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第六話 家族

茜の事故を稜が知りました。

不安で仕方がない稜を応援してあげて下さると幸いです。

「丘山さん!十三さん!すみません」

稜は隣の丘山家の玄関に居た。二十三時になろうかと言う頃、高齢の丘山夫妻はすっかり夢の中だった。様子がおかしいのに気づいたのはロッキー。稜の声に気付き、ロッキーは十三を起こす。

「ん?どうしたロッキー」

ベッドに寝ている十三の体に前脚をかける姿を見てゆっくり体を起こすと外で稜が叫んでいることに気付く。

 玄関を開けると稜が血相を変え車を貸してほしいと頼んだ。茜の事故のことを知り、古いセダンの十三の車を稜に貸し

「稜君、気を付けて、安全運転で行きなさい」

と声をかける。稜は頷き、十三の車で東京の『東第一救急病院』へ向かった。空からの電話で茜の容態を知り、様子はまた知らせると言われたが居ても立っても居られない稜は十三の車で茜の所へ向かうことにした。

「茜・・・」

正直どうやって病院へ着いたかどれだけの時間が経ったのか覚えていなかった。病院へ付いてICUの待合へ着いても何も様子は分からず、茜の母親は空と幼馴染なので面識はあったが、父親と碧海には初めて会う。

碧海がジロリと稜の顔を見ただけで両親は無反応だった。空にこっちへと促され、家族と少し離れた所へ腰かけた。

待合室はここからICUというガラスの自動ドアを入って直ぐ。ベンチソファの椅子が三面の壁に沿ってあるだけ。奥の椅子に古川家、右の壁側に運転していたShiotaの社員の家族、恐らく両親と左薬指に指輪をしているので奥さんかと思う女性が座っている。稜は空と入り口すぐ横の椅子に並んでいる。誰一人言葉を発することも無く、時間だけが過ぎる。待合の奥にはICUへの扉があるが中は見えない。

 窓のない待合の中は夜が明けるのも分からない。トイレに待合室から出ていた空がガラスの自動ドアから戻って来た。一瞬開いた自動ドアの向こうに稜が視線をやると、廊下の窓からまだ暗い濃いネイビーの空が見えた。

「大土井さん、こちらへ」

ICUの奥の扉が開き看護師が運転をしていた社員の家族を呼んだ。古川家も一緒にその扉の向こうを気にしながら、運転をしていた大土井の家族を見送る。奥へ入ると同時に向こうから「意識戻りましたよ」と言う声が聞こえた。扉が閉まって行く隙間から安堵する家族の声が漏れ聞こえ消えていく。碧海が深くため息をつき、母親の広美が顔を覆って項垂れる。稜は息が出来なくなりそうで胸を押さえた。暫くして顔を緩めた大土井の家族が看護師と共に出て来て部屋へ案内される。準備ができ次第病棟の個室へ移動するようだった。古川家を気に掛けながら大土井の家族は会釈して待合室を出て行く。また待合室は無言になった。


 夜と朝の曖昧な時間が過ぎ、朝陽が顔を出したころ看護師が古川家の前に現れた。

「もう少ししたらご家族に医師から改めて説明がありますので、少しこちらでお待ちください」

そう言って会釈し待合室を出て行く。ガラスの自動ドアの向こうはすっかり明るくなっていた。

「稜ちゃん、仕事あるだろ?今日は一旦帰って。また連絡するから」

「あぁ、でも」稜はそう言って戸惑う。

「あの、君」碧海が稜の前に来る。

「あ、はい新田と言います」

慌てて稜が立ち上がりお辞儀をする。

「新田、くん。茜の彼氏、なんだよね。ごめん、心配なのは分かるけど、家族しかこの先は無理なんだよ。父が倒れた時もそうだったから、うん、病状とか面会とかまずは家族しか無理だから、一旦帰って。ここに居る方が辛いと思うよ」

碧海は稜を突き放すつもりは無く、現実として伝えた。『彼氏』それはとても曖昧で家族では無いと告げられている印。この先「ご家族で」「ご家族の方」そう言われる度に、稜はその印を胸に刻まれるのだろう。

「稜ちゃん、大丈夫、ちゃんと知らせるから。あかねぇきっと大丈夫だから」

空は稜の背中をさすり一緒に待合室から出た。


稜はどうにか自宅に戻ったが、仕事に行ける気力もなく、初めて仮病を使って会社を休んだ。車を返した丘山夫妻に茜の様子を話すも、容態も詳しく分からないままなので夫妻もまた一緒に心配をする一日になったが、十三は「車のキーは持っておきなさい」といつでも使えるよう稜に預けてくれた。

 空からの話では意識が戻るまではICUに居なければならず、家族はICUのガラス越しで茜の様子を見られるらしい。奥の扉の向こうのICUの中は廊下になっていて、ガラス越しに機械に繋がれたベッドの上の茜の様子を見ることが出来る。やはりそれも家族という制限があり、稜が病院へ行ったとしてもその様子を見ることは出来ないのだ。

「稜ちゃん大丈夫?」

空は稜を心配し電話をくれた。

「ありがとう。俺は何も出来ないから・・・空頼む」

「うん」

そんな日が結局五日も続いた。茜はずっと意識を戻さず眠っていた。こんなにも顔を見ないことは稜にとって辛いだけではなく、あの日「行ってらっしゃい」と見送った時から時間は止まったままだった。でも一日仕事を休んだだけで、朝はロッキーの散歩、会社にも出勤し、夜は一人ジョギングシューズを履いて走り続けた。何もしないと茜が目を覚まさない気がした。選手の時も自分と闘いながら走っていた。走ることで自分を冷静にさせた。森野の陸上部のボランティアをする時も「稜君また走るんだ」と嬉しそうにしていた茜を思い出す。走って前に進むんだ「ずっと一緒にいようね」という茜のメッセージを胸に稜は毎晩走った。

 茜が事故に遭って翌週の金曜の午後。仕事の合間に休憩室の自販機で栄養ドリンクを買う稜。ため息を思わずついてしまった所を人事の風間美奈子に見られた。

「あら?大きなため息」とクスっと笑われる。

「はぁ・・・」稜は愛想笑いをするも全身から暗いオーラが駄々洩れだった。

「どうした?今年に入ってよく笑うようになったねってこの前言ってたのに、めっちゃ暗い顔」

「はぁ・・・」

「はっきりしなさいよ、はぁ・・・とか言ってないで」と発破かけるような口調で言いかけて、稜の様子が余りにも普段と違うので途中でやめ、真面目に「どうした?」と優しく声をかけた。

「彼女が事故に遭って・・・意識が五日程まだ戻らなくて・・・」

消え入るような稜の声に事の重大さを知り風間は稜の背中をそっと撫でた。

「ごめん、何も知らなくて、心配だね」

「はい・・・でもICUにまだいるので家族以外会えなくて」

「そっか・・・」

「風間さん、家族ってなんなんでしょうね。結婚してないけど、今一緒に生活してて、一番傍に居てて、家族じゃないって・・・いや、ほんと家族じゃないんですけどね」

稜は何故か最後にふっと笑った。そんな稜の背中をポンとひと押しし、風間は言った。

「家族なんてグループ分けみたいなもんよ。知ってるでしょ?本来他人同士なんだよ、家族の発端は。出会ったあかの他人同士が新しい家族を作ってるの。あなたのご両親も他人同士でしょ。でも結婚して家族っていうグループに属したのよ」

「グループ?」

稜は何を言ってるんだ?と正直思って聞いた。

「だけどまぁ、病院からしたら規則がないと対応できないでしょ。だから一番近いと思われるグループ制限にしているだけ。って考えたら少し楽にならない?ってならないか、ごめん…」

少し沈黙の後、風間は続ける。

「人事やってるとね、会社一つの中に色んな人もいるから全ての人の意向を聞き入れたいんだけど、就業規則とか社内規定とか決めてどこかで線を引かなきゃでしょ。結構その線を引く側も辛いんだよね。あ、ごめん、それはこっちの話か。心配で会えなくては辛いよね、ホントごめん」

稜は「うん・・・」と頷き、風間の言うことをぐるぐる考えた。

「まぁ、彼女さんが目を覚ました時に、誰に一番会いたいか、じゃないかな。私だったら両親もだけど今一緒に生きたい人、に会いたいから」

「一緒に生きたい人・・・」

「今は早く意識が戻ること祈ってる」

そう言って風間は紅茶を手にして休憩室を出て行った。

 稜は励まそうと一生懸命だった風間の気持ちを有難く思った。風間の言ったことは一理ある。家族は確かに他人から始まる。茜が目を覚ませば、自分たちが新しい家族になればいいだけだ。茜が目を覚ますことをまずは祈ろうと稜は栄養ドリンクを一気飲みして、自分のデスクに戻った。

 デスクに戻ると同期の荒木が「よ!」と声をかける。「お疲れ」と返すと荒木が言う。

「お前スマホおきっぱで、電話鳴ってたぞ」

パソコンの電源を落とし練習に向かう準備をしながら荒木が言う言葉に稜は焦った。こんな大事な時に俺スマホ置きっぱなしにしたなんて、空から連絡入ったんじゃ?茜に何かあったんじゃないか?それとも目を覚ましたのか?一瞬の内に頭の中で一人喋りまくってスマホの画面を見る。と、知らない番号の着信が一つあった。そして留守電にメッセージがある。

『新田様のお電話で宜しかったでしょうか?こちら先日ご依頼いただきましたジュエリーストーンでございます・・・』

そうだった、ホワイトデーに茜に渡そうと思っていた指輪が出来たという知らせの電話だ。月に寄り添うアクアマリンの誕生石。渡したい、目を覚ました茜に渡したい、茜の喜ぶ顔を見たい、茜が三日月のように目が弓上に垂れるあの笑顔をもう一度見たい。

 その日の会社帰りに店に指輪を取りに行き、夜はまた一人走った。近くの氏神様の神社まで走った。出来ることが神頼みしかないなんて情けないと思いながら、頼れるものがあるなら神様でも仏様でも王子様でも王様でもお姫様でもお嬢様でもなんでも様が付くもの何もかもに頭を下げて願う気持ちでいた。


翌朝。

稜はいつも通り森野の陸上部のボランティアへ出かけた。

「おはようございます」と森野も生徒も元気に挨拶をする。稜は気合を入れて元気を装って指導に当たった。

午前の練習もあとわずかとなった頃、森野が稜に声をかける。

「新田さん、何かありました?」

平静を装っていたつもりが森野には見破られたか、と稜は茜の事故の現状を話した。

「新田さん・・・」

二人のことを知らない訳ではない、というより生徒と家にも訪れたし仲の良さを十分知っている。森野も胸を痛める。185センチもある大きな男がベンチに小さく腰かけて森野と話している。その姿は生徒達から見ても今まで見ていた様子とは違う。稜は案外分かりやすい男だったのかもしれない。練習途中に水を飲んだりしていた生徒たちがどうしたどうしたと稜と森野が話している所へ来た。

「コーチ具合悪いんですか?」

「森野先生、コーチ虐めてないっすか?」

「コーチ顔色悪いですよ」

慌てて森野が「おいおい待て待て」と生徒たちを宥める。

♪ルルルルルル

稜のスマホが鳴り、慌てて電話に出る。ザワザワし続けている生徒に「しー!」と森野が制止しその場から少し離れ生徒達に説明し始る。

「空?どうした?茜何かあった?」

「稜ちゃん、あかねぇまだ目は覚まさないけど、容態は安定しているから一先ず今個室に移動した。だから稜ちゃん会えるよ!」

「マジか?分かった!直ぐ行く!」

そう言って振り返ると森野と生徒が見守っている。一人の生徒が叫んだ。

「コーチ!彼女、目覚めたの?」

「いや、でも会えるって」

稜の顔がさっきとは違うのが皆にも伝わった。

「コーチ!急いで!」

「新田さん、行ってきてください」

「コーチ!走れ!」

皆に背中を押されるように、「ありがとう!行ってくる!ごめん途中で・・・」そう稜が言っている中、一人の生徒が「さぁ!俺たちも練習!走るぞ!」とグランドに散らばって行った。


 ジャージ姿のまま稜は茜の元まで向かった。家族以外会えないと言われ何もできなかったけど、稜の周りには励ましてくれる仲間がいた。俺は家族じゃないけど、それ以上に想っている、愛している、茜を大切にしている、茜に会いたい!早く顔を見たい!そんな思いを胸に抱きしめながら心を走らせた。

到着した病室の扉を開け目に入った茜は、ベッドに横たわり色んな機械に繋がれ目を閉じていた。茜、と名を呼び涙が一粒流れた。


お読みいただきありがとうございました。

稜が茜の元へ向かいました。何日も会えなかった稜はどんな気持ちだったのだろう。

そして家族とは・・・。

家族って暖かく居心地が良い、一番近くて大切な場所。だけど、そこから巣立ち新しい家族を他人と作る。

個人的に家族って不思議だなと思うんです。

でも私達は家族以外にも沢山出会いがあり助けてもらったり助けたり、そうして生きている。

そんな色んな事を考える回です。

さて、この先はどうなるか、またお付き合いください。

あかねぇ早く起きて〜

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