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第十二話 臭いと嬉しい?

大切な人を大切に思うがばかりに辛くなってしまう…

茜が実家に帰ってしまいました。

実家は両親と空が今は暮らしています。両親が中古の一軒家を結婚の時に買った小さな家。

なかなか茜も居場所が無いはずですが、今は両親もそっと見守っています。

しかし、そこへいつも姉の碧海がバタバタやってくるのですが、さて・・・

 茜が実家に戻って、家族は特に何も言わないでいた。そんな時姉の碧海がドタドタとまたやって来た。

「ねぇ空、どっか癒されるところない?」

「どうしたあおねぇ」

元太の幼稚園が夏休みになり、碧海が疲れ果てていた。旦那は仕事してるから知らん顔って腹が立つ!とまたボヤいている。

「そうだ!とっておきの癒しの場所あるからあおねぇとあかねぇとで行っといでよ」



 そしてその週末、碧海と元太、茜は空の先輩薫の『掘っとたいむ』に居た。


「うわぁ暑い」

「いや、ここは感動でしょ、この自然に」

碧海は見上げれば広がる青い空にガンガン照らす太陽を眩しそうに目を細め既にぐったりしている。茜は以前、稜と空と過ごしたあの日を思い出していた。

「いらっしゃい」

薫と幸が迎え出てくれた。

「空君から聞いています。茜さん事故大変でしたね。またこうして会えて良かった」

「はい、私もまた来れて嬉しいです」

挨拶をしていると幸の後ろからピョコっと顔を出して六歳の息子が「こんにちは」と挨拶をする。

「あらこんにちは。息子さん?」

碧海が元太と近づきしゃがんで挨拶をする。

「息子の勇樹です」

幸に促され元太と碧海の前に来て、同い年と分かり最初は照れた様子だったが直ぐに仲良くなった。

「空と稜くんみたいだね」

薫がボソッという。続けて

「今日はゆっくりしてください。あ、それか夏野菜が出来ているので一緒に収穫してみます?」

と言われ茜はやりたいと喜んだ。

暑そう・・・と少し乗り気でない碧海も、麦わら帽子やネッククーラーなど防暑グッズを駆使し茜に引っ張られ畑に向かった。元太と勇樹も一緒にプチトマトやピーマンの収穫をし、キャッキャ騒いでいる。

「どうぞ、プチトマトそのまま食べてみてください」

そう言われ碧海が口にすると「甘い!」と目を真ん丸にして驚いた。

 それからこっちの野菜はどう?こっちの野菜は?このハーブはいい香り!など積極的に収穫を楽しんでいた。あまりにはしゃぎ過ぎて畑でズッコケ泥だらけになり、茜が「ちょっとちょっと」と土を払ってやる。子供たちに笑われたり、誰が大人やら子供やら、茜は以前稜と芋掘りをした時も童心に返って楽しかったなとこの様子を見ながら思い出していた。

 自分の軍手に着いた土を払いながら笑っていると「ん?」とふと異変に気付く。それを見ていた幸が「どうかしました?」と茜に声をかける。

「うん、気のせいかしら、土埃の匂いがした気がして」

「え?茜、匂い分かったってこと?」

「ううん、しっかりとじゃなくてぼんやり何か土っぽい匂いがした気がして」

そう言いながら軍手の土をクンクン嗅ぐが今は分からない。

「思い出しただけかな」と少し残念そうに笑いながら、皆とプチトマトや胡瓜、ピーマン、オクラ、いくつかのハーブを持ち帰り、また幸たちが料理にしてくれた。


 夜は庭で手持ちの花火を子供たちと楽しんだ。

わ~!と手持ち花火を持って走る元太を「こらぁ危ないでしょ」と叱る碧海。眺めている茜にふと風向きが変わり、元太の花火の煙が顔を覆う。うわっとなってゴホゴホ煙たくて(むせ)る。「ん?」またもや煙の臭いが鼻を通った感覚があった。

「あれ?煙の臭いがした気がする」

「え?茜やっぱり今日嗅覚戻って来てるんじゃない?」

碧海が目を輝かせながら茜の両肩を掴み、向かい合わせになって顔を覗き込む。

「もしかしたらリラックスして戻るきっかけになったのかもしれないですね」

冷静に薫が言う。

もしそうなら嬉しい。もしかしたら、土を触り童心に返り、心に余裕が出来たのかもしれない。ずっと感覚を戻したい、元に戻りたい一心が更にストレスだったのだろうか。

「茜、やっぱり来てよかったね!」

大きく伸びをして碧海がそう言う。

「やだ、お姉ちゃん来た瞬間暑いって顔しかめてた癖に」ふふふ、と皆が笑う空の上には三日月が出ていた。茜はふと指に光る稜から貰った指輪を重ねる。






 七月に入り、稜は新商品と陸上部のコラボで忙しかった。荒木が新商品のブラッドオレンジジュースのウェブCM出演をし、稜はその広報担当を任された。ブツクサ商品のセールスポイントを呟き頭に入れる。『ブラッドオレンジは抗酸化作用がありスポーツ後の疲労回復にとても良い・・・えっとそれから・・・』

「おい新田、顔怖いぞ」

荒木が笑いながら言う。荒木がキャッチコピーをカメラに向かって話し、その後広報より稜が製品について紹介をする、そんなウェブ動画も社のホームページにアップしたり、広報部で仕事がなかった頃の稜とは今は違った。


 仕事帰り空のコンビニに寄り、弁当を買う。

「おい、稜ちゃん最近弁当ばっか買いに来てるじゃん、大丈夫?って売ってる側が言うのは変か」ガハハハとレジで空が笑う。

「忙しくて自炊とか無理だよ」

そんな稜に空が続けて

「仕事がうまく行けば恋愛がうまく行かない、それで帳尻合ってたりするんだろうね」

「おい!そういうこと言うな!」

ギロッと稜は空の顔を睨み、店を出て行く。自分でもそんな気がしていて他人に言われたくなかった。ぼんやりしながら家に着き、誰も居ない部屋の電気を点ける。茜が居なくなって随分経つけど慣れない。

「はぁ・・・」

溜息をつきながら弁当をテーブルに置き、冷蔵庫から麦茶を出す。すると冷蔵庫とキッチンの隙間に落ちているノートを見つける。

ん?と手を伸ばし届かず、茜が壁にちょっとした小物かけを作っていた突っ張り棒を外してちょいちょいとそのノートを取り出した。

『レシピ集』

と書いた表紙のA4サイズのノートが少し埃をかぶって出て来た。

「茜の字」

中を開けて見ると、退院してから作ってくれた料理のレシピが書いてあった。ハンバーグ、唐揚げ、魚の煮つけ、味噌汁、酢の物、麻婆豆腐、きんびら、お浸し・・・細かな調味料の分量、丁寧に書き記してあった。そして一品ずつに『稜君の反応』がメモってあった。

『美味しいと言いながら、甘くて好きだと言った』とか『旨いと言いながら少し辛そうな顔をしたので少し量を調整してもいいかも』や『ソースより醤油の方が美味しい反応が良い』『今日の旨いは三日月の目になったのでこの分量が一番』など・・・

「これって俺の為に味付け工夫してくれてたんだ、自分の味覚回復より俺が喜ぶために・・・」

テーブルにはコンビニの袋に入ったままの弁当が冷めていき、冷蔵庫から出しっぱなしの麦茶がぬるくなって置かれていた。



 翌日の朝、ロッキーの散歩に迎えに行った時に万佐江にそのノートの話をする。茜の辛さを今になって知った自分が情けないと落ち込んでいる稜を、万佐江はポンポンと背中を撫で、「茜ちゃんはそれだけ稜君を好きってことでしょ」と微笑んだ。

 俺は何をすればいいんだ、そう考えてロッキーと散歩に出かける。




 茜が碧海と『掘っとたいむ』から帰り、週三日の事務仕事の合間、小乃葉の家でリフォームのプランニングや内装のことを教えて貰っていた。小乃葉にしてもその間子供の面倒も見て貰えるし、互いの利害が合致していた。

「茜ちゃん遊ぼう~」と小乃葉の上の子が誘う。二歳なのでまだ会話がイマイチ通じないが、すっかり気に入られていた。子育ての真似事のようなことをし、ぼんやり稜と自分に子供がいたらとか定番の妄想もしてみたり、茜にとってちょっと楽しい時間でもあった。そう決して稜を避けている訳ではない。好きは好き、本当は会いたい。

「茜ちゃんちょっと休憩しよっか、コーヒー飲む?」

「うん」

一緒に遊んでいた上の子、葉介(ようすけ)が「僕も~」と小乃葉に駆け寄り「ハイハイ、葉ちゃんにはアイスね」と冷凍庫の引き出しを開けていると、茜がん?と何か気になった。ベビーベッドに寝かされている下の娘、野乃(のの)の方を振り返る。ん?何か臭う・・・あ!

「小乃葉さん、野乃ちゃんウンチしたっぽい」

「え?」

急いでベビーベッドに駆け寄り小乃葉が野乃を抱き上げお尻に顔を寄せ、クンクン「うわ!くっさ!」と顔を背けた。

「本当、出てるわ、野乃ちゃんウンチしたの?おむつ変えようね~」

とベビーベッドの傍のオムツ収納からオムツを取り出しながら「ん?」と一瞬動きが止まった。

「小乃葉さん、私コーヒー淹れますね~」

と茜が台所でコーヒーの粉をドリップペーパーにセットしている。

「え!ちょっと!茜ちゃん、ウンチの臭い分かったの?ね!」

「あ・・・」

茜もコーヒーを淹れる手が止まり目をばちくりして「ほんとだ」と呟く。無意識だった。ただ、本当にほんのり臭ってきて気付いた。この前の土の匂いがかすかに感じたのよりも、花火の煙が煙たくて臭かった時よりも、普通に匂いを感じた。

小乃葉が急いでオムツを変えて、コーヒーの香りを茜に嗅がせて聞く。

ううん、と茜は首を振る。コーヒーの香りはいまだ分からなかった。

「不思議に、ここ数回臭いが分かるのはちょっと嫌な臭いなの」ふふふと茜は笑う。いい香りはまだ分からないって嫌だね、とまた笑う。でもちょっと嬉しかった。徐々にでも(くさ)いっていうのがはっきり分かって来たのだから。




 その翌日、稜から久々にLINEが来た。

『忘れ物見つけたから会えないかな?』

何を忘れたのかと茜は思い当たらない。

『コンビニの前で夜待ち合せしよう』

稜の家に荷物はほぼ置いたまま。帰らないとは決めていなかったので特に置いたままでも気にしていなかったのに、忘れ物とは・・・。


 日曜の夜、茜はコンビニに向かう。空がシフトに入っていて男子学生アルバイトの小路とレジ付近で喋っている。茜は店の前に八時の約束より少し早く着いた。店の中には入らず、入り口近くに立つ。暫く待ち八時を二分程過ぎた頃、向こうから走って来る稜の姿が見えた。

「茜!ごめん!待たせた~」

と手を振りながら駆けてくる。

「うん、久しぶり」

ちょっと照れ臭い。家を出てから会っていない。駆けてくる稜の姿を見つけて、ちょっとドキドキしていた。稜はコンビニの前で待っている茜を見つけて、ちょっと嬉しくなった。見つけるまではやや緊張していたし、嫌そうな顔をされたらどうしようとも思っていた。でも見つけた瞬間顔が緩んで声を出して名前を呼んでしまった。

「あ、久しぶり」

ちょっとだけぎこちない風が吹いた。

「何?忘れ物って」

茜がまず聞いた。

「あ、うん、この前見つけたんだ」

と茜の手書きの『レシピ集』を見せる。

「あぁ、それね」

「あぁって」

ビックリしない茜の反応は予想外だった。やだ~見たの?とか言われるかと思っていたのだ。

「これ見て、凄く考えて作ってくれてたんだって分かった」

「うん、そりゃ美味しく食べて欲しいから」

ニコッと茜は笑いながら言う。

「味が分からないのに嫌じゃなかった?」

「そんなことないよ。稜くんに食べて欲しくて作ってたんだから」

「ありがとう、ごめん、作って貰えることに甘えてた」

フフフと茜は笑う。

「ねぇ汗凄いよ」

稜は家から走って来ていた。止まると後から汗と言うのはじゅわっと湧き出てくるものだ。その通り、蒸し暑い夏の夜、額からも首からも汗が流れている。


 コンビニの中から空と小路が二人を見ていた。

「あの二人仲直りしたんですか?」

「いやぁ聞いてないけど、最近稜ちゃんここ寄ってなかったよなぁ」

「正式な別れ話ですか?」小路が目を細めて言う。

「でもさぁ、アレ二人めっちゃ笑ってるよな。別れ話じゃないだろ」


茜に言われて汗を腕で拭う稜。

「茜最近どうしてた?体調は?」

「うん、元気だよ。この前お姉ちゃんと薫さんのところ行ってリフレッシュしてきたし」

「そうなんだ」と元気そうな茜に安堵する。

「でね、もうちょっとしてから話そうと思ってたんだけど・・・」

急に茜が神妙な様子で話し出した。

「でも折角稜くんがLINEくれたから」と言いながら指の月とアクアマリンの指輪をクルクルと触り話し出す。

「そのね、『掘っとたいむ』に行った時に、土の香りをちょっと感じたの」

「え?」稜は目を見開いて驚く。

「最初は気のせいだと思ったんだけど、夜、花火をしてたら元太が煙をこうやってね」とジャスチャー交じりに続ける。

「煙がこっちに来て煙たくて、煙の臭いが分かったの」

「うん!それで?」

「でも幸さんの料理とか味は分からないしハーブの匂いも分からないんだけど、先週小乃葉さんの家に行ったの。子供と遊んだりしてて・・・」と言って茜はフッと思い出し笑いをする。

「どうした?何?何がおかしいの?」

「ううん、ごめん、冷静に私って変だなってちょっと思って。うんうん、続きね。その子供と遊んでて、ぷ~んて臭ったの。赤ちゃんのウンチの臭いが、クククッ」

最後の方は笑いを堪えながら話す茜を見て稜は目を輝かせながら聞いている。

「何かね、ちょっと嫌な(にお)いっていうか(くさ)いものが分かるようになってきたみたいなんだ、変でしょ」と茜はまた笑いながら話す。

「凄いじゃん!」

稜は茜の両肩を持ちそう声をかけて、心から嬉しそうな顔をした。そして両肩に置いた手でぐっと茜を自分に引き寄せ抱きしめた。

「良かった!これで一歩前進じゃん!」

そう言って茜を力いっぱい抱きしめる。

「うん、ありが、と・・・って稜くん、ちょっと」と茜は少し顔を仰け反らせて空を仰ぐように「ねぇねぇ」と顔を振る。

「どうした?」と離れないまま稜は茜を見下ろし、汗がその反動で茜にポタっと落ちる。

「嫌だ~稜くん汗臭いよ~」ケラケラ笑いながら茜は言う。

「ねぇ早く帰ってお風呂入らなきゃ駄目だよ~」

ん?稜は更に茜の顔を見下ろし、「今なんて言った?」と問う。

「だから汗、汗凄いから」

「ううん、汗が?」

「ん?汗が?汗臭いって」

「茜!俺臭い?ね?俺臭いの?」

と稜はそのままの姿勢で茜に頬擦りして聞く。

「やぁ~ん」と笑いながら茜が

「うん、稜くん、汗臭い!臭い!」

と稜の臭いを感じて泣き笑いになった。稜の香り。と言っても汗臭いんだけど、それが嬉しい。

「俺、臭い?分かるの?茜、俺臭いの?」

普通にここだけ聞いたら変態でしかないのだが、稜は兎に角嬉しかった。茜を離さない、このまま離さない、ぎゅっと抱きしめたまま自分の臭さに感謝した。


「空さん、あの二人ちょっとヤバいんじゃないですか?店の入り口付近でイチャついてるっていうか」

男子学生アルバイトの小路が冷ややかな視線を送りながら言う。

「ん~、ちょっと迷惑なんだけど、一分だけ待ってみようか、なんか楽しそうだし」

そう言って久しぶりに見る二人の様子を空は店の中からそっと見守った。まさか臭いのを喜び合っているとは知らぬまま。


お読みいただきありがとうございました。

クールでキツイ性格の碧海は、何かと手を差し伸べてくれるお姉さんです。やんちゃというか我儘なような、でも時にそれは計算?というそんな碧海の誘いが茜の嗅覚のキッカケを作ってくれたのかもしれません。

そして、まさかの稜の汗臭さが感動の愛の再確認のキッカケになるとは、笑

何でもキッカケなんかは些細なことからかも知れません。

汗臭いと言われ喜ぶ稜がとても可愛く思えた回でした。

この先もどうぞお付き合いください。

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