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第4話 光れ

「今日は、そういうお礼を言いたくて来たんだ。……やばいな。めちゃ緊張した」と照れ臭そうに笑うアカリが、抱いていた長い足を崩して胡座をかく。

 今の今まで、アカリの話を聴き終えて茫然としていた俺はすぐに我に返ると、反射的に立ち上がってアカリの隣まで行く。

 そして、アカリの分厚い肩を掴みながらその場に膝をついて、アカリと視線を合わせた。


「アカリ。生きててもいいのかなって、お前……そんなん当たり前やろ。つか、お前が生きててくれへんと、俺も生きてられへんねんけど。めちゃくちゃ困るねんけど」


 俺は徐々に目を丸くするアカリを見つめたまま、つらつらと湧き上がってくる言葉をありのままにぶつける。


「『生まれてきてくれてありがとう』て、それ。俺の台詞やねん。アカリはなあ、なーんの取り柄も無い俺の数少ない、何にも勝る一番の自慢。ここでキショいこと暴露すんねんけど、実は俺、家出ていった後もアカリのピアノコンクール全部見に行っとったし。アカリが中坊ん時の野球の試合もなるべく観戦しとった。何年離れて暮らして、顔見てなくても。アカリの顔がわからんくても、豆粒に見えるくらいどんだけ遠くにおっても。アカリだけはどこにいてもすぐわかるねん、俺。だってアカリ、誰よりも世界一光って見えるねんもん。俺の……『ホナカ』の歌も、アカリの光ってるピアノと野球見て閃いた曲ばっかやで?」


 アカリの目に、きらきらと水が溜まっていく。

 俺はこの九年、ずっと引き摺っていた腹の古傷をぶち破って、自分の醜い(はらわた)を全て曝け出すことで、ようやく覚悟を決めた。


「俺は九年前、お前から逃げた。お前の光っとる姿は確かに誰かを狂わす。俺もそうなりそうで怖なったから、逃げたんや。今更謝っても許されへんけど、本当にすまなかった──そんでもう、お前の話聞いて。ごっつ覚悟決まったわ。見苦しくて見てられへんかもしれんけど、俺はこれからもお前が光っとる姿喰って、狂いながら歌を作る」


 微かに震えはじめた、ごつくて、それでもまだ頼りない弟の肩を力強く叩いて、揺さぶった。


「アカリのためだけに。アカリだけに向けた、アカリが光るための歌を俺が作ったる。歌できたら編曲して送ったるから、お前んとこの学校の応援歌にしてもらい。そんで、来年は絶対──甲子園に来い。俺は甲子園で待っとる。俺の歌で光るアカリを、甲子園で俺に見せろ。ええな?」


 とうとう、アカリの大きな目から細い水が頬を伝って滑り落ち、アカリは思いがけずといったようにデカい片手で目元を抑えた。

 パンイチのデカい兄弟がこんな高温多湿の部屋の中でくっつき、滝の如く汗を垂れ流して、しかも弟の方は泣いている。

 傍から見ればアカン状況に見えなくもない、いや確実にそう見えるだろうが、俺は静かに弟の返事を待った。


「あー……どうしよう、兄貴。いろいろと……やばい……ありがとう。本当に、死ぬほど嬉しい。全部。……あと、おれに歌作ってくれるのまじか?」


 アカリが心底嬉しそうな、しかし鼻の詰まった声で聞いてきた。俺はすぐに頷く。


「まじや」

「まじか。最高だな……じゃあ、一つリクエストしてもいいか?」

「何でも言うてみ」


 アカリが、高校生らしい子どもっぽい無邪気な笑みを浮かべてにかりと歯を見せた。

 その笑顔が、一番アカリに似合ってると思った。


「おれの歌の楽曲名。兄貴の名前にして欲しい。もちろん、本名の下の名前の方で!」

「……えええ? いや、何でなん? よりにもよって、何で俺の名前にするん?」

「どうしても、兄貴の名前がいいんだ。おれにとって、一番光ってるのは兄貴だから。ダメか?」


 弟が、小首を傾げてこちらを見上げてくる。

 兄というものは、弟のこういうお願いに弱い生き物なのだ。

 俺は脱力して息を吐き出しながら、アカリの隣に並ぶようにどかりと胡座をかいて座り込んだ。


「はあ……わかった。ええよ」

「うわ、やった! ありがとう、兄貴」

「その代わり、まじで甲子園来ぉへんと許さへんで」

「誰の弟に言ってる。絶対に行くに決まってるだろ? そして、ついでに優勝もするよ」


 爽やかな声色でとんでもない事をぬかす弟に、俺は思わず噴き出して笑った。


「ついでに優勝て……やば。俺の弟、光りすぎやろ。激マブ球児やん」

「兄貴も激マブだろ。あ、そうだ。兄貴、今度実家に帰って来いよ。母さんも会いたがってた」

「……そうか。せやな。俺は母さんにも謝って、これからは俺らで母さん守ってやらなあかんからな。後で母さんの連絡先、教えてくれへん?」

「ああ、もちろん。それで、おれ。久々に兄貴とピアノの連弾したいんだ! 兄貴の曲で! 兄貴の生歌も聴きたい!」

「おー。別にええけど。アカリ、ピアノまだ弾けるん?」

「弾けるとも。身体が覚えてるってやつだ。今でも、一回曲を聞けばあらかたすぐに弾けるくらいは出来ると思う」

「うわ、やば。お前、やっぱピアノも激マブ過ぎるやろ。野球とピアノの二刀流やってみぃひん?」

「ははは。そんな二刀流、初めて聞いた! できるかな、おれに」

「できるやろ。俺の弟やもん」


 こうして、季節は巡り。

 俺たち兄弟が再会した夏が、またやって来た。

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