覗いている。ほんのわずかな隙間なのに、どうしても目が吸い寄せられてしまう。

そして、淡いピンクのマーメイドスカートは、柔らかくて華奢な身体をふんわりと包む。歩くたびに控えめに布が揺れて、しなやかな足のラインを魅せる。


「総務課の宮下はるなです。よろしくね」

「まずは、制服のサイズ、確認しといたほうがいいよね。明日には支給できるはずだから」

「……あ、はい……」


かのんちゃんの声が、一瞬だけ小さく揺れた。恥ずかしそうに視線を落とし、指先がぎゅっとカーディガンの裾をつまむ。


「……上下で、別々のサイズでも、いいですか?」

「大丈夫だよ。私もそうしてるし」


(……この子、自分の身体が人目を引くって、ちゃんとわかってる。……そんなの、気にしなくていいのに)


かのんちゃんは、ほっとしたように息を吸った。

「……それなら、7号のスカートと」


いったん言葉を止めて、視線を落とす。


「……17号のブラウスで……たぶん……大丈夫、だと、思います……」


その声は、空気に溶けてしまいそうなほど小さかった。

でも、私の中には、はっきりと響いた。

そして、これからもずっと残りつづける気がした。


2人は更衣室へと移動し、試着を始めた。


「じゃあ……まずは7号のスカートね」


かのんちゃんは黙って頷くと、スカートを両手で受け取り、更衣室の奥へと入っていった。数分後。カーテンをそっと開けて現れた彼女は、やや内股で立ち止まった。


「……どう、でしょうか?」

「すごく、似合ってる。びっくりするくらい」


かのんちゃんは目を伏せ、ほんの少しだけ口元をゆるめた。

その笑みはまるで、陽の光にそっと開く蕾のようだった。


「次はブラウスね。これ、17号」


渡したとたん、かのんちゃんの手が汗ばんだように感じた。それから、聞こえてくる布の擦れる音とボタンの微かな音。そして、現れたかのんちゃんの姿に、はるなは言葉を失った。


白いブラウスは、胸元のボタンが今にもはじけそうで、その下のブラジャーの模様もはっきりと認識できる。目を逸らすべきだと思いつつも、どうしても見てしまう私がいた。


「……ぴったり、っていうか……ぴっっったり、すぎるね……」


胸の質量感。微かな動きだけで揺れる重みと、背中に引かれた布の緊張。

かのんちゃんは、恥ずかしそうに胸元をそっと押さえた。


「でも、これ以上大きいのにすると、ぶかぶかになっちゃいそうで……」

「気持ちはわかるけど、それで人前に出るのは……うーん、ちょっと勇気がいるかも」

「この上からベストも着ますし……たぶん、大丈夫だと思います」

「じゃあ、着てみようか。念のため、確認ね」


私の目の前でベストを着てみるかのんちゃん。フロントのボタンをとめることはできている。ただ、生地は胸の高さで、前に、横に、大きく張り出していて、Vゾーンから覗く白いブラウスの面積が自然と増える。背中のストラップで寄せられた生地がウエストを締めて、必要以上にバストラインを強調する。

その結果、胸を性的にアピールするために、ベストを羽織っているように見えてしまう。


「……ちょっと、動きづらいです。ボタン……外れちゃうかも」

「じゃあ……もう少し大きめも試してみよう。ちょっと待ってて。19号が奥にあったはずだから」

「……そんな大きいの、着たことないです……」

「大丈夫。大事なのは数字じゃなくて、ちゃんと着られることだよ」


やや肩をすぼめながら、19号のブラウスを着てみたかのんちゃんの姿に、はるなはまた言葉を失う。袖は手の甲を覆い、肩も落ちている。けれど、胸だけが、布を押し上げていた。そのコントラストが、むしろ違和感を際立たせている。


はるなは、過去の自分を思い出していた。お尻が大きすぎて、制服が合わなくて、周囲の目が怖くて仕方なかったあの頃。もし、あのとき誰かが「仕立て直そう」って言ってくれていたら、どれだけ救われていたんだろう。


「かのんちゃん、特注にしよう。無理に合わないのを着ても、きっと損するだけだよ。ちゃんと、ぴったりに仕立ててもらお?」

「……特注って……私だけの、ってことですか?」

「うん。その方が、絶対にきれいに見えるから」


かのんちゃんは、少しの間、黙っていた。

やがて、そっと、私に視線を向ける。


「……はい。お願いします」


その声は、ほんのりとした熱を帯びていて、胸の奥に静かに届いた。

第一話です。続きを書くときに、しれっと修正・改訂をすることがあります。

ご容赦ください

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