第八話 忘れられたプロポーズ
無事意識が戻り日常が戻っていくかと言う中、嗅覚味覚障害が残る茜。
それでも大好きな稜となら。
でも二人って今どう言う関係?
では一緒に見ていきましょう。
世の中が桜の開花で賑わう春の始め。
稜が見舞いに行く道中の景色も変わって行った。茜のリハビリも順調で恐らく四月末には退院できるだろうと医師からも話が出ていた頃、岩倉と潮田が見舞いに来た。
「古川さぁん~ごめんお見舞い遅くなって」
と病室に入るや否や潮田は茜に抱き着いた。
「いえいえ、潮田社長こそ体大丈夫でしたか?」
潮田は鼻のガードカバーをしていた。事故当時助手席に座り、車が横転した拍子に鼻骨骨折したと聞いていた潮田の顔を心配した。潮田は笑いながら、これちょっと仮面見たいでしょ、と鼻のガードカバーを指さし笑った。サッカー選手が鼻骨骨折の際カバーする、鼻を中心にして顔の中部を覆っている仮面舞踏会の仮面のような出で立ちを、潮田は結構気に入っているようだった。
「まぁ私、鼻が高かったもんだからぶつかっちゃったのよね~ほんと困ったもんだわ~」
とあっさりした様子だった。
「でも嫁にいけないかもってちょっと落ち込んでたじゃん」
と横から岩倉がからかう。
「そりゃぁまだ嫁入り前のお嬢様ですから」
「いやいやお嬢様ってお年でも・・・」
「こら!最後まで言うな」
クククッと二人のやり取りを茜が笑いを堪えて聞いている。そこへ稜が着替えを持って入って来た。
「あら、例の彼氏さん?初めまして、潮田祥子です。この度はうちの社員の運転で事故を起こしてしまいまして、誠に申し訳ありません」と一気に話して深々と頭を下げた。一緒の岩倉も「申し訳ありません」と頭を下げる。
少々勢いに押され気味の稜の表情を、茜はちょっと悪戯そうに笑って見ている。
「いえいえ、あの、皆さんも怪我されて、あの、ご無事で何よりです。社員さんも以前お詫びに来てくださいましたし、本当に、誰も命にかかわることが無くて良かったです」
これは稜の本心だった。死者が出ていたらもっと茜も同乗者も心に傷が残っただろう。
「何て良い彼氏なの!ちょっと古川さん離したらだめよ、手ちゃんと握って離さないのよ!」
と潮田は稜の手を握っていた。
「おい!お前が握って離さないっておかしいだろ」
と岩倉にツッコまれ潮田はあらあらと慌てて手を離して皆大笑いした。そしてふと思い出したかのように鞄からキーホルダーを出す。
「古川さん、これ」
渡されたのは傷だらけになったくまモンのキーホルダーだった。事故当時茜のキャリーケースについていたものだが、事故の影響で荷物がごちゃごちゃになり取れていたらしい。車内整理をしていた時に出て来たから残していたそうだ。
「確か、大分のお土産にくまモン買ってきた彼氏がね、とか聞いたなと思って。ちょっと天然で可愛いとか言ってたなって」
やだやだそんな話したっけと茜が慌てて潮田の口を押えようとする。
「ちょっとちょっと鼻触らないで痛いから~」
「ごめんなさい!」
「大事なものかなと思って、早く古川さんに渡さなきゃって。遅くなってごめんね」
茜の手にそっと傷だらけのくまモンのキーホルダーを渡し茜の手ごとグッと握った。
「目覚めてくれて、生きててくれてありがとう」
潮田は目を潤ませて茜の顔を見つめる。
「潮田さんも・・・また会えて良かった」
そしてくまモンのキーホルダーを見つめ
「おかえり・・・」茜が呟く。
其々の傷や状況が、また少しずつ元の場所へ戻って行く。生きていたからこそ戻って行ける。
「で、あなた達いつ結婚するの?」
何の躊躇もなく潮田が聞いた。空気読めよ~と岩倉は内心思っていたが、潮田のようなケロッとした質問をする奴が居ないと、はっきりしない二人なようにも思っていた。
「いや、あの、そんな話はまだ・・・」と小声で言う茜。岩倉が思うように、ぬるっと同棲し始め付き合った二人。そんな中事故でその先の話など考える余裕も無し。何となく皆が沈黙していると・・・。
「あの、ちゃんと考えています!ちゃんと」
稜が右手を上げて宣誓するかのように言った。茜は目をクリクリさせゴクリと唾をのみ込んだ。
岩倉と潮田が帰った後、茜の両親が病室に来た。稜は既に何度か顔を会わせている。母の広美は空の友人として幼い頃から知っているし、父の剛も稜の実家が近いことからよく言う『どこの馬の骨か分からぬ男』とは思っていなかった。がしかし、茜と同棲しているとなると、親としても稜としてもどう挨拶すべきか、何となく曖昧なままそこは触れずに事故後顔を合わしている。一方の稜の両親もどの立場でお見舞いに行っていいのやら、で萌からの情報でソワソワして過ごしていた。
茜の両親が来てから、稜は少々緊張した面持ちでいた。潮田と岩倉が来て急な展開になったのが影響しているのは確か。だが、この機会だと稜は腹を括っていた。雑談をしながら、少し時間が過ぎた頃、稜は深く深呼吸をする。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~」
おや?と茜はいち早く気づき「どうした?」と目配せする。もう腹を括っている稜は深呼吸の後ごくりと唾をのみ込み発した。
「あ、あ、あ、あ、あ、あの」
え?と茜の両親が稜に注目する。「あっ」の後に、もう一度ごくりと唾を飲み込み
「茜さんと結婚を考えています!」
と真っ直ぐな眼差しで父の剛の目を見つめた。
「あ、そ、れ、で?」
脳梗塞の後遺症で少し言葉が遅い剛だが、それとは別で何と答えて良いのかという反応だ。
「はい、あの、結婚を前提で、あの一緒にこれからも住ませて下さい!」
と稜は頭を下げ、何故か握手を求めるかのように右手を出した。いや、告白タイムに『お願いします!』と手を出すような図だった。
ククククッと母の広美が笑いを堪えている。同じく茜もそのスタイルに笑いを我慢しきれなくなって、プフッと吹き出してしまった。案外冷静な剛は腰かけていた丸椅子から杖を突きながら立ち、稜に数歩歩み寄って、その右手を握り握手した。
「あり、が、とう」
剛は微笑みながら、何度もありがとうとゆっくり稜に掛けた。
「はい!」
「やだ、お父さん!何だか稜君がお父さんに告白して両想いになったみたいじゃない」
と大笑いして、や~ね、可笑しい、アハハハと笑いながら目を潤ませた。茜はふふふと笑いながら嬉しくてそして可笑しくて目を三日月にしてやっぱり目を潤ませた。そしてハッとして
「ね!稜くん私プロポーズはまだされてないんですけど~ぉ」
とちょっと唇を尖らせながら嬉しそうに言った。
「おい!」と剛に握手していた手をポンと払われ「あ~順番間違えました」と頭を掻く稜を見、広美が「そう言うちょっと天然で可愛いとこが好きなの?」と茜に聞く。「やだお母さん」とそれもまた嬉しそうに唇を結んで頬が盛り上がるように微笑んでいた。
「はい、ちゃんと改めてプロポーズします」
と稜は両親に約束し、プロポーズの予約と言うのもおかしいのだが、一先ず古川家のお許しは貰えたこととなった。
もう桜が散り世間はゴールデンウィークを前にソワソワしている頃。景色もすっかり新緑の緑と青い空が見える様になっていた。そして漸く茜の退院の日になり、母と空、稜が迎えに来ていた。
手続きを待っている間、稜と茜がナースステーションで挨拶をして少し談笑していると、医局長が一人の男と一緒に話しながら通り過ぎた。稜と茜が看護師たちと楽し気に話している様子に気付く。医局長と挨拶し終わりその男は近くにいた別の看護師に声をかける。
「すみません、彼女古川さん?」
え?と少し恰幅の言いベテランっぽいその看護師は「あら、望月さん、お知り合いなの?」と驚く。
「ええ、大学の頃の知り合いで・・・やっぱり茜ちゃん」
「呼びましょうか?」
「いえ、隣の、あの彼氏ですよね」
「ええ、とっても素敵な彼でねぇ。看護師達皆羨ましがって。毎日のように会いに来てて、意識戻らなかった時なんて本当に心配そうで。病院の規則とか本当に耐えてくれたわ。今日退院出来て、あんな嬉しそうでホント良かった」
「意識戻らなかったんだ・・・」
医療器具の会社で働く、茜の元カレ、マザコン野郎の望月春彦だった。
「ほら、どうぞ望月さん・・・」
「いえ、僕はここで。お大事にってお伝えください。それと彼氏と幸せにって」
そう微笑んでエレベーターが開いたので乗り込んだ。そのエレベーターから入れ違いに「手続き終わったよ!」と空がやって来る。
「あれ?」と空の方に目をやった茜が扉の閉まる向こうに見覚えのある顔を見つけた。
「どうした?」
「ううん、見間違いかな、マザコン野郎に似た人が居た。やだね、ふふふ」
エレベーターの中の春彦は、茜ってあんなに嬉しそうに笑うんだ・・・と呟きながら何か肩の力がふっと抜けて行く感覚を味わっていた。
「お世話になりました」と茜たちは挨拶し、皆に見送られ退院した。
この日は稜が運転し、助手席に茜、後部座席に空と母の広美が乗った。空も広美も、前方に見える稜と茜が二人でクスクス話したり笑ったり、楽しそうな様子で兎に角安心した。
「茜、このままうちに帰らなくていいの?」と広美が聞く。
「うん、稜くんと一緒に帰る、大丈夫よ」
「そう、茜がそれでいいなら、稜君頼むわね」
「はい!」
「稜ちゃん頼むぞ!」
「おう!」
車は青い空の下、漸く茜を二人の家までと走った。
お読みいただきありがとうございました。
あれあれ?結局プロポーズ出来てませんよね⁈
前回の指輪もどうなった?
続きも是非見守っていただけたらと思います。
ところで、春彦さんがちらっと出てきました。
ドラマなんかの映像だと映り込んだらで表現できるけど、文章でだとなかなか難しいなあと感じました。
少し前にもチラッと姿だけ登場させてみたんですが、気付いてくださっていたでしょうか?
往路編でコンビニに突然現れた時は、まだ自分を正当化したままだったけど、今回茜の表情などから自分の行いについて何か感じて欲しいなと再登場して貰いました。




