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第九話 三日月の意味

茜が退院しました。

また二人の生活が始まります。さて1日目はどうなるでしょう。

 母の広美を家に、空をコンビニに送り届け、稜と茜は二人の家に戻った。車を家の前に停め、一先ず荷物やらを運び玄関を開ける。

「ただいま」

茜はそっと呟く。

「おかえり」

稜が優しく答えた。

「俺、十三さんに車返してくるね」

そう言って稜はお隣の丘山夫妻を訪ねる。

「あら、稜君茜ちゃん帰って来たの?」

万佐江は待ってましたと飛び出て来た。

「うん、今帰って来たところ。車やら色々ありがとうございました」

稜は深々と頭を下げ顔を上げると、目の前に十三がニヤニヤ笑って立っている。

「もう行ったぞ」

え?と振り返ると玄関が開いていて、目の前に居るはずの万佐江の姿はない。きょとんと十三の顔を見ると

「ワシも茜ちゃんにご挨拶してこようかな」と玄関を出ようとする。そこへロッキーが走って来て、自分も自分も!と言う顔をしている。

「おいおいお前は留守番してなさい」と十三が宥め、「さ、稜君行こう」と二人して稜の家へと戻った。あれ?茜が帰って来てやっと二人の時間が過ごせると思っていたのに、二人とも一緒にうちにくるの?稜は頭の中でブツクサ嘆いていた。


 家に入ると茜は万佐江にあれこれ作り置きの総菜を貰っている。その顔は嬉しそうで、以前の風景と同じだった。キッチンに茜が居て、笑って万佐江と話している。その姿を眺め、やっと本当にほっとした。

「お昼は食べたの?」

と言われ、そう言えばまだだったと思い出す稜と茜に

「だと思ったので、じゃぁ~ん!万佐江さん特製お弁当を二人に作っておきました!」

と弁当箱をふたつ紙袋から出した。

「すみません、ありがとうございます」

稜が嬉しそうにその弁当の蓋を開け覗き込む。

「おいしそう」

茜も顔を緩めた。

「茜ちゃん、味は分からなくても栄養はつけないとね。お節介かもしれないけど、万佐江さんお料理お手伝いするわよ。何でも言って」

「はい」

万佐江は茜の手を両手で包み擦った。

二人は食卓の椅子に腰かけ、お弁当を食べる。味はやっぱり分からない。ただ以前作って貰って知っているものはその時の味を想像した。稜は茜に分かるように「この甘い感じがいい」とか「出汁が効いている」とか食レポをしながら食べてくれた。万佐江も材料を説明したり茜の味の想像を手伝った。

「ゆっくりでいいんじゃないか」

そう言う十三はのんびりソファーでお茶をすすっていた。


「あんまり長居したら疲れるわね」

と万佐江は言い、昼過ぎから二時間半ほどよく喋ってくれた。確かにもう十分な時間だ。

丘山夫妻が帰宅してから少し荷物の整理などをし、久々の二人きりの時間が過ごせることとなる。

 ソファーに並んで座り、手を繋ぎ、何気ない話をする。万佐江さん相変わらず世話好きだとか、明日はロッキーの散歩一緒に行こうかとか、今日は有休を使ったからゴールデンウィークは連休に出来なかったとか。傍に居る体温、手からの温もり、見つめ合って繋がっている実感。いいムードだ・・・

♪ルルルルルル

「なんだ、萌から電話って」

稜はスマホの画面を見て慌てて出る。

「お兄ちゃん!茜ちゃん帰って来た?」

「おぉ、帰って来てるよ」

「おかあさ~ん、帰って来たって。これから行くって言えばいい?」

電話の向こうで話している声が漏れ出ている。

「おい、これから行くって聞こえたけど」

「うん、お父さんももう休みだし、三人で五時半くらいに行くね。夕飯持って行くから何もご心配なさらず」

「え?どういうこと?」

「だからご心配なさらず♪退院祝いに行きまぁす、じゃぁねぇ」

と電話を切られる。


結局、夜は新田家がやって来て、母の貴子が下ごしらえをしたからと持って来たものをキッチンで料理し夕飯を作ってくれた。父の始も萌の成人の集い以来だと茜に会うのを楽しみにしていたらしい。

「お見舞いに行くにも行っていいやら迷って、ごめんね。心配してたんだけど、本当退院出来て良かった」

貴子が出来た料理を運びながら茜に言う。

「お兄ちゃんプロポーズしたんでしょ。じゃぁもう家族みたいなもんだし」

「おい、プロポーズはまだ正式には、その・・・」

稜がちょっと口ごもって言うと貴子、始、萌が揃って「えぇ~!」と合唱した。

「ちょっと、お兄ちゃん向こうのお家には言ったんでしょ?茜さんを下さい!て」

「まぁ・・・」

「茜ちゃん、もしかして断るとか?」凄い形相で萌が茜の顔を見る。いえいえ、と手を顔の前で振り萌がほっと胸をなでおろす。

「茜さんはOKでいいのかな?」

「お父さんちょっと待った!」

と貴子が手を上げて始の前にやって来る。あれ?これって告白タイムに割って入る感じのあれ?稜が茜の父、剛にお願いしますって手を出したのは貴子の遺伝?と茜はちょっと笑いを堪えていた。

「お父さん、正式にプロポーズしていないなら返事はここで聞くものじゃありません。本人同士で確認するのがプロポーズの儀式ですよ」

「あのあの、その話はちゃんと自分でするから、ね、夕飯お母さんのご飯久しぶりだから、早く食べよう」

と稜は早くこの場を終わらせたく、ハイハイと場の空気を急いで変えた。

 貴子の食事も皆美味しいと言いながら、味の説明を茜にしてくれる。作り方もまた教えるからと貴子も茜に味のポイントを伝えたりした。賑やかに食事をしてすっかり家族の一員になった様だった。楽しく過ごす時間も稜は茜のことを常に気にかけている。

新田家が帰ったのは夜九時を回った頃、ゴールデンウィークだから泊まろうかななどという萌と父の始を稜は追い出すかのように送り出し、茜と二人で見送った。

「茜疲れなかった?」

皆が帰って一番に稜がそう言う。

「うん、大丈夫」

ニコッと笑って茜が少し残ったものを片付ける。

「あぁ~俺は何だか疲れた」

そう言ってソファーに飛び込む稜。ふふふと茜は笑いながら「皆優しい人ばかり」と瞬きを深く一つした。

「うん、皆助けてくれる。焦らず取り戻そう」

稜がそう言ってソファーに座り直し両手を広げた。ヨシ来い!とでも言うように両手を広げて茜を見つめる。クククッと笑いを堪えながら茜はゆっくり稜の前に歩みより、上から座っている稜の首に絡ませ抱き着く。ぎゅっと抱き寄せられ、稜の片膝に腰かける様に茜がチョコンとお尻を降ろして、目を合わせて二人で大笑いした。

「あ!そうだ!」

稜が慌てて何かを思い出す。

「ちょっと待って!」と茜をソファーに残し自分の部屋に向かう。

バタバタと部屋からまたリビングに戻り、手に小さな箱のようなものを持って来た。ソファーに腰かけたままの茜の前に急にひざまずいた稜は、きょとんとしている茜にその小さな箱をパカンと開けて見せた。

「茜、茜さん、僕と新しい家族になりませんか?結婚してください。絶対幸せにします」

今?ふふふふ、と口に手を当て笑いながら姿勢を正して左手を稜の目の前に出した。

「家族・・・ありがとう、よろしくお願いします」

その言葉を聞いて稜はフゥと安堵の息を吐き、茜の左薬指に金のアレで作った月に寄り添うアクアマリンの指輪をする。

「ごめん、これ本当はホワイトデーのお返し。渡しそびれて、おまけに誕生日にも渡せずで、本当今になってごめん。婚約指輪はもっとちゃんと一緒に探しに行こう!」

「ううん、すっごく奇麗、ありがとう」

薬指の指輪を眺め茜は嬉しくてずっと見つめていた。

「ねぇ何で月とアクアマリンなの?」

「あぁ誕生石でしょこの石」

「うん、月は?これは稜くんでアクアマリンが私ってこと?」

「え?何で?月も茜だよ」

ん?と首を傾げる茜に稜は続ける。

「この指輪は茜のことを表してて、俺の好きな茜。茜の笑った時の三日月に垂れる優しい笑顔が好きなんだ。ね、笑って」

「やだ、笑ってって言われて笑うのが一番難しい!」

そう言って茜が笑う。

「ほら、その目、三日月の」

茜はもっと笑った。三日月の目は私が好きな稜くんの笑った時の顔。くしゃっとしたその目が大好きなのに。私もなの?と可笑しくて仕方なかった。

「あのね、私が好きなのも稜くんの三日月になってクシャっとした笑う顔なの。何で一緒なの、もう」

そう言って茜は稜の両頬をぺちゃっと覆った。

え?と言う顔をしている変顔に見える稜。

「私から見たら稜くんが三日月でそれに寄り添うアクアマリンの私。それじゃダメかな?」

「いいね!そういうこと!そういうことにしよ」

「そう言うことにしよってのは何だか~」

アハハハとまた二人で顔を見合わせ笑う。

「可笑しいね、どっちも三日月の目が好きだって」そう言って顔を近づけ鼻を擦り合わせ笑った。

 大好きだ、こうして笑いあっている瞬間が。またこうした時間が戻ってきたことが二人は幸せで仕方なかった。

「やっぱり今日は疲れたからお風呂入って早く寝ようかな」

そう言って茜はふわっと稜から離れる。何故か稜はその瞬間、ふと寂しさを感じた。

「一緒に入ろうか?」

思わずそう言った稜に

「やだ~一人で入るわよ」

「髪洗うよ」

「だからゆっくり一人で入ります~」

笑って茜は着替えを部屋に取りに行った。

冗談のようにあしらわれた稜は結構本気だったのになぁと思いながらテレビをつけてソファーにゴロンとした。茜は自分の部屋で稜に貰った指輪をもう一度眺めふふっと微笑む。嬉しい、ただその気持ちで胸がいっぱいだった。


 お風呂から上がった茜はそのまま自分の部屋へ寝に行く。

「おやすみ~」

稜はそう送り出し自分も風呂へ入った。風呂から上がった後、稜も自分の部屋のベッドにゴロンと寝転がる。天窓から見える星をぼんやり眺めている。稜も疲れたのかそのままうとうとしていると、トントンと部屋をノックする音でハッと起きる。

「稜くん寝た?」

「ううん、どうした?」

戸を開けて茜がそっと顔を出す。

「あのね、一緒に寝て良い?」

バサッとベッドの上に起き上がり正座した稜は「あ、うん、どうぞ」と茜を招き入れた。

「どうした?大丈夫?」

茜を気遣いながら掛け布団をめくると、稜の横にすぅっと茜が布団の中に滑り込んできた。

顔を向き合い稜の胸の中に顔をうずめる。稜はそのまま腕の中に茜を包み込む。

「今日はこうして、こうしたまま眠っていい?」

茜が稜の胸の中でそう呟いてふと稜の顔を見上げる。

「う、うん」

茜は稜の心臓の音を聞き、稜は茜のシャンプーの香りを嗅ぎ、互いが一番近くに居ることを確認しながらいた。

「あっ」

と稜が茜の首の傷に気付く。

「ここ痛い?」

首筋に残った傷をそっと稜が指でなぞる。

「ううん、もう痛くないよ。でも傷残っちゃうかな」

「傷が残っても髪が長いから見えないでしょ。それに、俺しか知らない茜の印だね」

そう言って稜は唇をそっと添えた。

「俺だけが知ってる茜の印・・・」

「この指輪もね」

薬指に指輪をしたままの茜は、ほらと稜に見せて「大切にするね」と嬉しそうだった。何て可愛いんだと稜は茜を更にぎゅっと包み込み、二人は目を閉じ眠りについた。茜にとっても稜にとっても、久々の温もりを感じながらの心地良い眠りだった。

 天窓から見える新月の三日月がそっと見守っていた。

やっとです!

やっと、稜は茜に正式にプロポーズ出来、指輪も渡せました!

とは言え、三日月になるタレ目の笑顔がお互い好きだったとは。それだけ心を許して微笑む相手なんでしょう。

笑顔の中にも優しさや思いやり、込められた想いで、柔らかかったりします。きっと二人の好きな笑顔はそんな柔らかな笑顔なのかなぁと思います。それが描けていたらいいのですが。


さて、これから二人の幸せな日々がどうやって再開されていくか、是非一緒に見守って下さい。

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