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第八話 これは事故ですか?

始まってしまった二人生活、楽しいのか否か、どうぞご覧ください。

 一週間の予定だった空が家を出てから二週間ほど経ち、十一月に入った。秋らしく木々も赤く染まり始める、やや上着が要る少し温もりが欲しい季節。茜がコンビニのおでんを買って夕飯にしようと帰って来た。

台所で二人分のおでんを鍋に移し温め直せるように準備する。冷蔵庫からお隣の万佐江さんに貰った総菜の作り置きをどれにしようかと選んでいると

「ただいま~」と稜が帰って来た。

「あ~おかえり、丁度夕飯にしようと思ってたとこ、一緒に食べる?」と茜が冷蔵庫の扉の向こうから顔を出す。

「うん、俺の分もあるの?」と嬉しそうに稜が鍋を覗き込む。

「多分あるんじゃない~」と曖昧に返事をする茜だが、鍋にはちゃっかり二人分は入っている。空も居ないし茜一人では多い量だ。

どちらが何をするとか特別なルールはないものの、いつもどちらかが二人分、自然に用意をするようになった。空が居ない分、ふともう一人を気に掛ける、そんな日々だ。

スーツから着替えて自分の部屋から戻って来た稜は一緒にお皿やらを並べる。

「そう言えば、あれから空って連絡ないよね」

「そうねぇ、あの子大丈夫なのかな」

二人の会話はおおよそ空の話になる。実質二人暮らしになってから、稜は相変わらず戦力外で定時帰りだし、茜は学生のバイトが入る時間の午後や夕方からは家にいることが多く、二人で夕飯を食べることが普通になっている。

 特別なことでもない何でもない話を二人で笑ったり、愚痴ったり。元カレの春彦が「ママが、ママが」という話の違和感も憧れのフィルターで隠して聞いていたあの頃の茜とは違い、頭で考える前に心が楽しいとか嬉しいと感じて顔に出る。稜といる時間はとにかく自分が素直になれている実感があった。だから目の前で大笑いして三日月になる稜の目が不意に愛おしく感じるのも気が付いていた。くしゃっとするその笑顔を幼い子に可愛いと思うのとは別の可愛らしさを感じていた。

稜も幼馴染のお姉ちゃんという感覚から、友達、飾らない、甘えられる一番近い友達に変わっているのを分かっている。

「ビールもう一本飲む?」

と稜が冷蔵庫の扉を開ける。おでんを頬張りながら「う、うん!」という返事にニコッと微笑む茜を一瞬可愛いと感じる自分も分かっていた。彼女のふりをして腕を組んでくれた感触や、空を見送りに走って手を繋いだ温もりが稜にはずっと残っていた。

「はい」とビールを渡すと茜が自分の缶ビールが開かなくて、あれ?硬い、と戸惑っている。「貸してみ」と取り上げ稜がブシュ!っと安々と開けて茜は自分が凄く女の子な気がして、稜はちょっと男を意識して、二人の間におでんの湯気がほわほわ立ち上っているように感じた。

「あぁ~なんか急に寒くなって来たよね~」

どちらともなく話を逸らそうとした。

「あ、稜君もう陸上本当にやらないの?これからがシーズンでしょ?」

「あぁ、俺はロッキーの散歩で十分だよ。大会とかは全然考えられない」

「そう?森野君、またコンビニに来て言ってたよ。コーチして欲しいなって」

先月の箱根駅伝予選会を見に行って以来、森野は稜にコーチに来て欲しいと何度か依頼している。

「コーチなんて何も教えられないし」そう言ってビールをゴクリと飲んだ。

「それより、あかねぇもう就職はしないの?このまま店手伝い続けるの?」

茜も現状は変わっていない。

「ううん、一応今度面接でも受けようかなって思ってる」

「おぉ~そうなんだ、いいとこあったの?」

「ん~そうではないけど、気持ちは受けようと思って」

「なんだよそれ!」

アハハと稜が笑い、ビールをグビグビ飲む。やや飲むペースが速い。

「でね、形から入ろうと思って、今日は口紅を買って来たの。近頃はコンビニの化粧品もちゃんとしてるんだね」と感心しながら、ごそごそと買ってきた口紅を見せた。

「ほら、可愛いでしょ」

と言って、あれ?誰に何見せてるんだろ、と一瞬茜は頭の中で呟く。こういうの彼氏に言ったりするやつじゃん…最近余計なことを考えて調子が狂う。

「面接に可愛さっている?」

稜は普通に受け流し、「あぁ~お腹いっぱい」とビールを片手にソファーに移動する。

茜と過ごす時間は稜もちょっと調子が狂う。頭で考える前に胸の中の反応が出てしまいそうで、怖くなる。けど嬉しくもなる。あぁ~なんなんだ~とビールが進んでしまう。

きっとここに空気清浄役の空が居るとこのなんだか居た堪れない二人の空気を一気に換えてくれるのだろうか。

「見てこの空が送って来たLINE」

どれどれと稜のスマホを覗き込む茜。

タオルを巻いた頭に泥だらけの長靴姿の空の写真を見て

「馴染んでるね~ケラケラ」

二人でいると調子は狂うけど、とにかく楽しいのは違いない。

「稜君、お酒強いくせに、今日酔っぱらってるよね~」

そんなことを言いながら、二人して笑いっぱなしの夜だった。



翌朝、稜はソファーの下、床で目を覚ました。

茜は二階の部屋から洗面所へ向かい、「あぁ~化粧落とさずに寝ちゃった~」と嘆きながら眼鏡をかけ直す。

稜もリビングから「寝違えたかも、イタタタ」とか言いながら洗面所に向かい、茜と顔を会わす。

「あ、おはよう」そう言って二人が並んで映るくらいの大きさの鏡の前に立ち、互いの目が鏡の中で会う。

「あっ」

二人は互いの顔を見て声が出た。

茜は口紅が拭われたようにはみ出しながら薄くなり、稜はそれを拭い取ったかのように口紅が唇をはみ出してついていた。稜は全く意味が分からない、がどう見ても隣の口紅を自分が拭い取ったであろう痕跡にしか見えない。そして茜ははっと思い出した記憶を辿った。



昨夜の夕飯の続き、空の話の後のことだった。

茜が笑いながら今日買った口紅の箱を開ける。少し鼻歌を歌いながら、小さな手鏡を手にソファーに腰かけている稜のすぐ隣の床にソファーを背もたれにするように座る。

口紅をクルクルと捻じり出し自分の唇に乗せていく。斜め上から茜のその仕草を稜は眺める。上機嫌に少し柔らかい赤い色の口紅を付けた茜は、ビールでほんのりピンクになった頬と相まって一気に明るく美しく変身する。塗り終わって不意に稜の方へ振り返り

「ね、可愛いでしょ、この色」と唇をとがらせ気味に見せる。

「…可愛いというより、綺麗だよ」稜の脳みそを通らず、胸から溢れたそんな言葉が口から飛び出す。

「うん、綺麗・・・」茜の唇に近づきながら続ける。稜の視界に茜の唇がぼんやり迫る。茜が仰け反りながらもそのまま瞳を閉じた。

「あか、ねぇ、きれ、い、き、れ、い」と稜がそのまま茜に覆いかぶさるように倒れ込み、唇がかすかに触れて、むにゅ・・・と茜の頬にずれて倒れ込んだ。

「お、重い・・・」

茜の上に乗ったま寝ている稜を押し退けて、唇をふと触る。今、これが事故だとしても触れた、くちづけ?キス?になるの?暫し考える。え~!!どうしていいやら、茜は急いで自分の部屋に戻って行った。



そうだった、現場をそのままにしてしまった…

稜の顔を鏡越しに見て証拠を残してしまったことを後悔した。なんか気まずい。事故とは言え触れたのだから…

「あかねぇ、これって…」

「大丈夫大丈夫、事故事故、倒れ込んで着いただけ、その先は何もないから大丈夫よ、ほらはい、これ拭いて」

とメイク落としシートを渡す。

「ほらほら、会社遅刻するよ、それ拭いて行っといで」

「あ、うん」とそのシートで稜は唇を拭った。


ピンポ~ン♪

玄関に誰かが来たので茜が急いで向かう。

「あら~茜ちゃん、おはよう、稜君どうした?具合悪い?」

「いえ、何も、あの、事故で、私たち何もないんで」

「え?事故?」

「あ、そういうことじゃなくて」

「いやぁ、ロッキーのお散歩忘れるなんてないから、具合でも悪いのかって心配になって」

「あぁ~そういうこと・・・」

顔を洗った稜が玄関に出て来て

「ごめんなさい、寝坊して」

とタオルを首にかけながら謝る。

「元気ならいいのよ、はいこれ、おにぎりとお弁当、茜ちゃんにはいつものスムージー。二人仲良くちゃんと食べてね」

「すみません」二人して頭を下げて万佐江はちょっとウキウキした背中を見せて帰って行った。


♪ピロリロリン

三人のLINEグループに空からメッセージが入る。

『お~い、二人とも仲良くやってるか?

薫さんのロッジの準備が整って来たら、良かったら二人遊びに来ない?』

え?二人は顔を見合わせ朝から頭が回らなく呆然と立ち尽くした。


♪ピコン

追加で青空バックに満面の笑顔の空のドアップ画像が送られてきた。


「泊まりに来いってことかな?」

二人は声を合わせてまたもや顔を見合わせた。


お読みいただきありがとうございました。

ハプニングを描くのって結構難しくもあり、楽しくもある回でした。

いかがだったでしょうか?

そして空がまた二人を誘い出していますが、何があるのか、この先もお付き合い頂ければと思います。


追記・誤字があり直しました(4/21 11:45)

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